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2007.06.01

スピリチュアル

Kanyou6 人には誰にも霊的な感覚が備わっています。
本来肉体のない魂の思念や思考が
体に覆われる事で使えないと言いますか
使いにくいようになっているのですが
同時に人として生まれる時、枠に囚われる事で
人として見て聞いて覚える事が全てになっていくのです。

その時の環境や教える人、影響を受ける事によって考え方も生き方も変わりますが
誰でも一度は思った事がある共通の認識、それが神頼みです。
人は追い込まれた時、神様仏さまどうか助けてくださいと思った事ございませんか?
本当に神がいるなら一度でいい助けてくれでもご先祖様どうにかしてくださいとか
言い方はどうでも良いのですが最後に行き着く所はそこである事が殆どです。
これはどうしてでしょうか。
思い出させていただいていると考えると分かりやすいですかね。

魂の世界ではお金も地位も名誉も一切無意味でしょう
誰にも守護霊がいます、そしていつでも見守りいつも助けてくれています
助け方は守護霊により違いますけど^^
生まれてからずっと見守り時に手を差し伸べ、時にあえて何もせずその人が
その試練を乗り越える為に守護して下さっているのです。
その守護霊さまが一度でも見返りを要求した事がありますか?
もしあると言う人がいるのであれば、それは守護霊ではありません
守護霊の名をかたる未成仏です。
守護霊はその人をしっかり導く事で霊格をあげるのです
つまりそれが守護霊さまの修行とでもいいましょうか。
また深い恩のある人の末裔を守護する事でその恩を返す事もあるでしょう。
人はそんな事に気が付かず自分の欲を追求し、本来正しい判断を出来るはずが
誤った方向に行きやすいのです、それは常に試されているからでしょう。
そうならないように導いてくれているのですが、欲におぼれるほど鈍感になり
気が付かなくなっていくし、守護できなくなっていくのです。
で、神頼みはどうして?ですが、時に守護霊が、時に守護陣が、時に自分の魂が
そう言うシグナルを送って思い出させてくれていると感じると
何とかなった時、思わず手を合わせて感謝の気持ちが湧き上がる意味が分かります。

さて画像の花ですが、図鑑にものっていないそうです。
以前書いた観葉植物のその後です
上のツボミ一つが2ミリ程度
誰も気が付かないこんな小さな花でも一生懸命咲いているんですね

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