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2007.12.27

無題

Sizuku 望む者の前には
いつでも光があります
いつでもそこにいて
いつでもも守り力をかしてくれます。

ですが
いつでもそこにいる訳ではなく
いつも守ってくれる訳ではなく
いつでも力をかしてくれる訳ではありません。

いつも姿を見せてくれていますが
いつも姿をみせている訳でもありません

目に見える事だけがすべてではないという事です。
般若心経の「空」もそう
目に見える事だけに囚われると
苦しみが生まれます。

誰もが、見えない世界からの言葉を知りたがります
誰でもわかるのですよ、本当はね。
あまりにも目の前の出来事ばかりに囚われている為に
周りが見えていないだけなのです。

霊からの訴えも、ご先祖様の訴えも
もちろん大切です
ですが、今生きている私たちが
もう少し敬う気持ちを大切にしなければ
さらに目を覆いたくなるような
出来事ばかり増えて行きます。
あまりにおろそかになっている事が
多すぎるように感じます
求める前に受け皿をしっかり作らなければ
何もとどめる事はできないのです。

光明遍照十方世界念仏衆生摂取不捨

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2007.12.23

雪男

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外に出ると雪

勤行時間が迫っているので
靴の履き替えに戻る時間もない
そのまま足が
雪に埋まりながら・・・(苦笑


雪の夜はとにかく明るい
まるで昼間のよう  とは言いすぎですが
雪の反射で遠くの景色まで見渡せます。

街頭もほとんど無い暗闇を毎日歩いていますが
雪が降ると景色はがらりと変わり夜か昼か分からない
何か不思議な世界を見ている気がします。

深夜に通ったであろうたった1台の
車のタイヤの後が歩くにはありがたい。

夜明け前の深い紺が白一色に反射し
風も無く音も無い
ただ雪を踏む音だけが響く

~~~~~~~~~~~~~~~

さて、雪で思い出す話がある

そもそも車のすれ違いもままならない細い通りから、
それぞれ田畑へ行くさらに細い道が多い田舎では、
軽トラックが通れれば良いだけの
整備もされていない道が多い、
もちろんすれ違いはどちらかが
田か畑に入り込んでやり過ごすような道。
夜になればまず車が通る事は無い。

ある年の瀬、深夜2時頃
そんな時間に本来であれば通る事の無いその道を
たまたま1台の車が通った。
普段は通らないそんな細い道を、
偶然通ったのだと言う
雪がしんしんと降り積もる深夜、
滑り落ちないようにゆっくりと進みながら
道の中程まで来たとき、
道の真ん中だけ妙に雪が山に積もっている所があり
手前でとまってみたそうな。
ライトで照らし出された目の前のこんもりと積もった雪
気になり車を出て、その雪を手で少しはらうと肌色のおなか・・?
すぐに人だと気がつき人を呼びに言ったそうな。
数人があつまり、息をしている事だけ確認し
深夜家に担ぎ込まれ、そのままコタツに放り込まれたらしい

その車が通らなければ間違いなく凍死していた。
当人はその時の記憶は無いそうだが
とにかく体が熱かった気がしたらしい(よく聞く現象)
実は父なのですが^^;
30年も前の話です。

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2007.12.20

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昨年は参加賞だった
県の美術展で
今年佳作をいただきました。
ありがたい事です。

写真にしても創作にしても
趣味でも仕事でも
ひとつの事を極めようと真剣になるとそこには光が生まれます。
光と言っても目に見える光源があると言う事ではなくて
ひとつの進む道ができると言いますか、
それも目に見えるわけはなく。
ですが何かに没頭しているとき、
そこを進んでいるもので
それを体感するとすれば何かリズム的な
流れと言う事になるのでしょう。
光とは、後押しする力であり、
導き手であり、知ってか知らずか
成功する人はそこに触れているものです。
そう考えると、修行をするしないに関係なく、
だれでもどんな環境でも
している事が違っても、
真理にふれる事ができると言う事です。

私の後輩に元某団体の怖い人相の方がいます
やる事も話し方も行動も、それはそれは誰でも
避けて通る威圧感がありますが
広大な土地で野菜を作っているので
そのギャップがなかなか面白いのですが。
いつでも寝不足なのです、
夜中1時から収穫をはじめ明け方には出荷
その後昼間畑の管理をし夕方少しだけ休み
また夜中と言う生活をしながら
土木の会社を興しました、
どこにそんな時間があるのかと言われながら
2,3人の社員を雇い、自宅を事務所に
基礎工事等を請け負っています。
景気の良くない今にして、
仕事を断るほど工事依頼が入っています。
彼は口も悪いが決して手を抜く事がなく、
例えば図面通りにと言われても
強度が弱いと思えば、後々何かあっては
自分の信用に関わると
自腹を切ってでも強度を増しながら工期に間に合わす。
そう言う仕事が信頼を得ているのでしょう。
だからついてくる人も多いでしょうし、
そこに道も開けているのでしょうね。

力を入れると余計なところまで傷つけ、
力を抜けば思うように進まない
ある程度思い切り良く、見えぬ刃先の深さを感じ、
刃元が他に当たらないように・・・
細かい木彫りはなかなか難しいものです。
いつまでたっても納得行く物ができませんね。。

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2007.12.15

静と動

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朝一通りのお勤めを終える頃
ちょうど日が昇る時間となります
外でみようと出ると、
すべてが凍み入り淡い白

薄い水色の空に濃い雲が
赤く染まり今日の天気を教える
日の光を求めてすべてが今にも上りそうな東の空に
向いているように感じるから不思議ですね。

昇った日をじっと見つめると月のそれとは違うその圧倒的な
パワーを実感します
月のエネルギーは静で精神面に作用しますが
日のエネルギーは動で肉体面に作用します。
ですので受けてによってバランスが崩れていると
月はきつい事もあります。
ただ日を見れば、あたれば良いかと言うと気持ちは
良いでしょうがあまり意味がなくて
座禅でなくとも姿勢をただし、目を閉じて頭で
考えるのではなく、心を体から出して
日の光に向かうと、例えば受けている負があれば、
一言で言えば浄化となります。
目に映るものも心で視るものも、
そこから何を導き出すかでその後が変わります。
私は、日の出の太陽を見るとき、
その圧倒的なパワーを自分の内側に走らせます。
そう、いつでもそこで常に変わらず輝き続けているのに、
それを忘れるのは人の方なのです。
当たり前と感ずる心が怠りや欲求を生みだしていくのでしょうね。

気がつくと深い青空

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2007.12.14

雑記

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ふと目にとまった棚
その中の今となっては
見る事もないあらゆる種類の分厚い
説明書のそのまた間に、薄い古い
アルバムがあったのです。
アルバムと言っても
ペラペラしたものなのですが。

見る気もなかったのですが
何の写真だったかな?と思い
引っ張ると他の書籍が連なって
出てくるので、それを器用に腕や肩で押さえながら
アルバムだけ引き出し、
他の書籍は押し戻せば良いのに
アルバムを戻すとき一苦労する手間を省くため
その苦しい格好のまま開いて見たのです。

何の事はない、高校の修学旅行の時の写真
何度も見ているので、次のページ次のページの
写真も思い出す

関西方面の背景なので関西に行ったらしい・・・
そこで初めて気がついた。
あれ? 写真は覚えているが、
肝心の当地の記憶がまったくない。
どこで泊まりなにをしたかを、
覚えていないのである。
考えてみると、中学の修学旅行も、小学校もそうだ・・・
覚えていない。
思い出すのは写真の風景だけ、
それも写真を何度か見て覚えているからの記憶で
その時の事はさっぱり記憶にない、
つまり写真を見た後のその写真だけの記憶。

そう言えばその頃、ある意味自己防衛とでも言いましょうか
体から意識を抜く技を覚えた時代でもあったので
傍からみれば心ここにあらずなのでしょうがそう言う時は
その間の事は一切記憶にない事が多かったように思う。
変な事だけはしっかり覚えているのにね(笑

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2007.12.08

心霊写真

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ちょっと怖い写真を一枚。
サイトの方でも説明していますが
ネガを反転すると
二人いる事がはっきり分かります。
それが恐ろしい合わさり
恐ろしい形相となっています
そしてすでに人を
死に引っ張ってしまって
いるようです(何人か)

とある人が連れてきたのですが・・・・
まあ経緯はともかくとして
無事で良かった。

あまり怖い話しや写真ばかりでも
いけませんね・・・

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2007.12.06

人の出入りが多い所は霊も多い

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デパートや駅など
人の多く出入りする場所は
おのずと霊も集まるものです。
噴水の水面にいくつもの顔。
時に霊は集団になる事がありますが
ここぞとばかりに3つの顔が
入り交ざり出ています。
小さい画像ですので分かりにくいですね。

霊感のある知人が、デパート等でまっく普通の人と
同じように大勢の中行ったり来たりしている霊を良くみると言います。
私は霊は霊として視ますので生きている人と同じにはみえませんが
行き来する人と同じ行動をしている事はありますね。

大勢人のいる所では、憑依されていたり、
肉体に強い霊障を受けている人と接する時、
例えばレジをしている人であったりすると
大丈夫?・・・と思うのですが話しかける訳にもいきませんので
そのままやり過ごします。
私がそう言う人間である事をすぐに分かりますから、
早く離れろ、遠くに行けと
その霊が発する事がありますが、
そう言う時はこちらも時には痛みを感じる事もあるのです。

それでか・・・と納得した方、そう言う時は知らん顔で離れる事です。
歩きながら肩や腕を手ではらってください、そして買い物や会話に
没頭し、忘れてしまいましょう、冷たいようですが引っ張らない為に。

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2007.12.05

猫の霊感?

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猫は霊が見えると言いますが
全ての霊が見える訳では
ないようです。
見えずとも気配は
しっかり感じていますので、
ピタっと動きを止め
その気配を探ります
猫にとっては他の猫や動物の動向を探るのと一緒です。
敵意と言いますか、猫にとって脅威と感じない時は
それほどでもないですが、現れ方が通常ではないと
感じた時は猫にしても理解できないようで
興奮状態になる事があります
妙にそわそわし尻尾を膨らませたり。

よく突然立ち止まり、一箇所を見つめ
そのまま動かない事がありますが
横切っている時だったりします。
その後何事も無かったように歩きはじめます。

家や部屋の角には霊が集まりやすいなどと言いますが、
寝ていたねこが天井や部屋の角を突然半起きし目を丸くして
見つめたらおそらく霊を見ているのでしょう。

時にはちょっかいを出す霊に遊ばれて
つい手で追う事もあるでしょうし
身の危険を感じたらソファーの下に隠れる事もあるでしょう。

以前現れた御霊さまを視ていたら、
気が付いたら通りすがりの猫が
歩いている姿のまま止まり振り向くように
同じ所を見ていた事がありました。

猫は危険の察知が早いですので、
飼い猫が家の中で異常に興奮し
駆け回る事があれば、良くない
存在が現れたと言う事もあります。
ペットが家の中で落ち着かないのは
案外そう言う事なのかもしれませんよ。

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2007.12.04

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夜寝るときに
お布団に入ったあと
体の力を抜いて
リラックスしたら
布団からちょっと手を
出して上に伸ばします。

真っ暗な中ですので自分の手ですら
よく見えないはずなのですが・・・

見えるのですよ手が、自分の手ですよもちろん。
何も見えないと言う方はここでやめてください。とは言いません
自分の手からオーラが出ているイメージを心の中で
一生懸命してください。
一生懸命しても見えないなら今度こそやめてください。
別の日に見えるでしょうからそのまま寝ましょう。

うっすら光に包まれているように感じた人は
少しゆらゆら左右に動かしてみると残像が見えます。
手の残像ではなく発している気の残像と思ってください。
人には生体エネルギーを持っています
生きる為に様々なエネルギーを力に変えますが
その一つが気です。
気は本来目に見えませんが、実はそれらのエネルギーを
みる一番簡単な方法が先に書いた説明方法です。
人により発し方や特性は違いますが、
ちょっと不思議な時間を体験できるはずです。
痛い所がある時、そこへ自然に手を当てる意味が
分かりますよね。

ただし、他人にできるのはヒーラーとしての性質の
気を発せられる人でなければ逆効果になる場合があります。
それには、心が大きく左右します。
愛のある母親の「手当て」に子供を癒す力があるのは
当然と言えるでしょうね。

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