お経の力

人は魂を内面に
今を生きています。
肉体の感覚でこの世に
適応させていますので
目で見えるものに基準を置いていますが
魂も同じように常に繋がりを頂きながら
魂で感じ、視て、触れています。
体と心で一つのバランスを保ち
今の世に生をいただき人として
成すべき事を気がついていくのですが
どうしても目で見える物質の感覚での判断基準が
心をよりも上回るようになってきます。
なぜならば、判断基準の中に大きく絡む物が
どのケースでも絡んでくるからです
それは^^; 損得 。
さて、今回書きたいのは
損得勘定ではないのですが・・・
肉体の世界での判断基準を
魂の世界でそのまま使おうとしている方がいます。
お会いする相談者さまのなかで
ご供養と言う言葉を使っての
「祓い」をしている方がいらっしゃいます。
正確には、祓いを目的としているという事です。
なにかしら悪いものを取り除いてもらえるというイメージや
お経によって今の不運をなくす
痛みや苦しみや負の流れが良くなるように・・・
そういうイメージをお経に求めている事があります。
反対なのです
祓いや除くと言う事は
それそのものをどれだけ取り除いたところで
そうなる因に目を向けなければ
同じ事が繰り返されるだけなのです。
:供養にお経を唱えなさいと言われて毎日しています
:こう言いなさいといわれて言っています
:これをお仏壇の真ん中に置くように言われ置いています
:陀羅尼を教わりましたので唱えています
:真言を毎日言っています。
:お水やご飯を毎日あげています
:毎朝手を合わせています
それがどう言う意味で
何をするためにそうしているのか
まず自分が自分の心を知らなければなりません。
供養とは何かをまず心で感じ
それを本筋とし
それに尽きることが大切です。
「毎日お経を唱えています」
それは良いことですね^^、で
何の為にお経を読んでいるのですか?
と聞くと答えは様々になります・・・
そして最終的に行き着く所は
同じ方向になります
「強い効果への期待」
多かれ少なかれ
お経によって何かしらの効力や力があると
感じている方が非常に多いようです
はっきり申し上げておきます。
お経そのものに呪文のような力はございません。
そこを間違えてしまうと
効果の無い霊に遭遇した時
返り討ちに合います。
と言うより、
お経でどうにかなる霊のほうが少ないです。
私はお経を唱えます
ですがお経で祓いや浄化をしているのではありません^^)
繋がり方や結んでいる縁
応援いただいているご霊さま方々のお力添えにより
今を生きる霊と、今は亡き霊
双方の魂の浄化をする事で
今を生きる霊は本来持つ繋がりを心に再構築し
今は亡き霊は本来の流れを受け入れる心となり
向かうべく流れが道となり向かう事が出来るのです。
そこへご案内するのが浄霊師神島千尋のお役目であり
その為にできる事を精一杯しているだけなのです。
そちらの援護がなければ、浄霊はできません。
言葉で浄霊している訳ではないのです。
つまりお経で彼岸の世界に上がれる訳ではありません。
そちらと繋がる縁の太さが問われます
そのつながりがそちらとの出入り口になるのです。
ではなぜ私はお経を唱えるのか^^)
私は浄霊師になる根本を
縁をいただいたお寺さまで学びました。
浄霊師としての方法を伝授いただいた
と言うわけではございませんので
間違っても誤解しないでくださいね。
通常寺院でそういう事はまずしないはずです。
お会いした方は知っていると思いますが
私の服装や何をする人間かを
最初にしっかりお話します。
浄霊師とはなにか、私のすべき事は何か
どうしてそうなったかなどを
まずしっかりお話します。
私が首からかけているお数珠の意味もその中に含まれています。
宗教とか信仰とか正直興味がありません
どうでも良いこと。
だからだれが何を信仰しても良いのです
それが、心の、つまり魂の光となるなら。
全てが導きといって良いと思います。
浄霊師となると決めた時はすでにお祓いはしておりました。
つまりプロとして名乗るか否かの違いだけともいえます。
そこで魂の繋がりの修行をしていたともいえます。
その流れを常に前面にだして生きるのはとても大変です。
ですので普段は通常の気に戻している・・・と言う
説明がおそらく一番近い例え話となると思います。
浄霊や祓いの際は、一瞬で戻します。
その際の入り方の一つの方法が
私の場合はお経でもあるのです。
そのほかの方法もありますが
それは私とお会いした方であれば
見た事があると思います。
私の動きや行いのそれぞれに一つ一つ
つながりの意味があり
その後ろに、前に、左右に、上に下に、その間に
縁を頂く方々の陣営が組まれます。
浄霊師ですから隙があってはならないのです。
先日、人をお祓いしているという方に会いました。
足を引きずり、顔色も悪く、苦しそうにお話しておりました。
なぜ自分の浄化をしないのですか?と聞くと
そこが問題なのです・・・と。
人は祓えても自らを清められないのです。
つまり、頂く事はできるので相手を楽にすることはできても
一人祓い苦しくなり、我慢しながら次の人を祓い・・・
もうだめだと思いつつ、頼まれると断れずに・・・
いよいよ動けなくなってしまったと言うわけなのです。
まず自分の心の根本がどこにあり、
何を大切に感じている魂であるか
それを感じ学ぶ
お経を唱えるという事は
自らの為ではなく
それが誰にではなくどこに広がっていくかを
もう一つの目でありありと見据える事が大切と
そう感じます。
その感覚が放つ波動で唱える言葉は
成就させる言霊なのでしょう。
続く。
・・・かも^^)
合掌 浄霊師 神島千尋
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