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2009.07.02

心の浄化 後編

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~頂いたコメントです~
おはようございます  先生は
私を 見てるのかと 思うくらい
ブログの内容が リンクしています(>_<)
今の 私に必要な 言葉が 毎回 あっています
道が 見え 進むにあたって 迷いがなく
どうしていけばいいかが 見えます
とても たすかり ありがたいです ありがとうございます
~~~~~~~~~~

そう思っていただけると
ブログ続けていて良かったと思えます^^。
こちらこそありがとうございます。



~前回からの続き~

困った事に何を信じて良いか迷う事があります
迷わされる事もあります。
説明する方の解釈で本来の意味を違えてしまう事もあります。
説明する方が悪いと言っているわけでなく
捉え方は人それぞれ違う物ですからどれが良くて悪いかで
悩むより、自分の中で納得できるものを自分で掴む事で
右に左に揺らされる事がなくなります。
素直に考えてみれば、難しい事ではないのです
だって^^、今生きているじゃないですか!
生きていると言う事は、今の私達につなげてくれた方々が
それはそれは沢山いらっしゃったわけで
知らないだけで、その時代ごとに本当に苦しい事や
今日を生きるのに精一杯だった事も越えて
今の私達があるのです。
その方々も含め今私達が生きていられると言う事は
奇跡のバランスが生まれているから今この世界で生きていられるのです。
その奇跡のバランスも宇宙の中のほんの一粒にも満たない地球の話です。
その一粒をとりまく無限の宇宙には、相反するもう一つの無限の宇宙があり
やはりバランスをとっています。
だから果てがないのです。

それを形にするなら、表現しようとするなら「神仏」となるのでしょう。
目に見て分かりやすいように作られたものは人の作りもの。
それそのものが神として、そこで心を止めてしまわずに
心をそこから空に向ける事が大切です。
形ある目の前が心の目で視る世界へ通ずる扉と捉えれば
先の述べた特定の様々な方法も、そこから得た感覚を
上に上に、つまり広げて行く事で、自然に心は広がります。
すると、小さな事はあまり気にならなくなって行きます。
あまり気にならなくなるという事は囚われなくなってきますから
負の蓄積が減りますよね、当然。
さすれば、それまで気がつかなかった小さな幸運が見えてきます。

瞑想や座禅的なものを通じてなさるのであれば
僧侶ではありませんので、今私が書いた事を
自分なりの世界感でイメージし、束の間体の拘束を離れ
心で宇宙の旅をなさると良いと思います。
センスのある方は、自分の予期しない映像を次々頂く事でしょう。
周りの音や体に意識がある間は何時間かけても意味がありません。
時には自らイメージを要求しても良いと思います。
海の中、星の輝く夜空、銀河、光の空間など。
その通りの世界に一瞬で入る事ができます。

邪気(以後分かりやすく一まとめにマイナスエネルギーとします)を
浄化しようとする時、その人それぞれの状態で試される事があります。
恐怖を克服しようとする時、まずはじめ心に訪れるのは恐怖です。
何とも拭いがたい恐怖を周りに感じる事も時にはありでしょう。
ですが、命を持っていかれることなどありません。
問題はその恐怖を感じている時の心は
ある意味からだの拘束を離れた心だけの状態にあります。
つまり先の良いイメージの要求が映像として実現するように
その逆も同じことなのです。
そうでなはないものが、そう見えてしまうのです。
わずかな隙間から誰かが覗いているように感じてしまい
その場所が後も怖いイメージとして残ってしまいます。

悪いイメージを作る事ができるなら、
良いイメージに作り変えてしまえば良いだけです。
その癖をつけることがプラス思考となっていくのです。

そう言う意識を持つ事が、究極の浄化と思います。
何かしらの術や特別な作法をもって一瞬で祓う事を望むなら
自らの霊性を知り、それにあった浄霊法を会得するしかないです。
私は浄霊師ですので、自ら仏道に進み、
縁を頂いた寺院でお勤めさせていただきましたが
はっきり申しまして、特別な事は何一つ教わってはおりません。
様々な事を試し葛藤し、時には失敗し、時には返りを受け
どうにもならないほど苦しんだ事もありました。
その中で揺るぐ事のなかったもの
それが神仏を信じる心です。

本堂にて、本尊である不動明王の御前に毎日一人で禅を組み
そこから繋がる無限の世界に意識を通し
様々な事を学びました。

行き着くところはやはり心の宇宙なのです。

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