因縁

今名のっている姓は頂いた縁です。
縁とはゆかり
ゆかりとは介在する一つの流れでもあります。
はじまりには必ず要因があります
それにより今の状況があるなら
そうなる流れの方向を作った一つが縁となります。
その結果を悪いと感じるか
そこからどう転ずるかに
意識を向ける自分としているかで
結果と言う土地に今の捉え方と言う種を蒔く
その一瞬一瞬も、大切な時と感じます。
だから人生は無駄にしている時間が無いのです。
ダラけている時間はそのまま種として蒔くと
その芽が出ます。
出た芽ははじめは気にならない程度であっても
あっという間に伸びます。
向こうも見えないほど伸びてしまうと
鬱陶しくて仕方ないのですが
面倒なのでそのままにしておきます。
本当は綺麗に刈り取って
整地したら気持ち良いだろうな~・・・と思いつつ
すでにどうにも出来ないほど伸びきってしまい
荒地となってしまっている現状
手のつけようが無い、と言う言い訳で
やる気を削がれていきます。
その繰り返しがやがて
心の欲する目の前のそれにしか向かなくなり
それをしていないと不安になったり
極端に依存してしまう事も無きにしも非ず。
さて、私が何を言いたいのかと申しますと
とってもシンプルな事を一つだけ知って欲しいのです。
たった一つだけで良いです
それは
今名のっている姓
その縁を、ゆっくり
考えて見てください。
もし、名のっている姓の悪口を言っているとしたら
それは、そのまま種として実り
いずれその芽が出てくるのです。
蒔いたのが自分なら刈り取るのも自分となります。
家族、夫婦、親子、嫁姑、親族、親戚、縁者
今、目に写る世界の中での因縁は
それ以外の世界でも同じことなのですが
それを知らずに、昔から良くない事がある家だ
と言われている、見えない世界の方々はどう思うとおもいますか?
その家の姓を名のるという事は、その家の人間であると言っているのです。
なのにその家に対して負の波動を言葉として放っていませんか?
さらに言うなら、その家の姓を名のりながら
旧姓、つまりご実家の先祖さましか頭に浮かばない合掌。
その結果「何でこんなことばかり・・・・」
それは当然の結果といえる事が多いのです。
自ら招いている事の多さに気がつく合掌であって欲しいと感じます。
もちろん私もそうです
反省反省。
さて、午後の浄霊のお時間です^^
合掌 浄霊師 神島千尋
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