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2007.06.27

霊能者と浄霊師

浄霊師 神島千尋が浄除霊師となる大きなご縁を
頂いたお二方、それが、霊能者の宗優子さんと
浄霊師の神島剣二郎さん
良き友人と話して頂いていますが
私は師と仰ぎ学ばせて頂いてます。
両師が由緒ある寺院にて得度されました
詳しくはこちら

宗優子さん神島剣二郎さんの相談室での写真です
(某番組収録前日でした、お話できる時がきましたら告知します)
kks


(中央)浄霊師 神島剣二郎さん
(右)霊能者 宗優子さん


誰にも尊敬する人、先輩、アドバイスを求める
方がいらっしゃると思います
ですが、結局最後に何かを決めるのは自分なのです
人は互いに助けあって生きています
それは誰でも当たり前ですと言います
では自分は人の何を助けているかと聞かれるとどうでしょうか。
そんな事をちょっと考えてみると、薄れていた意識が
浮き上がってくるかもしれません
時にはそんな事でも悩んでいた事が
解決してしまうなんて事もあるのですよ。
全ては繋がっていますし、出来事全てが必然とは
そう言う事だと私は感じます。
さて、そんな中で時々ある事ですが
依存しすぎてしまう人がいます。
特に心霊の世界での相談者の方で完全に
他力任せになっている方がいます。
それは致し方ないと思いますし、分からなくもありません。
八方塞がりで身動き取れないと言う所まで
追い込まれている方もいらっしゃいますので。
もちろんそれを打ち砕くべく
除霊・浄霊・祓いをさせて頂いてます。
しばらくは、行いも改めしっかりやっていても人の
気持ちと言うのは中々続かないもので
気が付くと以前と同じ状態になっていると言う事が
とっても多いですね。
簡単な事ほど、続けるのは実は難しいものです。
単純な作業は、慣れて来ると気持ちが抜けても
出来るもので。
まずは神棚でもお仏壇でもよいです、綺麗にして
日々手を合わせる時に気持ちの良い空間を
大切になさる事から始めるとよいと思います。
神や仏と言う言葉に抵抗がある方も
いらっしゃると思いますが、そう言う方でも
何か目には見えない大きな力がある事は感じますよね。
感じない?それでは、偶然救われた出来事、
とてもラッキーな出来事、九死に一生の出来事など
生まれてから今までに一度や二度はございますよね。
そう言う時に動いている力だと思ってください。
そう言う事にまず感謝する事から始めるとよいと思います。
それに感謝できる心が出てくると、
自分の気持ちがそちら側に通じてきます。
通じてくると悪い影響は寄りにくくなります。

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2007.06.21

菩薩さまとハナミズキ

1年ほど前だったか・・・
この人の事を書こう思って
そのままになっていた。

一青窈

この人は神仏さまの守りの強い人だな~とつくずく感じる
菩薩さまと縁があるのか、とても強い守りを感じる。
過去同じような感覚を受けた人が2人
(一般の方)ほどいたが
一青窈さんもそう、神仏の守りを持つ人は運も強い。
だから彼女の歌には魂がこもる。
もらい泣きを聞き涙を流す人がいる、それもうなずける話。
神仏を自然に大切にしているはずです。
神社仏閣を見ると心が安らぐでしょうし
行きたくなるでしょう。
いつまでも慈悲の心でよい歌を歌ってほしいと思います。

Sekihi1

さて、土地がらみの影響と言うのがある。
乱開発でどんどん切り開いて行く現代
工事の止まる出来事が起こる事もある。
神の宿る山や土地とまでは言いませんが
その地その地に宿るものがあります。
例えば山林や森林、神社などが祀られ
ている場合その神社はその地に宿るものを
祀っている事もありますし、もっと言うと名称とは違う存在が
宿っている事もあります。
(それが何かはまた別の機会に)
その昔の山岳信仰もそう、山自体を神仏や神とし崇め奉り
五穀豊穣や災害が起こらぬように
と願いを込めて行っていたりする事が多かった。
何かしらの災害や不作などが多かった所に祀られた所が
現在朽ち果て名残も殆ど無いまま
家でも建てようとすると色々と起こるものである
(例えばの話です)
原因不明の体調不良は、様々な要因があるでしょうが
そう言う事も重なる要因の一つである事もあると言う話。

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2007.06.12

軽井沢と心霊スポット?

休日が合わない事もあり
家族とどこかに出かける事が
殆ど無いのですが、本当に久々
(今年初めてかもしれません)
出かけて参りました。
と言っても近場の軽井沢ですが
涼しい風でしたが快晴で気持ち良い日でした。

7e5367a9.JPG



ショッピングモールが続々と出来ていて
おしゃれな方々が行き来していました。
人混みを歩くのは苦手で、かなり疲れます、毎回。

karuizawa2(目つき悪いのでカットの方向で^^)

さて軽井沢と言えば心霊スポット
なんて事は言いませんが
軽井沢はあちこちにスポットと
言われる場所があります。
ですが、軽井沢に来て思う事は
霊よりも念の方が強い場所が多いと言うこと。
何でしょうね、強い想いを残していく人が多いのでしょうか? 
浮気や不倫やあれやこれ?

それと軽井沢へ続くとある道で大きな事故が起こる場所があります。
詳しくは書きませんが土地の因縁とでも言いましょうか。
やはり成仏していない霊も多く、そこを通る時は違和感を感じる事があります。

事故現場に花を手向ける方もいらっしゃいます。
時には何人かの方があつまり皆で手を合わせている事もあります。
いけないとは言いません、皆様の気持ちであつまり故人を偲ぶのですから。
ですが、手を合わせるのが無くなった現場ではありません。
そこへ行き、そこへ花を置くと言う事は、そこに故人が眠っているとなります。
手を合わせるのは御仏壇でありお墓です。
悲しみの念で手を合わせると、そこへその魂を呼んでしまい縛られてしまいます。
やがて花は枯れ朽ち果て、時と共にその魂はさまよい始めます。
結果その周辺で同じような事故が起きると言う事にもなりかねません。
あくまで一例として申しておりますが、そう言う場所もあるのです

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2007.06.09

霊道

20d0659e.jpg

さて今回は心霊写真。
一枚目は古い霊ですが
この地の方だったのでしょう
悪さをする霊ではありません。
おそらく見守っているつもりなのだと思いますが
時にはこら~と言う事もあるやもしれませんね。


ghost-16こちらは建設中の建物の窓から
子供が覗き込んでいる写真ですが
顔をつけ覗き込むガラスの反対側から
まるで鏡のようにこちらを覗いている顔。
本人さま近すぎて気が付かなくて
よかったですね。
大勢集まっていたので寄ってきて
覗いていたのでしょう。
どちらもそれほど心配いりませんが
人がいるのと同じように
霊もまたどこにでも現れる(生きていた
時と同様)のがよくわかる写真。

霊ってどう見えるの?と聞かれる事が多いですが
私はほぼ常に縦横無尽に動いているように
視ていますし、同じ場所にいる時もあります。
特定の場所で視る時は、違う霊が
同じ道筋をたどる事があるようです。
言うなればそれが霊道と言われるものなのでしょうが
道と言うよりは通りやすい部分と言ったほいうが
近いかもしれません。
例えば獣道ってありますよね
自然にそこを人も通るようになりやがて
しっかりした山道となるように
通りやすい空間があるようです。
いつもこの辺りが嫌な感じのする所と言うのは
そう言う空間である事が多いです。
風水で言うなら鬼門や気の通り道なのと同様なのでしょう
(それがそのまま霊道と言っている訳では有りませんよ)

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2007.06.01

スピリチュアル

Kanyou6 人には誰にも霊的な感覚が備わっています。
本来肉体のない魂の思念や思考が
体に覆われる事で使えないと言いますか
使いにくいようになっているのですが
同時に人として生まれる時、枠に囚われる事で
人として見て聞いて覚える事が全てになっていくのです。

その時の環境や教える人、影響を受ける事によって考え方も生き方も変わりますが
誰でも一度は思った事がある共通の認識、それが神頼みです。
人は追い込まれた時、神様仏さまどうか助けてくださいと思った事ございませんか?
本当に神がいるなら一度でいい助けてくれでもご先祖様どうにかしてくださいとか
言い方はどうでも良いのですが最後に行き着く所はそこである事が殆どです。
これはどうしてでしょうか。
思い出させていただいていると考えると分かりやすいですかね。

魂の世界ではお金も地位も名誉も一切無意味でしょう
誰にも守護霊がいます、そしていつでも見守りいつも助けてくれています
助け方は守護霊により違いますけど^^
生まれてからずっと見守り時に手を差し伸べ、時にあえて何もせずその人が
その試練を乗り越える為に守護して下さっているのです。
その守護霊さまが一度でも見返りを要求した事がありますか?
もしあると言う人がいるのであれば、それは守護霊ではありません
守護霊の名をかたる未成仏です。
守護霊はその人をしっかり導く事で霊格をあげるのです
つまりそれが守護霊さまの修行とでもいいましょうか。
また深い恩のある人の末裔を守護する事でその恩を返す事もあるでしょう。
人はそんな事に気が付かず自分の欲を追求し、本来正しい判断を出来るはずが
誤った方向に行きやすいのです、それは常に試されているからでしょう。
そうならないように導いてくれているのですが、欲におぼれるほど鈍感になり
気が付かなくなっていくし、守護できなくなっていくのです。
で、神頼みはどうして?ですが、時に守護霊が、時に守護陣が、時に自分の魂が
そう言うシグナルを送って思い出させてくれていると感じると
何とかなった時、思わず手を合わせて感謝の気持ちが湧き上がる意味が分かります。

さて画像の花ですが、図鑑にものっていないそうです。
以前書いた観葉植物のその後です
上のツボミ一つが2ミリ程度
誰も気が付かないこんな小さな花でも一生懸命咲いているんですね

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