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2007.11.30

こっくりさん

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以前サイトでも書いた事がありますが
こっくりさんやエンジェルさん、
また名前は変わっても同様の
神霊儀式的な遊びがあります。
別にするなとは言いません、
ですがそれにより呼び出されるのが
想像しているものとは違う事のほうが
多いのをあまり知りません。
と言うよりそもそも何を呼び出して
いるか知らずにしていると言うほうが
正しいのかもしれません。

そもそも霊と言う言い方がはたして正しいのか
と言う所から始めるべきなのでしょうが
そこは一般的なイメージを利用するとして、
生きている人の姿のまままだ生きていると
思い普通に人と同様にまるで
生活しているように振舞っている霊がいます。
そして姿はなくとも同じ感覚や意識で漂う霊もいます。
その中で人間に干渉したがる霊がいて、
敏感に物事を感じてしまう霊感の持ち主などは
頻繁に影響を受けますし、同じような感覚の持ち主であれば
その人の体を利用して自分の欲を満足させようとするでしょう、
満足する事は無いのですが・・・
ですがだれでも影響を受けるわけではなく、
影響を受ける人はある意味自分で
そうとは思っていなくてもそれらを招く状態を
自分で作っている事があります。

心霊スポットに行けば、行かない人よりは
霊的な影響を受ける確立は高いのと一緒で
自分は入らなかったから大丈夫な訳ではありません。
霊魂にとって距離も時間も関係ありません、
そしてそこへ行こうと計画をした時点で
すでに心は繋がっていると思ってください。
逆に言うと計画したのは自分達ではなく、
影響を受けている一人の呼びかけで
皆が同意したように思っていても、
初めから呼ばれていたと言う事さえあるのです。
話がそれてしまいそうなので戻りますが、
つまりこっくりさんや同様なやり方で
行うお告げ的な行いは、それらを自分達が
呼んでいる事と同じだと思ったほうが良いです。
浄霊師として申しますが、それらの行いで神霊、
またはそれに順ずる格の高い御霊さまが
現れる事はほとんどありません
行っている中に例えば神事に関わる家系の方でも
いればですが、たとえそうであっても
これらのやり方ではまず無いと思ってください。
霊が来なかったとしても、集団催眠や
自己暗示で調子が悪くなる人が出るでしょうし
そこに来てしまった霊などに悪戯されかねません。
古くは西洋で行われていた交霊術(会)が
そもそものはじまりと言われていますが
日本で言うこっくりさんは狐狗狸といい、
つまり何だかよく分からない得たいの知れないもの
と言う事なのです。
何だか得たいの知れないものを呼び出して
お告げや何かを当てているとなると
どう言う結果になるかも分からない事を
自ら進んでしているのです、ですので
自ら招いた結果に後悔する事の
ないようにお気をつけください。

まあ余程の事が無い限り、ほどほどに行えば
それはそれである意味経験にはなりますが。
何事もほどほどが良いかと。
何か起こるのではと期待する気持ちで
行うならば、何か起こるでしょうね
何がそれを起こしたかが問題ですが・・・

などと書いている私も昔・・・
ほんと忘れてしまうほど昔昔^^、
そう小学校の頃
やりましたけどね、しかも確かに動きましたけどね。

・・・さらに言えばビビってたと思いますよ、おそらく(笑)

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2007.11.28

大地の恵みを頂いて邪気退散

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ちょっと手料理をひとつ。
なぜに?と思わずにまあお付き合いを。
良い気を生む心には食べ物も大切、
と言う事で。


キャベツ、たまねぎ、ジャガイモ(茹でて輪切り
にしておく)
これで何を作るかと言いますと

「ピザ」です。

たまたま冷蔵庫の中にたらこが
ありましたので
マヨネーズに混ぜてソースにします。

ピザは生地が大変に思いますが簡単です。
小麦粉をお茶碗二つ分(人数が多ければ
三つ)を鍋にでも入れて水を少しずつ加え
手で混ぜるとまず柔らかい玉が出来ます。
水は少ない方が良いです、足りないと
思う程度でコネていくとしっかりしてきます。
慣れれば5分で生地は出来上がります。
これを伸ばせば良いのですが、伸ばす
前に下に小麦粉をしっかりまいてくださいね
伸ばした後くっついてエライ事に
なりますので、そこはケチらずに^^)
本職のように丸く伸ばす必要はありません、
なぜなら家庭用鉄板のふちで余った部分を
丸めれば形になります、
これがピザらしくなるのです。
ちなみに鉄板には油ひいてください、
テフロン加工でもです。

たまねぎ・キャベツ・ジャガイモをのせてソース
(今回はたらこマヨ)とケチャップをかける。
たこやイカがあれば海鮮になります。
スライスチーズで覆いフタをして10~15分。
たまねぎやキャベツの水分で蒸れながら
裏側がこんがりカリカリの焼き上がります。
ちなみにどうやってカットするかと言いますと
料理ハサミです^^

こんな簡単な材料ですが、
その美味しさはびっくりしますよ
お試しあれ。

ちなみにこの生地、伸ばして切るとうどんになりますし、
ちぎって煮込めばすいとんです。
中力粉のうどんも柔らかくて美味しいですが
こしを味わうなら水少なめで気合でこねましょう。

大地とお日様を沢山浴びた秋の美味しい野菜を沢山頂いて
来る寒さにそなえましょう。

   

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2007.11.27

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こちらの世界にいる霊はね
いきなりで何ですが
本当に様々なんですよ。
決して怖いだけの
存在ではないのです。
心配で見守っている
事もあれば、
深い悲しや落胆ゆえ
引っ張ってしまっている事もあります

もちろん怒り憎しみ、深い恨みのみの場合は
それはある意味怖い存在でもあります。
その霊がいる場所はそれだけで
負のエネルギーに包まれています。
その気に身をおくだけで当然影響は受けるものです。
たとえ影響を受けにくい人や、それを上回る強い気を持っていても
そこにいる間は寒気がしたり嫌な気配や感覚になるでしょう。
すがったり不幸のどん底の意識のまま、初めは波長の合う方や
霊的な感覚の敏感な人、また他の霊の影響を受けていて
そこへ導かれてしまった人などだけだったのが、
やがて長い間浮かばれぬまま怨念のような塊のなり、
来る人通る人全てに触れたり後ろから覆いかぶさったり
時には中を通過したりします。
誰彼構わず引きずり込もうと言う訳ではないでしょうが
結果的にそうなってしまう事もあります、ですがそう言う霊も
相手により近寄らない、もしくは姿は見せても
離れたままの事があります。
生まれながらに負を弾く力を授かっている人、
それとある領域に触れる事の出来る人がそれです。
以前お会いした人で強いものを授かっている人と会った時
その人のいる所には多くの霊が出入りしている場所に
ありながら、さらには取り囲まれていながらも、
ある一定の距離以内にその霊は近寄れない状態でした。
それはある意味不思議な光景ですが、
直接影響を受ける事はないのです。
ですがそれを自分で知らないが故、
周りに負の念が渦巻いているのですから
結局良い流れとはならないのです。
とてももったいないと言いますか、
せっかく光を秘めているのに
磨いた事が無いと言う感じで・・・
ですがそう言う人はやはり霊的な感覚も
強いので時折得体の知れないものを
見る事があったり、言いようの無い恐怖や
不安に陥る事が多いです。

それと近寄らない後者の存在、
それはある領域と繋がっている人達
繋がると言う表現が正しいかどうかですが、
そこに触れている人には基本的に近寄りません。
ちょっとこれから失礼な物言いをすることを先に謝っておきます。
例えばお坊さん
ある意識をお持ちのお坊さんには霊は寄りませんし
その方の周りは良い気で包まれています。
ですがそうではないと、まったくその逆となります、
時にはそのお寺さまの周りを
成仏していない霊が取り囲んでいると言えば大げさですが
浮かばれずたたずんでいる光景を
視た事があります、あまりに大勢すぎてどうする事もできません。

もし恐怖や不安に陥ることがあったとしたら、
必要以上に敏感にならずに、ラップ音がしただけで
何かあるのではないかと自分で負を招かないようにしましょう。
実はね、キシミや何かしらの音は常にしているものです。
普段は違う事に意識が集中しているので気にならないのですよ。
ところが一旦不安な心境になると
些細な物音まで敏感に感じるのです。
時には外から聞こえた声すら耳元で誰かが
話したように思い込みのも人間なのです。
ですが思い込みも逆手に取ると好転します。
そして誰でも同じように本来は弾く力を持っている事を知ってください。
本来誰にもその人に応じた魔を跳ね除けるだけでの力はあるのです
ただそれを生かしていないです。

そうそう、飛ぶ虫には霊が宿ると言われますが本当です。
正確には意思表示の方法としてそれらを操ると言いますか
蛾や蝶もそうですが、トンボは一番良く分かります。
寒くなりましたのでトンボはもういませんが、
秋までは行く所行く所でトンボが
周りに集まります、時には体中トンボだらけになる事もありました。
時には地に宿る神霊的なものの表れである事もあるようです。
一つ一つにいちいち理由付けしていませんので
その場だけのシーンで終わらせてしまいますが。

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2007.11.22

ご紹介していただいてますのでちょっとお知らせ。

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10月にFMラジオの
話を書きましたが
浄霊師 神島剣二郎さん
のサイトで、その時の
写真と話が書かれています。
私の紹介もしていただいてます^^)

~浄霊師 神島剣二郎 除霊・浄霊・心霊相談記~
 No.274 1.会社経営と心霊 2.FMラジオの話

放送は雰囲気のあるBGMの中で
霊能力の話、除霊浄霊の話、
霊感や心霊写真の話など
テレビと違い言葉だけの世界ですので
雰囲気も違い楽しい編集になっていました。

   

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2007.11.20

げんかつぎ

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新幹線ばかりでしたので
久々に車で移動してみました

外環手前の関越の日の出。
日の出前の全てを染める
青い色の景色はなんとも
言えずおだやかになります。
とは言え・・・
10時間の運転はさすがに・・・^^;

さて「げんをかつぐ」事はありますか?(同語→縁起を担ぐ)
良い出来事の流れを切らないように同じ服を着るとか
同じ道を通るなど。
ちょっと違いますが、
目標や目的を達成させたいと願う人がいれば
簡単な方法ですが、わりと効果がある方法を
一つお教えします。
といっても難しい事はありません
高い所へ行けば良いだけです。
できるだけ高い方が良いですが、
最低でも家々を下に見下ろせる所。
山であればそれに越したことはありませんが、
数階建て以上の建物
の屋上でも大丈夫ですよ、よく晴れた夜、
そこで自分の達成したい事を
願うと言うより誓う形で心の中で声にしてください。
そのまま誰とも話さず家に戻り就寝
(ただいまやお休みは話して大丈夫ですよ)

これ理屈抜きに・・・と言うとおまじないのように
思われますが、なぜ効果があるのかは説明を
端折るとして、結構効果があります。
叶うといわずに効果があると言うのは思う事全てが
その通りになるからではないからです。
そしてそこから本当の意味での
物事のつながりを感じ、意識できたとしたら
それはそれで一つの大きなきっかけとなると思うのです。
ただそこだけでを追求しすぎると、
結果だけその通りになる事があります。
そこに感謝が生まれ、
必要以上を求めない事を学ぶ事も大切です。

はじめに言った事をもう一度、
「目標や目的を達成させたいと願う」ならです。

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2007.11.14

横浜の秋

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遠方への浄霊の時
東京経由が多いのですが
せっかく東京駅経由なのでと
宗・神島両氏の神奈川の
相談室に顔を出してみました。

[奥:宗優子(左)&
神島剣二郎(中央)両氏]

霊能者や浄霊師など霊能に
携わる者同士の話と言うのは
霊の話に尽きると思われるでしょう。
入り口は何でも良いのです、
そこから私達は巷の霊の世界とは
少し違う世界観の話となります。
琴の音色を上から眺め、山陰のかにずくし

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その後イルミをくぐりながら
その暖かさにあらためて驚いた
横浜の秋





私は浄霊師です
その人にとって良くない影響を与える関係の無い
未成仏・邪気・念、そして
有縁無縁問わず囚われの心から生きている人の
足を引っ張るものがあれば
祓い清め浄化し、時には力で、時には優しさで
通ずる世界への道筋を示し橋渡しをする

浄霊時、菩薩様がお迎えに来る事もあります
言葉通りに受け取る人は神様の姿が現れた
イメージを持つでしょう。
菩薩様のような凛とした姿の
慈悲心あふれる御霊さまを中央に
なんとも表現出来ない現れ方をする事もあります。
さまよえし魂に縁のある御霊さまなのでしょう。

その方面のみしか考えず
力を求めると必ずゆがみが生じます
人間関係もそう、人生もそう
思い描く夢があるなら、身のまわりをはじめ
心のスッキリする事をなさると良いでしょう。
スッキリする事とは心の安定や
安らぐ結果に繋がる行動です。
スッキリすると気の通りが良くなります、
気の通りが良くなるとそこに流れが生じます。
水溜りは滞りやがて濁るのと同じ事。

複雑に考え強引な精神世界のエネルギーを
求めるのではなく
自分自身を一つの光と感じ、シンプルにシンプルに。

私は今、思う事は即叶いますよ、本当に。
でもね、欲から思う事は叶いません^^;

つまりそれは私には必要の無いものだからなのでしょうね(笑)

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2007.11.11

お札・お守り

昼食後の事なのですが・・・
ちょっと一休みしていた訳ですよ。
突然 ド~ン! とね。
2階の窓のすぐ外側に電線があるのですが
空中舞うようにブル~ンブル~ン とね。
これはただ事では無いと外に出ると
運転席完全に潰れた軽トラ。
ガラスは抜け落ち雨があたらないように
私の傘で運転席を覆いながら
救急呼びながらタオル顔のしたに入れながら・・・
素人にはがんばれと言う以外にどうする事も出来ない。

レスキューがあの手この手で
引っ張り広げやっと救出され
運転手も大丈夫でしたが・・・
事故には気をつけましょう!


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さて、1年は早いものですね
(年のせいだって今言いました?
以前も書きましたがお守りや
お札って結構あるものです。
古いものから、毎年氏神さまや
地区の神社、また旅先で
購入したものまで
様々ですが、
基本的に1年で新しくするのが望ましいです。
頂いた神社等へお返しできれば良いですが、
遠方や事情で行けない時は、半紙等に包み、
新年、近くで行われるどんど焼き等でお正月様と一緒に
お焚き上げしましょう。
持ち歩きはしてないが捨てる訳にも行かないしと言う
お守り等もそう言う所で「ありがとうございました」と
心でしっかりお礼をしお焚き上げすれば
滞っていた心の流れも一新します。

放ってわけにもいかず、どこに置こうか
迷ってお仏壇の中に置いたまま
だんだん済みに追いやられそのまま何年も・・・
なんてものありませんか?

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2007.11.07

魂の浄化

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家の中で静かな場所
静かな時間に一人で正座をし
心を集中してください
ふと心が入り込む時
心の中で何でも良いです
自分の知っているお唱えを
してみてください。
なむあみだぶつでも
なむみょうほうれんげきょうでも
何でも良いです

もし知っているお経があれば
その覚えている一部分だけでも良いです。
ゆっくりと 知っている部分だけでも良いのです
繰り返してみる、
心の中でですよあくまで。

魂を意識する上では宗派も作法も関係ございません
無視してください。
見える視えないは関係ございません
自分の頭の中から心の中心にある光に意識を移す。
そこからは自分の魂の赴くまま。

太古の時代から今の自分までの流れにの事もあります
自分の心を扉に宇宙に出る事もあるでしょう
フとたどり着く無の空間もあります

見守り導く御霊さまを意識したならば
その時あなたはそれまで経験の無い感覚を感じるでしょう。
大きな流れの中にある小さな小さな星
その小さな星の中で生かされている自分を理解すると
自分の欲や悩みの小ささを思い知らされます
これもある意味一つの魂の浄化となります。

さて魂がその状態の時
右側方向で家鳴りのような音がしたらご先祖様や有縁関係
左側でしたら、近い存在の他人さまの時もありますが無縁のご霊さま
正面の時はご家族含め直接何かを訴えている事が多いです
後ろの場合はあなた本人へ訴えかけている事が多いです
あくまで傾向ですよ。

音がしたからすぐに何かあるのではないかと
不安になる必要はございません。
心が霊界と繋がっている時や安定している時は
往々にして、頭に答えが浮かびます。
そう言えばやろうと思いながらホコリたまったままだったな・・・
御仏壇とかね^^。

ホコリを訴える為にラップ音など出すか!と思った方
まだ表面で物事を判断しています。
もしね、供物・ホコリ・手を合わせろ!と訴えているとするなら
それは成仏していない霊だって時にはしますよ。

惑わされない心の為に例えばそう言う空間を大切にしましょうというお話です。

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2007.11.04

宿る空間の感覚

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県美術展へ
出品した金剛杵です。
(松本の長野県理容会館で展示中)
一刀彫などと仰々しく
話しながら
手づくなですけどね。
さて、宿るものにはそれぞれ
波動があります。

神社仏閣は分かりやすいですね。
鳥居や門をくぐり参道に入ると空気が
変わったと感じる所はその代表的なもの。
私がよく言う通っていると言うのは
そう言う事でもあります。
神仏の宿る場所や物からは波動が出ています。
土地や場所であればそこはパワースポット
とでも言うのでしょうね。
お寺と神社ではちょっと違います
神社の場合は社を中心に直線的に張り詰めた
気を感じる所が多いです
宿る神霊そのものから発する波動が
そう言うものなのでしょう。
張り詰めた気を受けますので、
神社では涼しさを感じる人は多いと思います。
お寺の場合、霊界とのつながりが大きいですので
どちらかと言うと境内全体から空気そのものの
重さを感じる事があるかもしれません。
なぜかと言うと肉体と魂それぞれで気を感じるからです。
人は魂で物理的な捉え方をする事に慣れていませんので
空気そのものを体感するのでしょうね、
あくまで通っている事を前提としての話ですが。
霊界との接点ですから暖かさや安心感、
時には懐かしさを覚える人もいますが
いずれも落ち着く空間である事に変わりはないです。
ただ、あまり話したくはありませんが、
そうではない事(場)もあります。
そもそも亡くなった人の供養や葬儀をする
所でもありますから、頼ってくる御霊まさも
います、その場合、通っているか否かは
大きな違いがあります。
観光で訪れ参拝するのは良いとして、
家内安全を建前に、自分本位の欲や裕福さだけの
お願いは時に・・・・とだけ申しておきます
(軽く読んでくだされば良いのですよ)

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そうそう先日とある神社に
立ち寄ったのですが
ピリピリしていましたよ
自然に背筋も伸びますね^^)
そう言う所では願いなどできません
ただそこで手を合わせる
機会に恵まれた事に
感謝するばかりです。
つかの間周囲をゆっくり歩かせていただきましたが、
良い気を頂きました。
そう言う所は氏子様の手も行き届いているものです。

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2007.11.01

だから何でしょう?

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緩やかなに坂道を
車でゆっくり進む
狭い道ながら両側は
新興住宅が立ち並ぶ山間部。
その先をちょっと曲がると
突然家がなくなり
周りを囲む山々が姿を表す。
それでも道なりに進んでいくと
山の斜面沿いに一つのお寺
これも縁かと、車を止めて立ち寄る事にした。

砂利の参道をつかの間
境内で手を合わせながら、
不動尊の梵字でご本尊が
不動尊である事に縁を感じつつ・・・ふと気が付くと
その寺の檀家さんと思われる初老の男性が
3人どこからとも無く現れた。
そして寺の住職が作務衣で院から出てきた。
何やら話をしているので邪魔してはいけないと
遠慮しつつ参拝させて頂いた。
すると初老の男性が来て私に一言こう言った
「ここは○○宗ですよ」と。
そしてそのまま皆で院内に入り
ピシャっと扉を閉められてしまった・・・。

う~ん・・・^^;まあ思うところはありますが
そこはあえて触れないでおきます。

ふと立ち寄った所で不動尊とお会いできた事に感謝
私を導く御霊がそっと囁いて教えてくれたのでしょうね。

そしてそれとは関係なく人の世は今
人の決め事が全てとなって動いていると言う事ですね。

足元には、花が我関せずと

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