« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »

2011.01.30

実際にあった怖い話で掲載中

33311
現在発売中の雑誌
「実際にあった怖い話」(1/24発売号)に
神島千尋の作品が載っております。
開運福袋のセットとして、
ほん怖霊能者 宗優子さんの
枠に入っております^^)

このセットの中の
金剛杵と水晶のブレスの二つが
神島千尋の作品でございます。

ブレスはこれまでもご紹介しておりますが
最高グレード5Aの水晶を使い
親玉に12㎜の水晶玉に神島千尋自ら彫刻を施し
アクセントにAAAのアメジストを組んだ
セット用のオリジナルブレスとなっております。

また、今回初出しの水晶を組み込んだ木彫りの金剛杵
これは一本の木からそのまま彫りだす一刀彫の独鈷杵です。
そこに同じく私が刻印を施した水晶玉を組込み
持つ方の負を水晶が浄化し邪気を祓い
迷いを打ち砕くことで良き流れが導くお守りとなりますように
一本一本手彫りしたオリジナルの金剛杵です。

手彫りによる完全オーダーメイドの為に
この独鈷杵は単品での販売は現在しておりません
福袋用の限定セットとなっております。

現在、わずかでも時間ができると
木彫りに入ります^^
ある意味職人生活です(笑)

ご興味のある方は雑誌をぜひご覧ください^^)

合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2011.01.28

厨房に霊

00112
昨日、ある方々と数名で
お食事をしていたのですが
プライベートルームでしたので
カウンターと見せるための調理場がございました。

さて、入ってすぐに
その調理場に一人の男性がいたのですが
もちろん皆さんには見えないのですが
さてカウンターをはさんでそこにご霊さまが
たたずみ、その目の前でお食事をするのも
なかなか不思議な光景でございます。

で、見てみぬふりをしておりますとそのまま
いつまでも居る事になりますので
あえて視線を合わせます。

するとね
そのまま一瞬でいなくなります。

それを言葉で説明するならば
映画で見るようなワンシーンそのままと言う感じです

こちらを見たままの姿勢で後ろに移動するように
一瞬で消えていきます。

メディアで作られる映像の中で
本当に霊の動きを実物を参考にしているかと思うほどの
映像が時折あります。
作り物の中でも
横切り方や、光の移動の仕方など
もちろん、心霊系の撮影には
霊能者さんやその世界のボディーガード役が
同行していますのでアドバイスが生きてくるのだと思いますが・・・

まあ、楽しいお食事で
少しリフレッシュさせていただきました。

気持ち新たに午前の浄霊
お昼を頂きまして^^
午後も遠地から相談者こられますので
今、ブログ更新と言う休憩時間です^^。

ご縁頂く方の関係するご霊さまが
来られる事が多いのですが
訴えの強い方ですと、こちらも痛い思いをします
ですがそれが強ければ強いほど転じれば
守りの強さにも現れうものです。

それだけ、思っていただいているのですから
やっぱり感謝なのです。

痛みも苦しみも
ありがたく感じる心が次の縁になり
それが流れとして継続する事になります

それが運ともなるのです。

合掌 浄霊師 神島千尋


| | コメント (0)

2011.01.26

霊感修行時代

6000012
さて、ハードな毎日でございます^^)
忙しいほど燃える男でございます

・・・でも今
目が開いてません

眉毛は上がってますが目があいてません・・・と
先ほど人さまに笑われました^^;

昨夜は一晩かけての浄霊のお仕事でしたので
さすがにこの時間になると瞼も重たいのであります。
田舎の山奥で熊や狐と戯れながら生きているじいに
徹夜は修行に限りなく近いものであり・・・
と妙なハイテンションを楽しみつつ^^

さて、
とある都市の通りで車を止め、連絡待ちしていた時のこと。
そこは30万都市とは言え、深夜2時過ぎともなると
人通りもまばらとなり、
街灯が商店街を直線で浮かび上がらせていました。

城下町と言う事もあるのでしょうが・・・・
変わりに徘徊すると言うと失礼ですが
白や黒の方々が右往左往し始めます。
本当の意味で夜の世界に入る瞬間です。

時間は正直関係ないのですが
やはり12時をすぎると、人の心は肉体ではなく
魂で感じやすくなるのは確かです。

私の車の目の前を、黒い霊が道を渡って行きます
その向こうを、今度は白いご霊さまが円を描くように
そちらの流れから、目の前の空間に姿を見せます。

どうやって霊をみているのですか?
という質問を頂く事があります
今回少しそれに触れてみますね
意識や感覚をあえて変える事はしておりません。
心に入り込めば自然にこの物質世界の肉眼での判断基準から
逸脱し、そちらの感覚で目の前の空間を感じるようになるからです。

ただここで一つお話しておきますが
言葉をそのままの意味で理解しようとする方がいらっしゃいますが
それは違う結果に繋がりますのでご注意を。
例えば逸脱を言葉通りに感じるのではなく
イメージで捉えていただきたいのです。
意識して逸脱している、と言う事を言っているのではなく
説明の都合上使いやすい言葉として当てはめているだけです。

この入り込み方は、小学校の時の授業中に経験し
その後、中学では授業中頻繁にその感覚を磨いておりました。
中学で九死に一生の経験をしていますが
あの時のあり得ない出来事は
そんな事ばかりしていた結果でもありますね^^)

感覚の転換はその頃いつも出来るわけではありませんでした
邪念と言いますか、必ず雑念が邪魔をしてきます。
完全に無と同じになる瞬間が生まれないと入る事ができずに
どうすればそれがいつでもできるか考えたりもしました。

ですが、考えて出きるものでもなく
あるとき悟りました、センスなんだと。
理屈がそのセンスを鈍感にさせてしまう事もあると感じます。

幼い頃に霊的な感覚で物を見ようとした結果
その頃、肉眼ズームを何度も経験しました。
カメラのズームを、目でしていました。
おかしな事を言っていると思うでしょう?
ですが、本当にそうだったのです。

面白くて、いつもそんなことをしていました。
例えば先生が黒板に書くチョークにズームしてみたり
自分が座っているその場から後ろに視界を広げ
まるで広角で全体像に画面を広げていくと言うような事を
繰り返しておりました。

で、結果勉強は最低でした^^;

その癖が未だにあるのですね
動かずに座っていると、無意識にその感覚で全体像を見ているのです。
その中で見ているものは、目の前の空間の気の流れ、
その中を動き回る想念、霊、そして私にもよく分からない次元の違う存在など
さまざまな流れを成しているようで成していない形としてみています。

これを言葉で説明しなければなりませんので大変なのです。
この世界の言葉とは便利なようでとっても不便ですね。

ちょっと、私の感覚の一つのお話でした。
今では切り替えなどと言う事の必要もなく
通常の状態でその流れに触れています。

ちなみに、この空間の気の流れが
その家やお店などの雰囲気となっているものです。
落ち着く雰囲気の気とは、そういう意味なのですよ^^)




目が・・・・  ^^; 





合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2011.01.23

お知らせ

早いものですね
1月も最後の周に入ります。
あっという間のひと月


すさまじいスケジュールです^^;
いつもの事ですが
この周の予約数は伏せますが
半端ないです^^;

ガンバれ私、はい頑張ります。



さて、時折触れておりますが
メールで相談を送られる方で
こちらから返信の出来ない方がとても多くいらっしゃいます。
スパム設定などによって、こちらからの送信がエラーになり
送る事が出来ないケースが多々ございます。

基本的に頂いたメールには返信をしております。
もし、数日たっても返信が無い場合
お電話くださると間違いないと思います。


特に携帯からメール問い合わせくださる方は
パソコンからの返信を拒否されていて
返信できない事が多くございます
中にはとても心配な内容である事も多く
とても気になってしまいます^^;(心配性な神島千尋ですので)


取り急ぎ


合掌 浄霊師 神島千尋


| | コメント (0)

2011.01.21

心霊写真 ~No4~

g01

「その写真が本当に心霊写真かどうか
 次にそれがなにか影響をだすのではないか
 写真をどうしたらよいのか」
について、No1・No2・No3と書いてきました

心霊写真について記述しているサイトは星の数ほどありますが
その写真を撮った人と
それを見た人自身が起こす霊的な影響については
あまり書かれていないものです。

実は、一般的に言われている霊や
その霊が起こすと言われている現象には
大きな誤解がある事が多く
確かに不可思議で一見「他」の因子による現象に見えますが
そう感じる大きな要因は
全て五感による判断基準にあります。
五感は確かな感覚です、感じている訳ですから。
ですが6番目の感覚は判断基準に入っていません。
つまり心で感じる6番目よりも
肉体で感じる5つの感覚で判断する事のなかで
見たもの、聞いたものをそのまま信じてしまう習慣が生まれてきます。

それは誰にもあります
「気にしない振り」はまさに典型です。
言葉の影響を受けていないフリはできても
それは心にどーんと残ってしまうのです。
それが何かの要因で増長される事になると・・・
例えば、気にしない顔をしていても
気になってくるもので、誰かに聞きます。
それがさらに不安にあんる返答だったらもうどうにもなりません^^)
逆に安心な答えでも、気にしていた分
疑心暗鬼と言うこれまた^^人はどうしてそうマイナスに
走りたくなるのかと思う疑念がが次々ポンポンと
浮かんでくる生き物なのです^^;

ついつい話がそれるのが私の悪い癖でございます^^

つまり何が言いたいかというと
人の心が作り出す霊的な現象が
想像すり上に多いのです。

逆に言うならば、確かに心霊写真だったとしても
それ自体よりも、それを見る人が必要以上に
これまで見聞きしてきた「心霊」の世界の概念に
はめて捉えてしまうことで、他人の言葉や
自らの心に掛ける自己暗示で陥っている事が
とても沢山あるのです。

相談をしても、お祓いをしても、
一向に改善されない・・・という例の多くは
自らの心がまずそこから脱しない限り
あちこちの霊能者さん巡りになってしまうことだって無きにしも非ず。

人は今を生きていますね
今、自分のすべき事やしなければならない事
それらを1日の中で一生懸命しています。
その中で思う悩んだり苦しんだりする事は誰にもあります。
ただしこれは、物質世界の中での悩みである事が殆どを占めます
(もちろん心の悩みもありますので誤解無く)
それら=霊的な影響というわけではありません。
明らかに不運の繰り返しであったり
どう考えても不自然であったり
原因不明の災難や連鎖などが起きていますか?

ちょっと極端に書きましたが、つまり
今、または写真を撮ってから明らかに
生活に支障が出るような影響を感じていますか?
そうでなければ、まず心配なさる事はありません。
昨日今日撮ったならですが
以前や昔の写真で霊が写っていたとして
今元気であるならまず心配する必要はないでしょう。

逆に不安や心配は継続を意味します
それは自ら継続している行いですので
良い意味で終わりと言う区切を心につける事が大切です。
思い出しても、スパっと次に転化する
そんな心の笑顔を持つことが大切です。

さすれば最後の答えは自然に出ます
その写真をどうしたら良いか・・・・

過去のお写真で、嫌な印象があるなら
上記を考慮したうえでならば
削除して問題ないと思います。
どうしても気になるなら
神社仏閣で行われる
お焚き上にて
ご供養なされば良いと思います。

合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (2)

2011.01.20

心霊写真 ~No3~

ghost3322

2)心霊写真だった場合
霊は肉体を持ちません
つまり拘束されていないので肉体のルールがありません
距離も時間も老いる事無いわけです
(朽ちることはありますよもちろん、説明は端折りますが^^)
一つの縁ですから、写った霊を意識すればつながりは生まれます。

あ^^;・・・あくまで一通りの説明程度のお話ですので
この文章に縛られませんようにね^^)
時に、この文章だけで心霊写真=写っている霊とつながり悪い影響が・・・
と不安に陥ってしまう方がいないともかぎりませんので^^)

霊感の強い(自称含む)方が、写真を手にして見る場合
おそらく外見的なイメージをまず重視します、そして
その先に意識をつなげようと試みます。
その時、すでにそちらは繋がっています、リアルタイムで!
「これは悪霊の類に感じる」
「けして良いものではない」
など、マイナスのお話をしたとします
つまり先方さま(霊)はそれを知っていますので
もし本意ではない、謂れの無い言葉が会った場合・・・

自分がそれをされたらどうするか考えれば結果は云わずとも。

では、意に沿ったお話をした場合にも
必ず注意しなければならない点を一つだけ。
思いを伝えると言う事は救いますと捉えらる事が多いです。

救ってくれるかもしれない
「私の思いを理解してくれている・・・」
そう思った相手を人は頼りにします。

体があっても無くてもそれは同じなのです

相手によっては、とことん依存する事もあります。
それをこちら側が、都合の良い相手だけを
選ぶ事など現実の世界でも心の世界でもできません。

霊的なお話をする場合は常にそちらの世界と
心が繋がっている事を知ってお話ください。

言葉の持つ力がどこから来るのかを知ると
お経の力ではなく、波動が成している事を
体感するのではなく
体感させていただけます。

~~~~~~~~~~

一般的な心霊写真の解説ではなく
それを手にしている側、
見る側が作り出す影響と言う視点で
書いてみました。
なぜならば、
実際には人の心が作り出す現象のほうが
写った霊の霊的影響よりも多いからです。

とは言え、自らの心がそれを成してしまうこと
すなわちそれも霊の力(自身の)なのですから
いわばそれも霊的な影響であることに
違いはありませんね^^)


他意によるものではなく
潜在的な自らの力を無意識ですが違う方向に
向けてしまうと、
それは自分だけではなく
人にも霊的な影響を与えてしまいます。

それが相手を不安にする結果ならば
霊障を与えたのは「あなた」という事になります。
その結果は自らに戻って来る事になります。
苦しみの原因がそこにあることを
本人は考えもしないなら、逃れる事も出来ない・・・
そんな繰り返しにはいってしまいませんように^^)

さて
「その写真が本当に心霊写真かどうか
 次にそれがなにか影響をだすのではないか
 写真をどうしたらよいのか」
についてお話を書いてきました

真ん中の「影響があるのではないか」に入ります


No4に続く・・・






合掌 浄霊師 神島千尋

浄霊師 神島千尋 MysteryZone
相談ご質問お問い合わせ

| | コメント (1)

2011.01.19

ちょっと月に寄り道

fudouson111

心霊写真の連載中ですが
ちょっと寄り道。

朝5時
灯明を灯し
香を焚く

その時視界左側に入る一つの光
とてもよいタイミングで窓の真ん中
西の空に浮かぶ月

絵のようです、本当に。

なんとも贅沢な気分でございます。

ついつい見入ってしまい
おっと^^・・・と
我に帰ることも。

まんが日本昔はなしのような
雲のかかる月を
勤行の中で目にいただく
そこに物語がうまれそうで
心ここにあらずな
そんな未熟者の浄霊師神島千尋でございます。

でもそれで良いとおもっております。

月には月の力があります。
そして私はそこから心の世界にはいりました。

今から20年前
ある事業をはじめました
とある病院の屋上で
ある人と、某病院の夜の屋上で話をしておりました。
その中で私は自分の夢を語りました。

野心溢れる年齢で、夢と言っても
自分本位のものでしたが
真上に綺麗な満月が浮かんでおりました。

その時言った事は、周りが聞いたら
強がりな若者の実現できない夢物語に聞こえたはずです。

ところが、その時の私は月を見ながら
全力の気がみなぎる感覚で言葉を空に飛ばしました。

その言葉は天に上がり降りふそそぎ
町を飲み込むように多い尽くすイメージを
ありありと思い描いておりました。

この1年後
私が言葉にした事はそのまま実現しました。

ところが私は天狗になったのです。
1年半後、言葉通りの結果を頂点に
どん底まで落ちました。
この時の話はできませんが、
メディアにも取り上げられるほどの
出来事だったとだけ申しておきます。

ここから12年間の「負の時代」となります。
しかしこの12年間は今思えば人生の良い修行だったと感じます。

その後、月には幾度も転機をいただきました。

月と聞くとおそらくそのまま空に浮かぶ月を思い描くと思いますが

^^

私の言う月とは、そのものではありません^^)

いつかまたお話しする機会があればと思いますが
月から繋がるその先の次元は
旅をするにはとてもスリリングで
それはそれはとても不思議な世界でございます。

それはまたいつか・・・

さて、また
心霊写真の話に戻ります

合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2011.01.18

心霊写真/うそほんと→その影響→処分して良いの?etc ‐No2‐

g023581111211
前回からの続き→ ~No1

~~~~~~~~~~~~~~~

写真にうつる霊は、偶然写る事もありますが
写る為に現れる事が多い。
その写真を見て何かを言うならば
この世界での秤で判断しない事が大切です。
顔が怖く怒っている、赤い色は危険なイメージ等々・・・。

例えば霊感の強い方が写真を見て
その霊感で感じた事を言うとします。
それも「良くない印象」として伝えたとします・・・

「これはあまりよくない感じ、御祓いしたほうがよいと思う」や
「怖い霊だとおもう、怒りを持っている感じがする・・・」など、
まして怨霊や悪霊などの例え方をしたとします。
あくまでも「そう感じる」や「と・・・思う」と言う話なのに。
しかし聞き手は十分不安で悪い影響が起こると心に刻まれますので
当然心にドンっと居座る題材となりますし、
終わりのない悩みが始まります。

この恐怖の原因は心霊写真(と思われるも含む)ではなく
確かかどうか確認の出来ない「人の言葉」その物です。

この時、何が起こるかちょっと回りくどく説明しますね^^;

1)心霊写真ではなかったとした場合

この言葉の与えた影響が、
そもそも霊的な障害を生む結果に繋がることがございます。
例えば日常生活の中の雑菌、
それも自分の想像していなかった
知らなかったら良かった事実を知ることで
元々綺麗好きだった性格だったとして
それを引き金に極度の潔癖症になり
日常生活に影響がでるほど・・・
時にはそれが病となってしまうほどの潔癖症に
なる事だって無いわけではありません。
同じ事です、霊的な影響を受ける方は沢山いますが
受けない方もいます。
言葉一つでそれまで平気だったことも
精神が崩壊してしまうほどの影響を受ける結果になる事もあるのです。

一つの実例があります
事実、親戚の方の一言が、その後家に住む事すらできずに
通院しながら某施設に入るまでに至った方もいます。
その親戚の方は、霊が家に沢山いると
来てはいい、電話でいい、その結果のできごとです。
すでに霊がいない状態となっても、一度不安に陥った心は
疑念と恐怖から離れられなくなってしまい
その原因は、親戚の言った「霊がいる」と言う一言なのです。

そしてその親戚は次に何をしたかというと
別の人の家に行き同じ事を話していたのです。
そして、自信が頻繁に通う霊能者を薦めて周っている・・・

相手を救うつもりが
逆に苦しめる原因となってしまっていないか
そう考える心を持つことが大切であり
そう言う心には、人を不安にさせる言葉は
生まれなくなるものです。

________________

2)心霊写真だった場合

霊は肉体を持ちません、つまり >>>



No3に続く・・・





合掌 浄霊師 神島千尋

浄霊師 神島千尋 MysteryZone
相談ご質問お問い合わせ


| | コメント (0)

2011.01.17

心霊写真/うそほんと→その影響→処分して良いの?etc ‐No1‐

7842111

仕事柄時間に不規則な
浄霊師神島千尋でございます^^。
夜の浄霊ですので、
久々に少しゆっくり記事を書いています。

で、こんな時ですから

時間をかけて書いております。
まず心霊写真について
お話してみようと思います。
とは言え、写真だけの解説では何も意味がありませんので
そこから波及する大きな流れにも少し触れながら
書いてみたいと思います。
少し長くなるかもしれませんし
過去の記事と重複するコメントも
必然的に出てまいりますがご了承を。

フィルムでもデジタルカメラでも
霊は写ります。
そして肉眼にも霊は映し出す事が可能です。
ただし肉眼の場合は条件が必要となります。
肉体のように物質として存在していない場合は
それを目に物質として認識出来る状態か
または通常の判断機能に頼らない潜在的な
感覚を意識して活性化させる事ができると
霊を認識することが可能となります。

後者の場合、初めからその感覚を持つ方と
後天的にそれを可能にする方がいますが
後天的にそれを求める方のなかで
感覚を向上させる手段を最初の入り口で
違えてしまう事が多くあるようです。
それは「縁」により方向は変わりますが
その方の魂の発する気(その方の霊的な力でと方向性を司る)に
よっては、対極ほど違いを見せる事があります。
マイナス方向に加速する縁を頂いてしまうと
抜ける事が非常に困難になります。

話しそれてしまうので戻しますが
霊は写ります^^)

まず最初にその写真が本当に心霊写真かどうかが大切です
次にそれがなにか影響をだすのではないかと言う心配があります
最後に写真をどうしたらよいのか迷う・・・となります。

まず霊が写っている(と思われるものも含めて)かどうかですが
これはプロでなければ判断できませんね^^当然ですが。
でもこのプロを信頼できるかどうかが新たな悩みの種となります。
時に霊感の強いという存在が誰の身近にもいらっしゃいますね^^

この霊感の強い方は間違いなく「霊だ」といいます!
おそらく性別も言うでしょう。
それはそれで間違いないと思います
霊的な感覚で視ておっしゃっているのですから

ここで一つ解説しておきます^^)
それが本当に心霊写真だった場合のお話です。
写真に写っている霊の多くは撮られる事をしっています
つまり自ら写りこんでいる事が多いのです。
つまり写っている事を知っていますので、
その写真を見て感じる方や話をする方の
その心と縁を持つことになります。



No2へ続く・・・





合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2011.01.15

言霊の波動

09goma221

心で思っている事と
やっていることのギャップは
隠していても、
違和感や罪悪感、
本当は違う・・・など
意識しない様にしていても
潜在意識のなかでは
自らの根本である魂でそれを感じ
その魂の発する波動が
表面的な言葉とのギャップの
不安定なアンバランスとして現れます

そういう言葉は人の心に響かないようになっています。

つまり逆で言うなら

相手の言葉に
納得できなかったり
聞きたくないと
思ってしまう言葉とは

自分の霊感で、
自らの魂がその言葉に宿る波動を
拒絶しているのです。

しかし人間の肉体構造上、
霊感で感じていると気がつかない私達は
例えばこういう言葉でそれを表現します

「生理的に受けつけない・・・」と


続きはこちら>>>






合掌 浄霊師 神島千尋

浄霊師 神島千尋 MysteryZone
相談ご質問お問い合わせ

| | コメント (0)

2011.01.14

雑記

6759111
交霊の・・・もとい^^;
恒例のしもやけでございます。

ここのところ
氷点下10度以上が続いておりますが
先日-16超えをしたようです。
なぜかご近所の方が温度報告をしてくれます^^;
どうりで寒いを超えて痛いわけです。

それでも人間の体とは凄いもので
水をかぶると
生きようと全力で熱を発します。
その瞬間、全身がカ~っと熱くなり
今生きているという気持ちで満たされます。
が・・・
そこから2時間ほどは暖を頂きませんので
そのまま一気に凍えに入り
手足は一瞬で冷え込み感覚がなくなり
後は痛みとの戦いです。

木魚を叩くときも、
鈴を鳴らすときも
合掌する時も
数珠をこするときも
そのわずかな動きも
風を切るような冷たさを越して痛みを感じます^^)

足の指などもう感覚もありませんし
板の間で立っているだけで、冷たい痛みとの戦いでございます。

ですが^^!

過去、そうですねまだ未熟だった頃の私が何度も経験した
霊的な影響による痛みに比べたら
笑顔でやるすごせる程度のものです。

それを考えればこの程度は無に等しいといって過言ではないほど
霊障の痛みは、立つ事も座る事もできない苦痛。

毎朝必ず思う事、それは

「三礼できるありがたさ」
それだけでも感謝なのです。

合掌 浄霊師 神島千尋


| | コメント (4)

2011.01.11

無題

18
心の傷は誰にもあります
その傷が大きくて
痛くてつらくて
そこでその痛みに耐えている人もいます
耐え切れずに心が壊れてしまう方もいます

それをバネにする人もいるでしょうし
それが大きな一歩になる方もいます

ですが、動けなくなって
うずくまり、そこで時間が止まってしまう方もいます

それは悪い事と私は思いません。

歩みをやめることも時には大切と感じます。

歩むだけの余力も気力も無いまま
無理をして前に進もうとすると
迷路を巡るだけになってしまいます。

想像と創造
心の光を感じる人は
歩みを始めると必ずその二つが動き始めます。

この二つのエネルギーは無限であり
その源は自分の心なのですね^^)

本当にそう確信して動いている方って
少ないのです。

ですがそれを実感してる方は
歩みを止めません。
宇宙が無限に広がっております。
それは心そのものであり
その心に枠を作ってしまうと
範囲が生まれてしまいます。

その範囲の中で動き始めると
限界が訪れます。

この限界をどれだけ超えられるか
日々挑戦しているだけの私でございます^^)

と言うと大げさな想像されますが
大儀などありません。
身近なところ一つ一つが修行と感じています。
今、面倒だな~と思う事を今元気にやってしまう
これって凄い心の修行になります。
食事をするとき、板場に汚れ物が残っていると気になります。
頂かせていただくのですから、頂くまえに
しっかり板場水場を綺麗にします。
料理の後は汚れを残しません。
今洗える物は鍋や茶碗など洗ってしまいます。
その後頂くと心もすっきりです^^)

大変と思われる方が多いのですが
実は全然大変ではないのです、わたくしてきは。
袋やゴミ、道具も含めて、使うたびにその場で綺麗にしてしまいますので
貯める事が無いのです。
ですので、料理と掃除が同時進行なのです。
綺麗な板場でする料理は、造り手の心も浄化されていると感じます。

私の実家は小料理屋でした。
ですので幼い頃から自分で料理をする習慣があり
カツどんからステーキまで何でも作っていました^^)
創作料理は得意な浄霊師でございます(笑
その材料を生かすも生かさぬも
それを扱う人しだい。

掃除も同じで、すべて一人でこなしますが
物を出来るだけ排除していく事が綺麗を保つコツと^^
私は思っております(私の持論ですあくまで^^;)
これって実は、現実の世界で教えていただいていrただいている事だと
あるとき気がつきました。

心の気がかりをやすべき事を貯めていくと
後になればなるほどやる気が失せてしまったり
なにからやれば良いか貯めすぎてにげたくなったり
また、心に自分だけの決まりごとや法律
自分の心が許せるか許せないかのプライドと言う
物掛けを日々増やしてしまうといつも
袖や服があちこちでひっかかって歩きにくい状態と同じになってしまいます。

私はこの釘が沢山打って生きていました^^)
だから歩きにくい事ったら無かったですね。
無理ばかりで、結果もそのままです^^

だから、心を鍛え
自利から利他へ転換すべく
今を歩んでいるのです。

お写真は元旦の護摩の後の日の出直前
まるで光明のように
いただけるものは無限です

ただただ
ありがたい^^)

合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2011.01.10

身代わり

harae11211
そうそう、何年前でしたか、
全国から集められた心霊写真を
大きな興行の後
お焚き上げ供養した事があったのですが
その時、
私の水晶のお守りが切れた事がありました

この興行は私が責任者として行ったのですが
全国から集められた数百枚の写真を
興行の後、借りた土地に組み上げた
大きな護摩壇にて一気にご供養したのです。
この興行の関係者は20名弱でしたが
この一連おの興行のなかで起きた
様々な出来事は今でも良い経験であったと感じます。

心霊体験として考えれば
全員不調を乗りこえて成しとけた事になりますが
逆に視ると、本当に大きな守りを頂いた事が分かります。

ありがたい出来事ばかりでした。

さて、その守りの一つに身代わりと言うものがあります
そんなお話をひとつ

続きはこちら>>>

合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2011.01.07

それぞれに用意されている答え

DSC024381211どんな過酷な
状況であろうとも
それを転ずる流れに
引き込む事の
出来る人がいます

何事においても
力を入れることは
とても大切です

ですがその力が
フタをしてしまう事もあります。

フタをはずす為に力を抜くと
今度は持ち上げる力が入らずに
腰砕けになります。
だから力を抜くことは出来ない
でもこのままでは流れは入ってこない・・・

例えですがこんなケースに当てはまる出来事は
誰にも経験があるはずです。

つまり、そういうジレンマを
見えない世界でしなければならない事を
気が付かせる為に起こされていると
私は縁を頂くかたに
そう知ってほしいのです

そこに全ての答えがあります。

そこに視える世界の入り口があります。

さて、予約時刻となります
待ち合わせ場所に向かいます。

合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2011.01.06

いつも両側に触れているのです

yama2112
年々増えつつある
人の心同士の霊的な障害

この心の発する思念の
プラスとマイナスの
両側の差が開きつつある・・・
つまり両極端なのです。

負の連鎖の渦が大きくなっておりまして
この渦の触手はどこにでも伸びます。

いったんこの負に飲まれると
抜け出す事は困難になりつつあります。
その大きな要因は互いが必要としていると言うこと。
負もその中にいるとより強い流れに
憧れさえ感じるものです。
それを悪と言ってしまうと違った解釈になることがあります。
対極を意識し物事を捉えていくようにすると
なるほど、どうしてそうなのかという
目の前の出来事の意味が見えてきます。

このとき自らの中にマイナスを転じようという
気持ちが生まれます
小さな一歩となることもありますし
後の変化のスタートやきっかけとなることもあります^^)
これが光明と感じられるほど
大きな大きな転化となることもあります。

いずれにしても、自らの心の感じ方なのです
つまり誰かがやってくれるわけでも
かってに向こうから来るわけでもありません。

自分で動き
自分で改善し
自分で進む先を見据えなければならないのです。

そうやって一つクリアする度に
心が大きくフィールドを広げる

その広がりが
そのまま宇宙であると
感じることが
無限のちからへのアクセスを可能にします。

そして何より大切なのはそのときの心。

無限の力を神通力や超能力として欲する心が
全てを消し一瞬で元に戻してしまいます。

心の法律をいくつ捨てられるか問われているのでしょうね^^)

合掌 浄霊師 神島千尋


| | コメント (2)

2011.01.05

本年もよろしくお願いいたします

zi361111

元旦の護摩御祈願から
昨日まで神事~浄霊に
動いておりました

諸事情により
7日まで気を抜く事の出来ない状態ではありますが
昨日は善光寺界隈にて浄化をしておりましたが
2ケ所を回るために2.3度やむを得ず
善光寺の周りを車で移動したのですが・・・
いやはや想像はじておりましたが
その混む具合といったら・・・(苦笑)
通常1時間半ほどのところを
4時間ほどかかりました^^;

本日相談室と工房に戻りました
でやっとブログ更新です。

変わらずに覗いてくださり皆様に感謝です

まだご報告できないのですが
今月から、神島千尋のお仕事として
新しく一つスタートするものがございます。
これまで以上に忙しくなる事が予想されます。

なかなか更新できない事が増えるかもしれませんが
ひろい心と暖かい眼差しで
見守っていただければありがたいです^^@

出来る限り更新してまいります

本年も浄霊師 神島千尋のブログ
どうぞよろしくお願いいたします。

合掌 浄霊師 神島千尋

| | コメント (2)

« 2010年12月 | トップページ | 2011年2月 »