心身の気を整えましょう。
ちょっと雑記を一つ。 心霊のお仕事、特に除霊や浄霊を前面に押し進んでいますと さてもう一つ霊とは無関係の話
6月以来休日が無かったのでちょっと気を頂きに
山間の水辺へ行ってまいりました。
毎日身を清め、気を整えてはいてもやはり少なからず
影響も受けざるを得ない場合がございます。
梅雨入りしてからものすごく重い内容の案件が続いていましたので
少人数(3人)で昼間の4時間ほどですがのんびりとぼーっとしました。
そうめんをお昼にいだだきまして、
時折襲う突風にお茶が飛ばされそうに
なりながら、暑くなく寒くなく程よい
日差しをうけ、少し日焼けしつつ
突然のサイレンに、ダムの放水か?
とドキドキしながら・・・
息子が初釣りをし、やれエサ(うどん
&芋)がとれた、根がかりした、
やれ場所が悪いと気をいただきながら
よくよく考えると気が休まらなかったような^^
それと、ゴミがある所(花火くずやBBQのやり散らかし等)がある所は
地の怒り(土地の神仏さまや聖なる存在、また古い霊)がある事が
ありますのでご注意を。(異常なほど疲れたり、その後生活のリズムが戻らなかったり等)
自分で食すものは少しでも自分でと言う事で
ジャガイモとカブともろこしを15坪ほど植えました。
先日カブの初採りをし漬物とお味噌汁で頂きました。
買ってきて食べるとどうと言う事ないのですが、
収穫したものを頂く時はやはり気持ちが違うものです。
頂きますと手を合わせる時も、大地の恵みを頂くありが
たさや、一頃論議(※)を呼んだ現代日本人の
頂きます論争を思い出しました。
(※:手を合わせるのは宗教の押し付けではないか、お金を払っている
のになぜ頂きますと言わなければいけないのかなどといった論争)
例えば親が毎朝お仏壇に手を合わせているとします
子供は必ずそれを目にする機会があり、なんとなく
そこではそうするものだと思うようになります。
それを見て育った子供はいつしか何かをきっかけに
お仏壇を大切にしなければと心の中で
思い出すように浮かぶようになります。
その人のやるべき時が来た時、
その昔親がやっていた事をしていくようになります。
そしてその人の子供が同じようにその姿を
どこかから神妙な面持ちで見ているのです。
同じように手を合わせると言う事も理屈では
ないのだと思うのです。
だって「ごめん」とあやまる時、「お願い」の時、
その他様々な場面で子供頃から
手を合わせる事ありますよね、理屈ではなく。
心で何かをおもうとき、本心で念ずる時、
自然に手を合わせるのでしょうね。
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