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2010.11.30

除霊は、その後が大切。

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除霊をする方の所に
招かれた時のお話。

その方は文字通り除霊をします
日々多くの方が除霊をしてもらいに
訪れているようです。

祭壇も形式とすると
とても立派なもので
神仏様も沢山祀られていました。

それこそお不動様をはじめ
様々な仏さまや神さま
諸外国のそれぞれの神さまもふくめ
ふしぎな人形まで含め
本当に多種多様な仕様となっておりました。

そして一番驚いたのは
宿っているものが蛇。
鈴の音と共に飛び去ってしまいましたが
その祭壇の外側
つまり家の壁一枚向こう側では
それはそれは色々な現象が起こっていたのです。

モノにも宿れば、人も不調
余りの激痛に見舞われ
病院で検査するも
どこにも以上はなく・・・の繰り返し。

人の念は様々な形で現れますが
典型的なのは束ねた糸にように現れる事がございます。
その糸は太くも細くもあり
絡む事もあれば刺さる事もございます。
生き物のように
ゆらゆら
くねくねと
内側に留まり続けることで
次々折り重なり
いずれ重くなることもあります。

この状態が長く続くと抜けるとき
蛇のように見える事があります。

あなどるなかれ・・・
人の念は霊より恐ろしいと言います

気をつけあそばせ。

そうそう
先の祭壇

除霊されただけですので
うかばれぬ方々皆
そこにいるのです。
行き場が無いですから。

それは息苦しいはずです・・・
そこで働く方々にとっては。

^^;

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.11.28

亡き想い

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親子や兄弟で
仲違いが長く続き
結果的に亡くなっている事も
知らされない・・・
そんなケースが
少なくありません。

先日もある方とのお話の中で
近所に住んでいる親族の中で
葬儀に呼ばれない方がいたそうだ。
呼ばなかったほうには呼ばない理由があり
呼ばれないほうも、それに腹をたて
互いの意地のぶつかり合いは
場を選ばない状態となるのは当然です。

個人
故人
どちらもこじん

こじんの為は
はたしてどちらのことなのでしょう?


今回は、そんなお話です

「亡き想い」>>>

~~~~~~~~~

さて、このところ遠地での
泊まりがけの浄霊が多かったのですが
しばらく地場のほうが多くなり
佐久で落ち着いています^^)

遠地での祓いのなかで
某施設ですが、致し方なく
結界をはらざるを得ない
状態の浄霊がございました。
基本的に私は
結界をはるということを
極力避けますが今回は事情により・・・
まあ^^;ひらたい言い方をするなら^^;
逃げ場や隙があると出来ない浄化とでもいいましょうか
包囲しながら大元を清めるという方法をとりました。
同行者に影響がでないようにしながら
その空気の重さと激変はすさまじいもので
立会いの方に多少邪気が被りましたが
立ち会う以上は致し方ないかと^^;
現場に立ち会ったその施設の関係者さんが
お写真を撮っていたとの事で
後でお送りくださいました。
いずれお出しします。

出ている間携帯ではどうにもならず
ホテルのレンタルpcでは画像の縮小もままならず
そんな折、ドコモさんからipadとおなじものが出る
と聞きすぐに予約。
発売日に手にしました。
思っていたより小柄でして^^;
まあ使い勝手は悪くはありませんし
動画もflashも対応ですのでパソコンと同感覚で
なかなか良いかんじです
ただ通話時・・・・
電話とするとデカイので置いてお話をしないと
お笑いになってしまいます^^;

GALAXY Tab 
これからわたくしの相棒兼秘書です^^;

笑)

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.11.25

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ある縁で一人の男性と親しくなりました。
その繊細さは危なさと脆さで成り立つ
刃のようでした。

その彼の死が
私を大きく変えました。

浄霊師となったのもそこにあります。

いつか彼の話を書こうと思いながら・・・
おそらくいつまでも無理なのでしょう。

彼の供養を私は未だにしていません。

浄霊師でありながら。
その理由を知っている方もいます
笑顔になってもらえればそれでいい
と言う本意はそこにあります。

私は相談者さまに声を荒げる事は決してありません。

ですが、一つだけ例外があります
どうしても許してはならないそれだけは
必要とあらばはっきりと怒ります。
厳しい物言いをします。

どうにもならないと思う事も
どうにかなるものです。
自ら逃げ道を無くすのだけは
避けてくださいね。

誰かがしてくれるのではなく
自分でするしかないのです

どうしてこんなに
迷路の多い世の中になってしまったのでしょうか

宗教とかね
信仰とかね
そんなことどうでも良いのですよ人間は。

悩まなくて良い事に囚われ
迷い苦しみ、おちこみ

もっとシンプルに
もっと素直に

ただそれだけを新しく取り入れるだけで
どれほど意識が変わることか。

つくずく思うこの頃です。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.11.20

先導

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相談室の予約が入っている日は
朝から騒々しい事があります。

相談者さまの縁あるご霊さま方々が
実は、先に来られている事があるからです。

カタカタと音を鳴らしながら
ごそごそ動きながら
姿を見せずらい気使いをしながら
かもし出す雰囲気と言う
存在感として表してくだあいますが・・・
こちらはその前に分かっております^^)

決して何かをしてくるなどと言う
そういう存在ではございません。
そもそも「霊」と言う概念自体が
今多くの方が思っている「それ」とは
違うということを
知って欲しいと感じています。

霊とは何かを知る事で
見方は大きく変わります。
見方が変われば感じ方も
そこからイメージする物も
それまでとはまったく違うものとなります。

ただ、だからこそ甘く見ていると
持って行かれることもございます。
つまり、見極めが大切なのです。

押す時
引く時
その時を逃すと、
逆に転ずる・・・
これが怖い結果を招くのです。
それを察するが霊感です^^)

霊感が強くなりたいと言う方の
霊感は、限定された力を指すようになり
本来自分の持っている霊的な感覚を
意識しないようになります。
それはマイナス要素といえます

自分には霊感が無い、と言う方
そんなことはありません。
正直霊が見えるという方のそのほとんどが
見えていません。
つまり、思い込み出る事が多いという事です。

思い込みから受ける障害は霊障ではなく
暗示です。

心の想いは、体で言う動きです。
連動しています。
霊がいる・・・(気がする)とき
この( )→かカッコは
事実なのです
気がするだけの話という事です。
なのに、恐怖心が支配してしまうので
心の中のどこかで一瞬よぎるだけで終えてしまい
意識の中では霊がいると言う部分だけ残るのです。

いないのに・・・。

人の心は凄い力を持っていて
いないはずなのに、見えるのです。
目に写る物の中に顔にように姿のように
見えてしまうモノばかりだから。

もうそこには行けません
呼吸も荒くなり
心臓痛くなり
無意識であれ
力が入ります
結果、2,3日後と言うほど良い頃合になって
あちこち痛みやだるさとして現れます。

なんでこんな事書くかと申しますと
霊的な影響ではないのに
霊障と言われ・・・・

みなまで申しません、察してください^^)

起こっていないことを不安に思っていませんか?
霊がいたらどうしよう・・・は
「いたら」の話なのです。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.11.19

無題

112
年に一度だけお会いする
お年寄りの
ご夫婦がいます。

おじいちゃんは
立ち上がるのも一苦労な様子で
ハイテクの椅子により
スイッチ一つで
立ちやすい高さまであがって
よっこらしょ^^;と
トイレに行きます。

おばあちゃんは
病後でもあるために
寝ています。
歩行器で歩く事は可能ですが
なかなか一人では思うように
動けません。

息子さんはすでに他界しております。

ご縁があってこの朗夫婦の家に来たのは
数年前。
その時はまだ、どちらも一人で元気に
動き回って土地や屋敷をご案内くださいました。

毎年お願いできませんか?
の言葉に
本来私は定期的にお引き受けする事は無いのですが
唯一笑顔でお引き受けしたのです。

除霊やお祓いなどどうでも良いのです。

お会いして
お話できることが大切

そんなお二人が思うように
動けなくなりながらも
笑顔を見せてくれるだけで
良かった・・・と

そう思うのです。

ご供養させていただけることが
ありがたいな~と

そう思える
それだけで
心の学びを沢山頂いているのですね^^)

さて、その反面もあって一つを成すなら
避けては通れぬお話を少しだけ・・・



人は今を生きていかねばなりません。

ご依頼があって伺っているはずが
ご本人が知らないでいる・・・

そんな事がございます。

家にいれるいれないを
私が到着してから
家族がもめ始めたり

すでに着くところまで来て
家族からお断りの電話が入る事もございます。

そのまま引き返す事も時にはあるのです。

外で1時間や2時間待つ事も時にはございます^^
もちろん中で待つこともあります。

様々な事情がありますから
致し方ないことと思います。

でもね^^

現場に行くには交通費がかかるのですよ、当然。
過去、お代なるものを請求した事はございません^^
その方の気持ちにお任せしているからです。

私にも生活があります^^。

緊急で呼ばれ現地入りし、玄関先でご本人が騒ぎ出し
家に入る間もなく、外でご家族と少しだけお話をして
そのまま帰宅せざるを得ないこともございます。

時には命を絶ってしまいかねないケースも
当然絡んでくる事もあるために
出来うる限り優先させていました。

しかし、優先するために他の予約を全て
キャンセルせざるを得ないと言うことになってしまいます。
そしてそれらのケースは自腹である事が多々ございます。
そのたびに数万円の交通費がかかります^^)

最寄り駅到着後の日にち変更や
現地到着時点でのキャンセルなど
すでに動いていることを知って欲しいな~と^^;・・・

そこはご理解いただいているはずなのですが・・・^^;
せめて、交通費だけはご負担いただけると
ありがたいな~と感じるこの頃です。

ではどうやって生活してるの?と思われます
私は普通に仕事もしております。
自分の生活は自分でお仕事(経営者)をして
成り立たせる事を大切に思っております。
浄霊師で生活している訳ではございません。
しかし、正直年間数百人の方との縁を頂いているこの頃
お仕事は殆ど出来ない状態となっております。
それでもわずかな時間普通にお仕事しております。
1日1時間でも2時間でもあけばお仕事をします。

誰もが厳しい時代です

心だけは大切にしたいですね^^。

合掌 浄霊師 神島千尋


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2010.11.15

無題

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人生は全てチャンスである。

この言葉を若い頃から
常に心に繰り返してきました。

35歳までの私はこの言葉を
野心の気持ちで持っていました

今は、その時々の悩み苦しみが
チャンスなんだと思っています。
つまり日常全てがチャンスと思えるのです。

誰もがいくつもの課題を心に抱えています。

そんな時、くさるのは簡単ですが
その視点で見ている目の前のものと
反対側から見ている同じそれは
違う景色で映ります。

試練などという言葉を使うのはあまり好きではありませんが
試練ばかりです、もちろん私も。

しかしそんな時ありがたい言葉を
思いがけなく頂きます。

その何気ない言葉に救われたびに
私が学ばせていただいているんだと
痛感させられます。

あるとき自らを
「神である」と名乗る方とお会いしました。

違います。
人は人です。
どこまでいっても。

時折、憤りを感じる事があります。
「祓えるのは自分だけ、他の方の所に行ってはダメです、死にますよ」

などと暗示をかけて、その影響により
どうにもぬぐえない心の傷を抱えている方が
沢山いらっしゃいます。
なんで恐怖を煽るのでしょう。

10年も心の闇を抱えて、あちこちに相談に行き
お会いした時はもうどうにもならない状態の方もおりました。

混乱させる現代であってはならない

人は今を生きています

今を生きていることの意味を
少しだけ、感じてみてください。

その時・・・
一瞬でも良いです
心にうかんだ気持ち

それが信じ仰げる心の起点であるなら
山を見ても
花を見ても
土を見ても
空を見ても

真理につながるのでしょうね

おだやかな笑顔になるのがその証拠です。

合掌 浄霊師 神島千尋


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2010.11.14

ギャップ

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一つ新しい事をはじめる為に
新しい機材を導入しましたが
これがまた難しくてですね・・・
しばらく大変な作業になりそうです。

ですがどうしても自分の技術としたいので
時間の許す限り取り組んでおりますが^^;

~~~~~~~~~~

人は心と体にギャップがあります
無いと言う人も、
本当は心と体で違う行動をしている事を知っています。
だって^^
嫌だと思っても平気を装う事ができますから。
その「平気」はストレスの原因となりますが
それ避ける術はありません。
感情をそのまま表に出していたら
人同士のお付き合いができなくなってしまうからです。

これを回避する方法が一つだけあるとしたら
それは^^)
よそおう必要の無い自分に変えること。

幼子と真剣に喧嘩している大人を見た事ありますか?

ある?・・・^^; 
あそう・・・それは仕方ないとして

自分だったら喧嘩しますか?
すると言う人はここで読むのをやめてください^^;

幼い子相手に、喧嘩しませんよね
「はいはい^^」とか
「うん、そうか~」とさりげなく流したり
「それはごめんね!^^」などと案外素直に謝ったり
時には一歩引いてあげて、相手を上に立てるなど
一瞬で治めて見せているはずです。

心に余裕があるからです。
決して下に見ているわけでも
馬鹿にしている訳でもなく
自分もこういう時があり
一つ一つ経験で学びながら
今に至っているわけで
なんとなく微笑ましくすら見ている事もあります。
良い意味での話です。

自分の心にギャップがあると感じるとき
本当はこうあるべき
本当はこうできたら良いのに
本当は
本当は・・・

この時心は
今の自分の環境の中で
今の自分が通用しないケースが増えつつあり
もう一つフィールドを増やしたいと思っている時なのです。

その心に応えるか
それまでの自分を強引に引っ張り続けるか
一つの切り替えポイントを
どう通過するかで
その後の道は大きく違ってくるはずです^^)

~~~~~~~~~~

さて、
零度前後の朝晩となり
凍結注意のマークが
出始めたこの頃です

風邪などひきませんよう
ご自愛ください。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.11.12

憑依霊の浄霊

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一本の電話が入る

昼間ではなく
深夜にお願いしたいのですが、  と 。

人が寝入る頃、高速を飛ばし
指定された住所に着くと
そこは広い空き地。

一台の車が待っており
自分の車からそちらに乗り換える。
数珠、袈裟、を隠すように指示される。

現地に着いたら、周囲を見ずに
すばやく建物内に入るように念をおされる・・・

続きはこちら>>>

残暑厳しい頃にあった
一夜の出来事です。

合掌 浄霊師 神島千尋


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2010.11.06

笑顔

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中国関東東海と巡りながら
地場に戻りました。

このところ出がけの10分ほどが
唯一の更新時間となってしまい
しっかりとしたブログ更新が
なかなかできません^^)

最近更新遅いですね^^;と
手厳しい(笑)メールまで頂く
神島千尋でございます(苦笑)
なにとぞお許しを・・・(代官宛

と言いつつ本日は
これより善光寺界隈に向かい
その後アップルラインを駆け抜けて
北に向かいます。
今回は自分の車ですので
歌でも歌いながら(嘘です)。

さて、昨日昼間東京からローカル線で
1時間ほどのところにいたのですが
お会いした方の笑顔がね^^
なんとも微笑ましく^^)

本人曰く
「最近笑った事がなかったので
今日はなぜだか心がうれしい」
と話しておられました。
私と会う1時間前まで体の重さと痛さで
どうにもならなかったとのことでしたが
浄化後は調子が良くなり
お仕事休んでその後1日歩きまわったとメールいただきました^^)

急に動くのも後で疲れると思うのですが
まあ^^それはそれで。

そこで私が頂いた言葉には大きな意味があります。

「こんなに笑えたことがうれしい」

そう
何の為に浄霊師となったのか
その原点がこの言葉なのです。

お会いした方が笑顔となるように
何度も書いた言葉ですが
あらためて、相談者さまから
私が原点を想い出させていただきました。

もちろん忘れていた訳ではありません。
ですが・・・
ふと、言葉だけになってしまう事があります。
気に触れているはずが、「そのつもり」となっていないか

そう問われた瞬間と感じました。

神仏様は
その時
その場
その環境に応じて
現れるのです。

それが
憎くて嫌いな相手であることもあるなら
避けるのではなく、受け入れることが
克服するまで巡るのでしょうね^^)

私もそうです^^(反省


おっと・・・・行く時間です
ではまた!

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.11.03

修行中のお話

amida11112
いらいら
くよくよ
ぎすぎす

か^^)

本当ですね。

この絵を見て思い出しました。

前にも書きましたかね^^;

浅間神社の山頂で
神島千尋が修行していた頃・・・

まだ若かりし日の神島千尋は
どこか角があったのでしょうね。

くる日もくる日も
やれ法力だの神通力だの
祓いや除霊にはそれらが必要だと
力を手に入れる事だけに
全力を尽くしていた頃のこと。

力は上回ることで征する
そんな強さを求めながら
そんな強さにあこがれていたのでしょうね。

何にも学べませんでした。

一つはっきりいえる事は
心がどうあるかが
それすなわち力と成るということ。

なんにも大変なことはありません
おおらかに
怒らず
イライラせず
その感覚を自分に少しだけ取り入れてみるだけで
それが、大きな結果に繋がる事を経験してみるべきと感じます。

なるほど 
そういう事か

このキーワードが頭に浮かぶとき
心は一つ小さな悟りを頂いております。

悟りを得たいと思うとき
人はすでに悟っていると言います。

さて、そんな若かりし野心や野望に満ちていた私は
山頂で禅をくみ、自分を主張し続けておりました。

「我ここにあり!
 
 天よ、我はここにいるぞ~っ!」

ってね^^。

だれも、何も答えてくれません。

自ら発する気が弱いのだと感じ
さらに強く強く、
負けまいとする気持ちに支配されていきました。

あるとき急に思いました。

なんでこんなに力を入れているんだろう。

目の前の風に揺れる木
風に任せて自然に揺れる事で
見上げるほど高く大きな木が
折れないようにしなやかな流れをつくっている

座禅を組んだ膝元には
同じように小さな草花が風に揺れていました。

なにひとつ
誰も

主張していないのです。

でも、それぞれがしっかり気を放ち
そしてその場と言う一つのバランスを
保っている事に気がついたのです。

その気を乱しているのはただ一人

私だったのです。

その気に自分を合わせ
その中で草花や木々
おしてその山の流れに逆らうのをやめた瞬間

鳥が私の目の前にとまったのです。

私を自然の中の一部として感じたのでしょうね。
もちろん私は動きません。
鳥もつかの間気配を感じながら。

この絵を見たとき
その頃を思い出しました。

そして、忘れていた自分に
その頃を思い出させてくれた
そんな縁を感じます。

ありがたいですね。

自然に感謝です。

合掌 浄霊師 神島千尋


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