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2010.12.30

浄霊師として

zyo21111
年末年始は神事が多く
午前は神島千尋のお仕事
午後は地区の神事の準備
明日も地区の神事の準備
淡々と日々の業務をこなしながら
元旦のお護摩の準備をすすめております。

私には成すべき事がございます
それが形になるには12年を要するでしょう。
その始まりの3年を過ぎました。
神仏さまに帰依し成すべきお約束のもと
今日まで自分が頂く導きを
なるほどそういう事かと
時には理解しがたいことも
すぐにその結果として
大切なことであったと感じさせていただくことで
自分の言葉、行動、それが間違っていない事を
学びとしていただく繰り返しの日々でした。

すでに次の時に入り1年となりました。
種で言えば土の中から
建物で言えば基礎工事を終え上物に入るとき

その1年は激動と言って良い年でした^^

当たり前とは言いませんが
身近な方とのトラブルの連続
これは通らねばならない道です

人と人との関係は、
今を生きる人の諸問題の源と言っても過言ではありません。

一つはっきりいえることは
トラブルは最大のチャンスです
本当にそう思いますし、自らの人生を
そう成して見せてなんぼと感じております。

今、私は自分がしなければならない事い全力をむけております。
ご縁を頂く皆様に、浄霊師としてお伝えできることを
しっかりとお伝えし、浄化ご供養させていただくことで
新しい流れとなるよう全力をもってお勤めさせていただきます^^)

元旦の護摩にて
皆様の新しい年が良き年となりますよう
お祈りさせていただきます

前回の記事にコメントくださった皆様
ありがとうございます。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.27

雑記

61
人生に超えられない試練は無いといいます
本当にそうだと思います。

ですが負けそうな時があります
この負けそうな時って
とても大切なんだとおもいます

正直今・・・
深い悲しみの中におります
この心の重さはこれまでの人生では
経験の無い苦しみの感覚がございます。

ですが、成さねばならぬことがあります

自己に溺れるならそれまでです。

ゆるぎないと言う心を
また一つ学ばせていただきました。

天に感謝です
お守りくださる全てのご霊さまに感謝です

憎くとも苦しくとも
あいての幸せを祈る心を学ばせて頂いたことに感謝です。

守らねばならぬものがあります
そのために今を大切にしなければなりません。

何事においても。

何の事だ?と思われる事でしょう。

雑記です^^;

いよいよ今年も数えるほどになりましたね
元旦のご祈願の準備もしなければならないのですが
なかなか時間がとれません^^)
順君がお餅や振る舞い酒の準備などやってくれて
本当に助かります(毎年そうです^^;感謝)

これらる皆様の笑顔の為にがんばります^^)

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.23

つき

tuki11111
そう言えば今朝のような月を
昔よく見たものです。
5時の外はまだ夜のままです。
そんな夜明け前の西の空に
浮かぶような月。
冬の明け方
綺麗に晴れわたる暗闇の中に浮かぶ月の
その美しさは
時間と共に表情をかえていきます。
お寺でお勤めをしていた頃
この時期の寒さは
本当に厳しく
手足のしもやけはもちろん
勤行終える頃は
あまりの寒さで
震えが止まらなかった事もあります^^)
それでも真冬に水をかぶることで
自らの体が生きる為熱を発します。
今でも毎朝水をかぶることから1日をはじめますが
気合が気をあわせることと
水から学びました^^)
気合があれば水は冷たくなくなります。
火渡りもそうでしょう。
気合だ~っ、と力を入れると逆に気合がずれてしまう。
よく言いますよね「力を抜け」と
つまりそう言う事です。
朝の月はついつい見とれてしまうのです
暁の流れが1秒ごとに景色を変え
月は静かに身をひく
その波動をいつも意識していたいと
朝の月に思わされます。
合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.22

神頼み

3112
毎年元旦は
勤行の中で
ご祈願をいたします。

昨年は申込者を募りましたが
今年は、告知する前で
すでに10名を超える申し込みを
頂いてしまいましたので
申し込みの受付はいたしませんがご了承を。

護摩供(排煙の関係で大きな護摩はできませんが)の中で
皆様の幸せをご祈願させていただき
老舗の和菓子屋さんでお作りいただいた紅白のお餅
甘酒などを来れられ皆様にお配りさせていただき
新しい年が良い年でありますように
精一杯のお勤めさせていただきます。

で、そのお餅なのですが
本当に柔らかくて美味しいのですが
新鮮すぎて・・・と言いますか
消費期限が1日なのです
だから元日のうちに食べてね^^と言う話

~~~~~~~~~~

さて、現状が動かないとイライラする事があります。
時に、お祓いや祈願によりそれを
動かそうとする方がいらっしゃいますが
本来お祓いや祈願は、楽をするためのものではありません。
ご供養もそうです、願いをかなえる為にするものではありません。
誤解や解釈違いをしている方がいらっしゃいます。
あくまで成すのは自分なのです、
その動きを強くさらに加速させるのが
介添えでありその延長に、神頼みも一つの方法としてあるなら
成すべき事をせずに、神頼みは筋違いとなります。
すべき事をしながら、その対極に自然に生まれる
結果が見えない世界のバランスなら
そのバランスを、誰もが何度も経験しているはずなのです。
人はいつしか成長とともに、人の世界に決まりごとに縛られ
それを全てとし、その中でいかに得をするかの
競争に走りやすくなります。
そのバランスの無いところにつながりは生まれませんので
願いは叶わないという事になります。
そのバランスが何かが大切になります。

それは、見える世界でしている事全てが
反対側でもしなければならない事を
教えてくれていると言う事です。

早く寝なさい
→自分だって遅くまで起きているじゃないかと言う親への反感

いつまでゲームしているの!
→自分だって携帯やパソコンしているじゃないかと言う反感

親のいう事を聞かせるのではなく
親が生活姿勢で子供に行き方を示すのが教育と私は思っています。

子供から親業を学ぶと言う事は、そういう事と思うのです。
つまり、子供は親の真似をしているのです。
それを怒られると反感が生まれいずれ自我の構築とともに反抗に変わります。

何が言いたいかと言いますと
まずしなければならない事をする事で
物事は願わずとも
往々にその方向に動いていくようになる^^)
そんな流れがある事を知って欲しいのです。
~~~~~~~~~~

多くの方が眠る地がございます
どこでもというわけではございませんが・・・
時には呼ばれるように入っていってしまう事も多々。
そんな場所を目にするたびに
なんて無力なんだろう・・・と痛感します。
それでも今できる事を精一杯しますね・・・と。
その地に宿る今に受け継いだ方々の想いに
そうとしかこたえられない



祈願について極端な言い方をしましたので
誤解されるような一説もございますが
あくまで例え話として捉えていただければと思います。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.21

あーと

0240612
南でのお仕事の流れで
高速を飛ばし
そのまま飯田で降りました。

飯田も何度か降りておりますので
なんとなく見慣れてきた風景の中
五反田と言うギャラリー(喫茶)に立ち寄り
個展をのぞいてみました。
ところ狭しと作品が立ち並んでおります。
絵画とガラスとシルバーのアート
三女展、28日までだそうです。
お写真は、絵画とシルバーアートの作家さん。
気さくにお話くださいましたよ^^)

現代アートでありながら
どこかモダンな、また
和のテイストの暖かさがあります。

~~~~~~~~~~

さてある地区を通るたびに
懐かしさと癒しの気を感じるところがございます。
私の感覚の中で気の整う流れを感じるだけですので
他の人はそれぞれの心の感受する地があるのでしょう。

私のそれは、
過去そこを歩いていたであろう懐かしさと
おそらく自然の厳しさをまざまざと見せつけられた
そんな中に大地の大きな流れのたまる場所を感じています。
おおきなおおきな「そら」の中にうかぶ
この大きな大きな地に生まれた流れです^^)
そこになんとなく生き物の枠が出来て
そうでないものとの境が生まれ
それぞれに流れとなっていきました。

その流れがいくつにも別れ
さらに細かく分断たなかに一つとして
明確に色をつけ
はっきり相互の違いをつけて行く事で
時代ができ、さらに絞られた方向性を
深く追求する事で
より便利になりましたが
当然無駄も共存するようになりました。

とことんまで行き着くと
もう十分と
目新しい物に気が向かなくなる

その結果
かざりっけのない
そもそもの原点が
とても新しく斬新かつ
一番理に適っていると感じるものです。

これってある意味
心で感じる自然の
目には視えないアートかもしれませんね。

合掌 浄霊師 神島千尋


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2010.12.19

雑記を一つ

3281111
伝統の文化の継承とは
とても大変なことですね・・・

それが神事となると特に。

(あ、ちなみに画像とお話は関係ありません)

本筋を通すのか
人の都合に合わせるのか
長のかじとり一つでどうにでも流れます。

そんな岐路が日本中沢山あるのでしょうね。

人の都合で変化していく事は致し方ないことと思います。
ですが、譲ってはいけない部分まで動かしてしまうと
どうでも良くなるものです。
そもそもその意味すら忘れてしまい
何の為にしているか考えもしなくなる。

最後は自分の都合だけで
物を考えるようになり・・・・
悲しい事です。

お祭りや四季折々の行事には
そのいわれがあるものです^^)
それを今一度知る事で
意外な身近な発見をすることもございます^^)

時には丸呑みし
後に噛み砕くことで
自ら意味を理解することって
本当に自分の為になりますよね^^)

私の場合インスピレーションを逃しません
そしてそれを瞬時に頭の中でリアルな映像とし
それを自ら形にし体験してみます。
無意味な結果になったことはありません。

ある道具を数名の方が人に説明する時
何を意味するもので
手にする意味や
その扱い方の本来の意味を話さずして
何を伝えようと言うのか・・・
なんて、少し全体像を見渡してしまった事がありました。

その集団は、ある意味存続の危機にすら見えます。
いずれ人が集まらなくなるのが見えてしまうからです。

原点に戻ってみることの大切さを
そんなところからも学んだ気がしております。

さて、今年ものこりを数えるほどになってきました。
お札、縁起物、お守りなどなど
しっかりお返しさせていただくことで
一つの区切りをつけましょう。

お休みにはいりましたら
合掌し、綺麗にさせていただく事をしっかり告げてから
お仏壇の中身を一度全部出してみてください。
※本尊さまはもちろん、仏具全てにおいて
 床などに直接置くのはNGです^^;気をつけて下さい。

忘れていたお札やお守りが出てくるものです^^;
そして綺麗な布でお仏壇の中を上下左右全てふきあげ
本尊さまをお戻ししましょう。
最後に正座をして、香を焚いてみてください。
その流れの綺麗さを心のすっきり感覚で頂くことで
心に満ちさせてくださいね。

合掌 浄霊師 神島千尋


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2010.12.18

そら

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最近食が細くなったむーさん
相も変わらず気難し屋のまま。
ヒックとドラゴンと言う映画がございますが
そのドラゴンのツゥースを
そのまま猫にた感じですね^^)
仕草まで一緒です(笑

~~~~~~~~~~~~~~~

さて、
毎朝のお勤めのなかで
必ずまずそちらとのつながりを
現象で頂きます^^)
まあ言葉にすると
そこがそちらとの道と言う言い方に
なってしまうのですが
道と聞くと霊道?と思う方が多いと思います。

ちょぅとそれとは違うのです

いうなれば目の前に銀河が現れる感じですかね^^)

その銀河も普通に考えるとテレビ画面で見たことのある銀河を
思い浮かべると思うのですがそれともちょっとちがって

目の前に、そのまま宇宙が表現されているように
決まった立体の配置でいつもそこにいてくださる
と言う感じです。

ですが^^煩悩の人間神島千尋は
ついつい雑念がポンと生まれます

おはずかしい^^;

その瞬間

全てが一瞬で消え去ります。

それまそれで見事なものですが。

なるほど、それがそのまま人生なんだ。

そう教えられます。

貫く事の大変さ
信じきることの難しさ
すでに手にしている事をいかにして気がつくか。

そんな事を試されているのが
日常の、今起こっていることの意味なのですね。

偶然だよ、と言う方がいます。
その通りです、本当に偶然なだけなのです。

それをどう生かすかと意識するだけで
偶然は偶然ではなくなる事にもなります。

偶然にしてしまうか、それがありがたいと思うかは
その人の考え方だけの問題。
ただそれだけでなのです。

怒りの多い人がいました。
怒りを負として発散できずに溜め込み
結果周囲に不満の態度と行動ばかりになることもあれば
怒りを力に変えて、強引であれ
やりぬくエネルギーになってい事方もあります。
それはそれで良い事と私は思います。

言われた事に傷つき力を失せてしまうこともあれば
言われた事のショックを、二度と言われないようにしようと言う
決意に変えて克服した方もいます。

どちらも同じ因でありながら、果は180度違う事になります。
後者は苦手意識ではなく、同じシーンで前回言われた事を
難なくやって見せ、しかもその時はその先まで想定し
上乗せ攻撃すら見事にかわす、さらには想定外の事由にも
あせらずに対処していたり^^)
それを成したのは、克服した自信が安定した心に
してくれているからなのでしょうね^^)

やらずに言うところに
心のそらは繋がっていませんもの。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.16

浄化の効果

過去何度も書いておりますが
書いたものを読み返す事が殆どありません。
無責任ですよねホント^^)

で、たまに読み返してみると
誤字脱字のオンパレードで
恥ずかしいです(笑^^;

でも変えません、それが私ですはははっ^^
と開き直ったところで。

さて、相談室は
こられる方のために
常に浄化された空間であることが
大切です。

日々、常に筋を通し
日々、常に道を通す。

見える世界での筋道はどこか堅苦しいイメージがありますが
視える世界での筋道は、流れが心のままに表れますので

その土地、家、家具、住む人
全てがその流れの中にある事になります。

そこが誰も気がつかないところであり
実はこの世界に一番大きな影響を出している部分なのです。

その流れを、見えなくても感じる事は
誰もが出来るのです。
どう感じているかすら気がつかないのですが
言葉にすると誰もがね^^

「あっ ・・・ それって宗いう事だったんだ! 」

と、皆さん驚かれますし納得くださいます。
つまり、「しっくり」くるのですね、その「部分」に。

悪霊だとか因縁だとか
生霊だとかカルマだとか

その前に本当は知っているのに忘れてしまっている
誰の心にもある
もともと誰もが備えもつ
とても簡単でシンプルな魔法とも思える
その波動を言葉にのせるだけで

思う事が思うとおりに動き始めるのです。

これを、自分本位に動かそうとするから
見えなくなるのです

そんなお話を
会う方に、余談としてさせていただくのですが^^)
それが一番メインに感じてしまう方が多いのです
まあ、それはそれで良いか^^;とおもうこの頃です。

だって動機はどうあれ
穏やかな心として安定する一つの要素なら
それもエネルギーですし^^。

で、浄化された空間のお話に戻りますが
浄化された空間はそれだけでお仕事してくれるものです。
先日お会いした方は、新幹線で来られたのですが
お会いした時、すでに心ここにあらず
と言うほど不調と頭痛と睡眠不足と・・・と言う状態。

2時間ほどのお話の中で、ある時を境に
顔が激変します。
これは過去何度も同じシーンを見ておりますが
その方の心が、ある時を境にそちらの方々と繋がります。
この瞬間はある現象が起こります

その現象の現れる方向と箇所が
その方の繋がる場所なのです。

その部分に違和感を感じる場合
弱点となっているという事になります。
弱点を克服すれば強みになります。

どちらにしているかは
その方の心なのです。

はっきり言いますと^^
光の道が繋がるのです。

この繋がりには、この世界の言葉言う「筋」が必須です。
その筋を通す事で道が出来るのです。
この世で筋道を通し続ける事って大変ですよね

当たり前です
心の世界との繋がりの大変さを
この世で試しているのですから。

継続の大変さも必然
その言葉の本当に意味がよく分かります。

その方浄霊する事無く
不調が嘘のように無くなり
顔も別人のように血色も戻り
軽くなったと帰られました^^)

土地や建物が応援くださる
と聞くと、どう思いますか?
それって、なんとなくあるような気がするなら
そこにこちらがまず気を向ける。
それが始まりの一歩かもしれませんね^^。
と遠まわしに書いてみる・・・

今日寝ていたいな~

僕もね、毎日そう思います、普通に^^;

でもそれをしたら浄霊師ではないと
自分をぶっ飛ばして今日もがんばらないと、自分。

あ^^、自分へのブログでした。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.15

ある浄霊中のお話

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大きな会社のビル丸ごと
浄化をした時のお話です。

そのビルの中に実は
一人女性の霊がおりまして・・・

立会いの社長さんはじめ
重役の方々には理由があって
簡単にしか説明しなかったのです。

詳しく話しすぎると、
その言葉に影響を受けてしまいかねず
建物のお祓い中・・・
立会いの方に影響が及んでしまう危険を
考えての事でした。

一番問題のフロアを、それまでの浄化から
浄霊に切り替えた瞬間でした。

後ろから同行していたその会社の役員さん数人のうち、
女性の役員さんが突然座り込んでしまいました。
起き上がることも出来ずに横から他の役員皆さんに
支えられ別室の椅子まで移動。

緊急でその方に影響を出している霊の浄化を開始・・・

続きはこちら>>>


合掌 浄霊師 神島千尋



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2010.12.10

とある池で・・・

田舎の山奥で熊やイノシシとひっそり暮している
浄霊師神島千尋ですが^^;

その昔、まだ若かりし日に体験した
ある意味恐怖のお話です。

「ある意味」ですよ、ある意味。

・・・今から約三十年(四捨五入導入)ほど前
動物や植物と触れ合いながら
社会を勉強する学び舎におりました。

そこから歩いて10分ほどのところに
大きなため池がござました。

小高い丘の上に池がある造りとなっており
下からでは見えませんが
上がると、時には釣り人もそれなりにいたりなど。

さて、ちょくちょくその池には行っておりましたが
駆け上がり、休憩などしていると
いつもは反対側の池の辺、雑木の合間に
古びて朽ちかけたような小屋がありました。

まあ農作業の道具を入れるような造りの
小屋だったように記憶しております。
バラ板の壁にブリキのトタンを乗せただけの屋根
と言う感じの^^;

気にしてみた事もなかったのですが
あるとき良く見ると何かを書いてある紙が壁に貼っておりました。
おそらく昔から貼ってあったのだろうが・・・
まじまじ見てみるとラーメン○十円と書いてありました(確か・・・)

え?@@;  ・・・・

do2112
^^!そうか昔はここでラーメンでも
やっていたのかもしれないと思いつつ

ぐるりと池を迂回し、小屋を覗くと
失礼ながら※よれよれのおじいさんが一人出てきました。

~~~~~~~~~~
※ここで言う「よれよれ」と言う表現には
愛を込めています、あしからず^^)
~~~~~~~~~~

本当に※よれよれなんですよ^^)

「ラーメンやってない・・・  よね^^;」

「やっとるよ~・・・」

想定外・・・

致し方ないので繋ぎ言葉
「80円・・・なの?」
(値段覚えていませんがとにかく数十円だった記憶があります) 

「そうだよ・・・・   」

このままさようならとも言えない雰囲気を
私自ら作り出してしまった訳で・・・

すでに黙々と作り始めている

おそらく昔は銀色であったであろう
墨と化した片手の小鍋に
どこから盛った?・・・今何処から盛ったの?
と聞きたいが聞けない水がお湯となるまでの時間の長い事と言ったら。

そもそも調理場が・・・・屋根を延長したような半野外なんですもの^^)

服もね、例えるなら、
孫が小学校で来た運動着もったいないから着ているが
すそが少し短いな~・・・
だからそのまま寝巻きorももしきとして長年愛用している
と言う感じの、ひざの丸みそのまま計上記憶のような。

で墨で分厚くなった鍋で沸騰したお湯の横で
取り出したのは・・・チャルメラ。

^^)

マジですかおじいさん、すばらしい!

そりゃ~80円でも利益出るよね^^)(当時の話)

一応ラーメンらしいどんぶりに入れて手渡されました。
立ち食いですもちろん。

まあチャルメラですから^^まあまあそりゃ~。

でお金払いどんぶり返します。

そのどんぶりをおじいさんは
プロパン一つとゴムホースで繋いだだけのコンロの横に置かれている
バケツの水にドブンとつけて出し
2,3コしかないどんぶりの上に重ねました^^)

洗った事になったの・・・・でしょうねきっとここのシステムでは。

つまり、その水がそのままラーメンのお湯な訳です

・・・・一石二鳥?

いやいやいや・・・・(- - ;

おそらくですよ
人間特有のマイナス方向にどこまでも伸ばす安い思考で見る限り
水道の無い小屋の中で、唯一の水が
どこから汲んできたか定かではないがバケツの水この一杯。

例えば手を洗う時もこの水?

・・・・・

^^;

経験です
何事も。

でもね^^)

帰って聞くと
結構大勢そこで食べていたのです

リピーターはいませんでしたけど^^;

後に、同じチャルメラを1ぱい千円で出すお店もありましたので
それに比べたらとっても良心的ではありますが^^)




ちょっと雑談でした^^
読み流しでよろしくです。

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.08

無題

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続けて水晶ですが

浄化する前の段階の状態のものです。
組んだ直後のものです。
このままでは普通のブレスと一緒^^)

ちょっと特別にお願いされたもので
アメジストとブラックトルマリンを
刻印した14㎜玉の両側に配しました。
どちらもAが三つ付くクオリティの高い
紫と黒となっております。
アメジストもローズクウォーツもグレードが高くなると
色が澄み透明感が増してきます。
特にローズクオーツなどは淡いピンクを超えて
限りなく透明になり水晶に見えてきます^^
お値段もかなりのもになりますが
基本的にアクセントとして入れる場合
現在サービスで入れております。
つまり無料です^^!
そのかわり私の感覚で入れておりますので
そこはご了承を^^;

さて、綺麗な夕焼けの空を多く見るこの頃
渦を巻くような雲の流れが気になりつつも。

最近地震が多いですね。
地震雲が頻繁にでては
地震が起こっております。

予知てきな言葉を発する方も多くいらっしゃいますが
現在、どこでいつ大きな地震が起きてもおかしくない
限界点に来ているのは誰もが知っています。
教地震が来るといえば、世界中のどこかで必ずおきていますので
当たった事になりますが
それに伴い
いつどこでこんな地震がおきそこであなたは死にます
と言われたという方とお会いした事があります。

人の生き死にを口にするなら、最後まで責任を持つべきです。
その方はその後、どれだけその言葉に縛られ苦しみ
恐怖に飲まれていったのか・・・
それを告げた方は、自分の思いを伝えたらあとは知らん顔だとか。
連絡をしても返事も無いそうです。

心霊相談を受ける中で
実際の心霊相談よりも
人の言葉による呪縛を解くほうが多いという事を
知って欲しいと感じております。

悪霊
怨霊と言う霊はそもそも存在しません。

悪霊に見える霊
怨霊と化している心は確かに存在しています。

そして、その悪霊にような状態にしてしまったのは
実は今を生きる人である事も少なくありません。

いわれのない中傷や悪者扱いされたら
誰でも憤慨すると思いますが
同じ流れもあるという事です。

ただ、それが全てでもないことは
言うまでもありません。

だから
決まりごとや
理屈の当てはまらない
心霊の世界なのです。

習いたいという方は
習った事が効かないと
他の方法を知りたがる・・・
と言う事になってしまうのです。

その方法に意識が剥いている限り
耐性の例えが正しいか別として
同じ事で、その繰り返しになりかねません。

強さが全てになると
必ず敗れるが勝負の定め。
絶対に勝てません
だって、人は必ず老いていくものですから。

^^)

私も無理がきかなくなってきました
腰が・・・ああああ・・・(^^;

合掌 田舎のじい 神島千尋

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2010.12.06

ちょっと水晶のお話

085511
千火堂でお作りさせていただいた
ブレスに関しては
その後の組み直し、メンテナンスは
全て無料とお話しております。

3年前にお作りした物の組み直しをした時
水晶の透明感はそのままでしたので
やはり良い水晶はいつまでも輝きを
失わないもの出る事をあらためて実感。
(経年による表面の傷は致し方ございませんが^^;)

先日1年前にお作りしたものの組み直しでは
水晶は発送当時と変わらずその透明感は
凄いな~と思うほど。
お写真はそのブレスですが
組み直したら、未使用とたがわぬ状態に戻りました。

これは水晶そのもののクオリティの高さもですが
持ち手の発する気の良い状態も表しております。
時には雲ってしまう方もいます。
水晶のお役目をしっかり果たしていると言う事ですので
悪い訳ではありませんが
完全に同調、または心身の心の状態が
そのまま水晶に表れているのでしょう。
心で思っていることと、体でしている事に
ギャップがあると・・・と言うと
悪いイメージをもたれるかもしれませんが
そうではなく、我慢やストレスが強ければ強いほどと
思ってください
そういう状態では水晶の浄化が追いつかなくなります。
その場合、一時的になんとなく濁って見えることもありますが
浄化方法を心を込めて行う事で
すぐに最高の透明感が戻るはずです^^)

この水晶の持ち主は
人から、なんでこんなに透明感が薄れないのか
聞かれるそうです^^)
5A(AAAAA=SA)水晶のその引き込まれるような結晶

これまでAAA(3A)と二つ扱ってきましたが
現在5A(AAAAA=SA)グレードのみでブレスを組んでおります。

現在木彫りの金剛杵と組み合わせたものを
製作しました。
近いうちに画像も出せると思います。
面白いものになっていますよ
いずれ^^)

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.05

続 お経の力

「続きを」の要望にお答えして
もう少しだけ^^;

1191111

「供養している」という言葉の語尾に
全てに共通する言葉の終え方に違和感を感じませんか?
他に対しての行いを意識するようになると
生活も行動も性格も服装も表情もいつもと同じですが、
心が変わります。
心が変わると、言葉が変わります。

毎日手を合わさせていただいています  と。
その時、その方の放つ気を読めば
その方が心で何を描いているかリアルタイムで分かります。

言霊
表情
発する気
全てが一つとなって輪を形成し
その方を包む大きな流れとなっているからです。

その輪を持つ方は
言葉に嘘がありません
心の波動が言葉を生むからです。
目はこちらを向いていますが肉眼ではなく
心のスクリーンでこちらの内側から繋がる先に
意識を繋げてくる方がいます^^)
霊感ですね^^)

ところが同じ視線でも
肉眼はこちらを向けながら
心を逃避させる方がいます。
これは誰もがわかりますよね^^
一点を見たままカラ返事している状態。
あるいは完全に違う事を頭の中で
空想し時間の過ぎるのを待つ・・・
この癖をつけてしまうと
すぐにそう言う状態に
入り込むことができるようになります。
一つの術ですが、これが得意な方は
幼い頃からしている事が多いです。
怒られる時、説教を聴く時間など
自分にとって耐え難い苦痛を回避する術として
身に着けた方が多いです。
悪いことではありません、
それが自分の心を守る手段だったのですから
むしろそのおかげで自分の心を保っていられたとも言えます。

さて話は戻ります
先の話の霊感を持つ方は察しが良いです
この状態でお経を唱えるなら
それは浄化の力を生む基点となります。

ですが、殆ど場合無意識か
意識していても一瞬しかできずに
それを継続する事の難しさと言ったら^^)

それを継続するには修行するしかないでしょうね。
修行とは何か・・・
肉体的な苦行などは精神面での強さにはなります。
ですが本当の戦いは
その力そのものを欲する心が無いかを試されること。
日常の全てが問われるようになります。

神仏さまを祀る方
お迎えしているのです
来てくださっているのです。

供養しているのではないのです
させていただくと言う心を学ばせていただいているのです。
それが出来ないならそもそもお迎えすべきではない。

都合の良いときだけ手を合わせる
その結果として現れている悩み事が
日常の中の無いかを感じてみる

そこを根本として今一度供養とは何かを
感じてみると
どうすれば良いのかは
自然に見えてくるはずです。

供養と言う名の
自分の為の願掛けは
もうやめる時が来たのです。

人は幸せになる為に生まれてきたという方がいます

その通りです

ですが、
自分の幸せと自分本位の考えは正反対です。

物質的な満足度の高さが幸せなら
争いは尽きません

自分の幸せとは何でしょう

それを知る一つの鍵は
「麻痺」から覚めること。

それをしると
宗教や信仰は本来必要ないと言う
私の言葉の意味がよく分かるはずです。

そして一番大切なことを最後に書きます

私の話など
聞き流す程度で丁度良いのですよ^^

世の中絶対と言う事はありません。
いい加減が良い加減となるのです。

それって本当に大切な事です。
行き着くところまで行くと
反対側の大切な物に気がつきます。
それはそこまで行ったから知りえた事なのです。

無駄無意味も大切な要素なら
今起こる些細な出来事も
実はとても大きくて大切な一つのパーツなのです。

さて、そのパーツを覆う全体が何であるか・・・
それを知らずにパーツしか見ていなければ
意味の無い無意味な物にしか
見えないものなのでしょうね。

それこそ

本当の意味でもったいない

そんな気がしませんか?

ちょっと本気になりそうなので
このあたりで終わりにします^^)

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.03

お経の力

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人は魂を内面に
今を生きています。

肉体の感覚でこの世に
適応させていますので
目で見えるものに基準を置いていますが

魂も同じように常に繋がりを頂きながら
魂で感じ、視て、触れています。

体と心で一つのバランスを保ち
今の世に生をいただき人として
成すべき事を気がついていくのですが

どうしても目で見える物質の感覚での判断基準が
心をよりも上回るようになってきます。
なぜならば、判断基準の中に大きく絡む物が
どのケースでも絡んでくるからです
それは^^; 損得 。

さて、今回書きたいのは
損得勘定ではないのですが・・・
肉体の世界での判断基準を
魂の世界でそのまま使おうとしている方がいます。

お会いする相談者さまのなかで
ご供養と言う言葉を使っての
「祓い」をしている方がいらっしゃいます。
正確には、祓いを目的としているという事です。
なにかしら悪いものを取り除いてもらえるというイメージや
お経によって今の不運をなくす
痛みや苦しみや負の流れが良くなるように・・・
そういうイメージをお経に求めている事があります。

反対なのです
祓いや除くと言う事は
それそのものをどれだけ取り除いたところで
そうなる因に目を向けなければ
同じ事が繰り返されるだけなのです。

:供養にお経を唱えなさいと言われて毎日しています
:こう言いなさいといわれて言っています
:これをお仏壇の真ん中に置くように言われ置いています
:陀羅尼を教わりましたので唱えています
:真言を毎日言っています。
:お水やご飯を毎日あげています
:毎朝手を合わせています

それがどう言う意味で
何をするためにそうしているのか
まず自分が自分の心を知らなければなりません。

供養とは何かをまず心で感じ
それを本筋とし
それに尽きることが大切です。

「毎日お経を唱えています」

それは良いことですね^^、で
何の為にお経を読んでいるのですか?

と聞くと答えは様々になります・・・

そして最終的に行き着く所は
同じ方向になります
「強い効果への期待」

多かれ少なかれ
お経によって何かしらの効力や力があると
感じている方が非常に多いようです

はっきり申し上げておきます。

お経そのものに呪文のような力はございません。

そこを間違えてしまうと
効果の無い霊に遭遇した時
返り討ちに合います。
と言うより、
お経でどうにかなる霊のほうが少ないです。

私はお経を唱えます
ですがお経で祓いや浄化をしているのではありません^^)
繋がり方や結んでいる縁
応援いただいているご霊さま方々のお力添えにより
今を生きる霊と、今は亡き霊
双方の魂の浄化をする事で
今を生きる霊は本来持つ繋がりを心に再構築し
今は亡き霊は本来の流れを受け入れる心となり
向かうべく流れが道となり向かう事が出来るのです。

そこへご案内するのが浄霊師神島千尋のお役目であり
その為にできる事を精一杯しているだけなのです。

そちらの援護がなければ、浄霊はできません。
言葉で浄霊している訳ではないのです。
つまりお経で彼岸の世界に上がれる訳ではありません。
そちらと繋がる縁の太さが問われます
そのつながりがそちらとの出入り口になるのです。
ではなぜ私はお経を唱えるのか^^)
私は浄霊師になる根本を
縁をいただいたお寺さまで学びました。
浄霊師としての方法を伝授いただいた
と言うわけではございませんので
間違っても誤解しないでくださいね。
通常寺院でそういう事はまずしないはずです。

お会いした方は知っていると思いますが
私の服装や何をする人間かを
最初にしっかりお話します。
浄霊師とはなにか、私のすべき事は何か
どうしてそうなったかなどを
まずしっかりお話します。
私が首からかけているお数珠の意味もその中に含まれています。

宗教とか信仰とか正直興味がありません
どうでも良いこと。
だからだれが何を信仰しても良いのです
それが、心の、つまり魂の光となるなら。

全てが導きといって良いと思います。
浄霊師となると決めた時はすでにお祓いはしておりました。
つまりプロとして名乗るか否かの違いだけともいえます。
そこで魂の繋がりの修行をしていたともいえます。
その流れを常に前面にだして生きるのはとても大変です。
ですので普段は通常の気に戻している・・・と言う
説明がおそらく一番近い例え話となると思います。

浄霊や祓いの際は、一瞬で戻します。
その際の入り方の一つの方法が
私の場合はお経でもあるのです。
そのほかの方法もありますが
それは私とお会いした方であれば
見た事があると思います。
私の動きや行いのそれぞれに一つ一つ
つながりの意味があり
その後ろに、前に、左右に、上に下に、その間に

縁を頂く方々の陣営が組まれます。

浄霊師ですから隙があってはならないのです。

先日、人をお祓いしているという方に会いました。
足を引きずり、顔色も悪く、苦しそうにお話しておりました。
なぜ自分の浄化をしないのですか?と聞くと
そこが問題なのです・・・と。
人は祓えても自らを清められないのです。
つまり、頂く事はできるので相手を楽にすることはできても
一人祓い苦しくなり、我慢しながら次の人を祓い・・・
もうだめだと思いつつ、頼まれると断れずに・・・
いよいよ動けなくなってしまったと言うわけなのです。

まず自分の心の根本がどこにあり、
何を大切に感じている魂であるか
それを感じ学ぶ
お経を唱えるという事は
自らの為ではなく
それが誰にではなくどこに広がっていくかを
もう一つの目でありありと見据える事が大切と

そう感じます。

その感覚が放つ波動で唱える言葉は
成就させる言霊なのでしょう。

続く。
       ・・・かも^^)

合掌 浄霊師 神島千尋

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2010.12.01

国により心霊現象もさまざま

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在日している諸外国の方々と
お会いする事が多々ございます。
(通訳さんを介してのケースも多いです)

その国の風土と言いましょうか
傾向や流れがあります。

宗教も同じですが
歴史感や学び育ったものが
現世での心の根本として
今を生きていますから
例えばそれが心霊現象として統計を取ると
傾向が見えてくるはずです。

事実
様々な国籍の方とお会いしておりますが
ある国籍の方々は、まったく同じ現象に
見舞われている事があります。
この現象は詳しくは書きませんが
症状が重くて、なかなか一度では
改善できないケースが多くございます。

私は基本的に同じ方と何度もお会いする事はありません。
数字にするなら年間数百人の方とお会いしておりますが
そのうち7割の方は2度会う事はありません。

繰り返し同じ祓いをしなければならないという事は
改善ではなく、対処の繰り返しになりかねないと
感じているからです。
あくまで「なりかねない」です誤解なく。

カウンセリング的な依頼で複数回
お会いする事はもちろんございます。
あくまで依頼があっての話です。
こちらからすすめる事はございません。

しかし先のケースでは、どうにもならないほど・・・
つまりそちらの意が現実世界でメインになってしまうほど
支配されてしまうケースが増えつつあります。
霊はそもそも人として生きていました
生きているときの感覚や感情、
それが心に一杯に詰まり、満たされぬような場合も
この世界に居続ける事になりますが
その時の意志が明確に現れやすい魂の方向性があります。
それがお国柄や風土なのでしょう。

様々な宗教や宗派がございます。
これが全てでそれ以外は否定するお話もよく耳にしますが
心の中に積み重ねられる見えない境界線
視野はそうして作られていくのでしょう
心眼を開く為には
この境界線を崩す事からはじめなければならないのです。
その境界線がどう言うものか聞く方がいます。
境界線は見えませんし、気がつきません。
知らず知らずのうちに心にある「当たり前」と言う
存在になっているからです。

例えば一つだけ答えをお話しますね

「今年も1年元気でありますように」と初詣で手を合わせます。
翌年同じ願いを最初に口に出来るのは
昨年の元気であるように願った事が叶っているからです。

ではお願いしてかなえていただいたら
次に願いする前に、
まずしなければならない事がありますが
それをしているかどうかが大切な事になります。

その心をたいせつにするだけで
気がついたら、
知らぬ土地に居たという事も
なくす事が出来るはずです。

合掌 浄霊師 神島千尋

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