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2010.12.22

神頼み

3112
毎年元旦は
勤行の中で
ご祈願をいたします。

昨年は申込者を募りましたが
今年は、告知する前で
すでに10名を超える申し込みを
頂いてしまいましたので
申し込みの受付はいたしませんがご了承を。

護摩供(排煙の関係で大きな護摩はできませんが)の中で
皆様の幸せをご祈願させていただき
老舗の和菓子屋さんでお作りいただいた紅白のお餅
甘酒などを来れられ皆様にお配りさせていただき
新しい年が良い年でありますように
精一杯のお勤めさせていただきます。

で、そのお餅なのですが
本当に柔らかくて美味しいのですが
新鮮すぎて・・・と言いますか
消費期限が1日なのです
だから元日のうちに食べてね^^と言う話

~~~~~~~~~~

さて、現状が動かないとイライラする事があります。
時に、お祓いや祈願によりそれを
動かそうとする方がいらっしゃいますが
本来お祓いや祈願は、楽をするためのものではありません。
ご供養もそうです、願いをかなえる為にするものではありません。
誤解や解釈違いをしている方がいらっしゃいます。
あくまで成すのは自分なのです、
その動きを強くさらに加速させるのが
介添えでありその延長に、神頼みも一つの方法としてあるなら
成すべき事をせずに、神頼みは筋違いとなります。
すべき事をしながら、その対極に自然に生まれる
結果が見えない世界のバランスなら
そのバランスを、誰もが何度も経験しているはずなのです。
人はいつしか成長とともに、人の世界に決まりごとに縛られ
それを全てとし、その中でいかに得をするかの
競争に走りやすくなります。
そのバランスの無いところにつながりは生まれませんので
願いは叶わないという事になります。
そのバランスが何かが大切になります。

それは、見える世界でしている事全てが
反対側でもしなければならない事を
教えてくれていると言う事です。

早く寝なさい
→自分だって遅くまで起きているじゃないかと言う親への反感

いつまでゲームしているの!
→自分だって携帯やパソコンしているじゃないかと言う反感

親のいう事を聞かせるのではなく
親が生活姿勢で子供に行き方を示すのが教育と私は思っています。

子供から親業を学ぶと言う事は、そういう事と思うのです。
つまり、子供は親の真似をしているのです。
それを怒られると反感が生まれいずれ自我の構築とともに反抗に変わります。

何が言いたいかと言いますと
まずしなければならない事をする事で
物事は願わずとも
往々にその方向に動いていくようになる^^)
そんな流れがある事を知って欲しいのです。
~~~~~~~~~~

多くの方が眠る地がございます
どこでもというわけではございませんが・・・
時には呼ばれるように入っていってしまう事も多々。
そんな場所を目にするたびに
なんて無力なんだろう・・・と痛感します。
それでも今できる事を精一杯しますね・・・と。
その地に宿る今に受け継いだ方々の想いに
そうとしかこたえられない



祈願について極端な言い方をしましたので
誤解されるような一説もございますが
あくまで例え話として捉えていただければと思います。

合掌 浄霊師 神島千尋

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