妖刀村正
徳川家が嫌ったとされる刀「村正」
一般的なお話として有名なのが
祖父・父共の暗殺で使われたのが共に村正
家康自身も村正で指を切り
将軍家に不幸をもたらす妖刀と言われた。
知人の家に受け継がれている一振りがある。
親戚から「代々刀を受け継いでいる家は
良くない事が多い」と言われたそうで
その親戚に刀を譲ったそうだ。
その後平穏な日々になったそうだが
代わりにかどうか、今度はその親戚の家が不運続きになり、
1年ほど後、返しに来たそうだ。
拝見した事もあるが、何か宿っているなどと言う事はなかった。
武士は刀に神格を視る
場所を選ぶのは人ではなく神仏ならば
戻って来るのも自然の流れ。
さて、子、信康が敵通の嫌疑をかけられ自害するが、
その際介錯に使われたのも村正であった。
村正を持つは将軍家への反逆とまで言われ
故に敵方武将は皆村正であったと言われている。
しかし家康本人は、その切れ味の良さからか村正を
とても好んでいたそうだ。
妖刀も後の世の創作だそうだが
戦国の世は、それぞれの武将自ら帰依する神仏に
敵方打破の願を命をかけて行っていた時代
その無念の強さは今に残るも当然といえましょう。
合掌
浄霊師 神島千尋
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