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2011.09.29

地縛

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その土地や場所に宿る気は
何も自然の流ればかりではありません。

人の想いやそこに執着する感覚
たまたまその場で発した
強く貫く気もその場に残るものです。

人の気は
それだけ強いものであり
そうとは気が付きませんが
人はそれを霊感で感じるようになっています。

講演会などでは、気が何か
霊感とはどういうことかも含め
全てを具体的に明確に説明しますが
ここでは端折ります。

なぜ?  だって・・・・

^^;

それを文章にすると長くなし
もう相談者くる時間だし
少し伸ばしすぎて腰痛い感じだし
佐久の今は寒くて^^、手かじかみぎみだし
あ~だしこーだし、という訳です。

もとい^^。

さて、地や場に宿るもの
残るものには様々な存在がありますが
霊も気はそのなかの一つです
霊にも人として生きた思念もあれば
それとは違う次元の霊的なエネルギーもあります。
発する波動やエネルギーといえば
気も同様の流れの中で視ることができます。

ただし、それぞれ存在の仕方が違います
限りなく近いものはありますが基本的に
同様と言う訳ではありません。
しかし同じ基点から生まれた波動である以上
性質はとても似ているのは確かです。

肉体と心いうなら
心で思う事と肉体でしていることは必ずしも一致しません
しかし、違いながらも一つとして今それをしている事に変わりはありません。
嫌であっても好きであっても
今しているその時間と行動に変わりはないのです。

土地に宿る霊も
場に残る想念も
物に宿る想いも

浄化することに変わりはありません。

そのものを浄化するのか
本筋としてまず途切れた流れを作るのが先か

その解釈の違いがとても大きなものとなります。

だれが正しいとか
何が強いとか

どうでも良いことと思います。

宗教も信仰も、
本当は人には必要ないのです

しかし、なぜそれらが生まれたのか
そこに心を向けることで
自然に手を合わせる心持になるなら

自ら信じる心の光を大切にすればよいと思います。

自ら信じると決めたひかりなのです。

ゆだねるとは、自らは貫かなければバランスになりません。

しかし、バランスを欠いた・・・
囚われてしまう日々の出来事の中で
先にすべき事を完全に失ってなお
成就しない願望に対する不満が怒りにまでかわり
暗転した負の思いをぶつける場を作ってしまうなら
それが自宅でも職場でも縁あるその地に宿る気は
マイナスを引き寄せるものとなります。


合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.09.27

お祓い

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お祓いをするとき
う~ん・・・そうですね
正確には浄化をしている中での
道筋が現れるときですね、

この時に視させて頂く空間は
相談者さまや、亡き想いにより
その時々でまったく違う流れになります。

なるほどこの方の先祖さまは
本当に律儀な方々であったり
神仏さまのような波動であったり
小さな宇宙が目の前に現れることもあります。

これは私がおかしい人と言うことではなく
本来は誰もが感じることのできる感覚なのですが
そこに特別な力や自利、欲も含め
特別なものと言う固定観念に縛られたままの
肉体による五感で図ろうとしても
感じることのは永遠に不可能です。

新しい感覚を得ようとしても目の前にあるそれは
一切反応しません。

だって、もともと持っているものなのですから。

つまり得ているのです^^)誰もが生まれながらに!

目の前にありながら見えるはずのない目で欲しても
どうにもなりません。

以前こういう事がありました
どうしても霊力がほしい
そもそも霊を見たことが無いのでどうしても見たい
その為に毎週廃墟や心霊スポットに出かけ
霊を探しているがまったく感じない。
そこで霊に対して、いるなら出て来い、出てこれるものなら姿を現してみろ!
と挑発したり時には破壊したり、
出てこない霊に対して怒りをぶつけていたそうです。

「だからって・・・別に今まで何も起こっていないし
 生活も普通にできているので影響もない」
とおっしゃっていました。

視点が自分を基点にしているからの答えなのです。

その方の家族や一族が、現在どうなっているかは
どうでも良い、という事と同じです。

自分には関係ない

違います

自分が今何も無いのは、それを変わりに受けている防波堤があることを
感じるどころか、その砦を壊そうとさえしているのです。

あくまで一つのケースとしてお話するなら
一家の長が付く存在はその地や一族の流れを
良くも悪くも受けやすい傾向があります。
怪我や病気がおおかったり、幼い頃から頻繁に熱や様々な症状
喘息やアトピーなどになっていたりなど。
二人目三人目になるほどそれらの影響が少ない傾向があります。

なんでいつもあなたはこうなの?
ではなく
その人(子)によりその他見皆が元気でいられる、と言うケースが

実は、伺う先でとても多いのです。

お線香を焚くこと
仏飯や供物を忘れずに行うこと
毎日水を置くこと
お花を飾ること
手を合わせること

それを供養と思っているなら
まず心改める必要があると・・・

今だからこそせつに感じております。

なぜ香を焚くのか
なぜ手を合わせるのか

お位牌に目が行くかたばかりです。

今自分が立っているところがどこか、
それを感じているかたは
発する気が違います。

その気に人は自然に意識が向くようになっています。
そしてその意識に対し、嫉妬やねたみと言う
超えられるかどうかの対極を試練として
常に浮き上がる人の心の流れに

なんともはや。

合掌  浄霊師 神島千

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2011.09.23

力添え

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たとえば子供

兄弟や親戚のお兄ちゃんやお姉ちゃん的な存在に
離れることなく疲れることなく
寄り添うものです。

遊んでくれる良い年上に対し
純粋に好きと言う感覚で^^)

小さな御霊さまも時に同じ感覚で
寄り添っていることがあります。
水子さまや幼子さまは
親族が集まる場などに現れることが少なくなる
そんなときから寄り添うように現れることもあるものです。

そんな水子さまのご供養を
どうのようにしていけばよいか
分からずにそのままにしている方が多いようです。

あるとき胸元に寄り添うように現れている
小さな御霊さまのご供養しているとき
その御霊さまの不安もよく分かります。
離れたくない気持ちと
どこに行けばよいか迷い戸惑う狭間で
しっかり繋がりをつくり
そして応援いただくために
通す筋に開かれる道は
行くべく流れとして現れます。

その時応援いただくのがその方の縁者さま方々なのです。

その筋道を持つことなく
どんなに願いをこめても・・・

道なきところに通ずる流れはありません。

願いがかなったことありまか? と

私はお会いする方々に聞くことがあります。

つかの間の沈黙の後返ってくる答えは

叶ってないです・・・  がほとんど。

同じことです。
すべき事をせずに、先に欲するところに
叶わぬ無念や欲求という苦が生まれるなら
逆に転じてみるも一つの生き方。

しかし流れが変わるところには
大きな力がみなぎっている事も時にはあるもので^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.09.20

崩れるときは一瞬

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天、と言う言い方しか表現方法がありませんので
そういいますが・・・

天に入るとき、心は明確に感性を表にしていなければ
すぐに繋がりは切れてしまいます、何のためらいもなく

どんな功績も立場も地位も
意味を成しません。

行きつく為に
そこに入る為に・・・
そこに無意識の枠が生まれ
それに気がつかないまま大儀としてしまうものです。

一見完璧に思える誰もが持つ意のなかには必ず
大きな大きな^^落とし穴も同時に必然として生まれます。
良かれと思っているその思考を生んでいる根本に潜む
隠れた自利に気がつくまでに私は人生の半分を費やしました。

なぜこんなに思い通りにならないのか
このまま一生繰り返すのか
先の見えない不安や
時には通らぬ思いを強引にねじ伏せてみたり
周囲を巻き込んでの力の間違った使い方・・・
出た答えは、苦のみ。

苦を忘れるための無理やその場しのぎの楽が
さらに重石となり
結果は閉じなくなったしわ寄せの押入れの扉を
一生懸命開かないように抑えて続けるだけ。

なら一気に全部出してしまえば良いだけ^^
簡単。
見たくないなら早く解決してしまえばよいし
増えていくだけで隙間もなく困っているなら
しっかり捨てると言う決断を心にもち
そう決めたら迷わない、その貫き力に代えれば
あっという間に解決するものです。

^^)

本当です。

精神的な部分も、物理的な現実も
同じこと。

思いと行動
どちらも動かしてはじめて結果は思うとおりに動き始める。

つまりどちらかだけの無理は
そのままの結果となり・・・それも今。



合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.09.18

本当に霊障?

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何度も触れていますが
繰り返し書かなければならないのも
人の世の性とでもいいましょうか

不安や恐怖
それを作り出しているのは

結局「人」です

その中で強い効果を発揮する3つの波の一つが
「言葉」です。
暗示、、プラシーボがその答えと言えば分かるはずです。

もちろん実際の霊的な影響は多々存在しますが
その中で密接に関わる一部分を極端に掘り出してみます

言葉による暗示は
良くも悪くもそのまま心に届きます
一度届いた波の中で
ちょっと極論で表現しますが
二度と抜け出ない染み付く波動があります。
その染み付きはその後の視野のフィルターとして
常に付きまとう事になります。

不安に陥る
深い心の傷
こころに残る解決できない恐怖
それらは事あるごとに必ずフっと思考の片隅から
一気に一瞬に思考を支配します・・・・
そんな経験ありますよね、誰も。

それまで気にしなったのに
それ以後どうしても怖くてできなくなったり
通れないなったり、苦手になってしまったり。

さて、ではここで視野を変えてみましょう^^!
なぜ恐怖が生まれたか、なぜ不安が消えないか

言われたからです、気になることを
聞いたからです、恐怖なお話を
見たからです、映像で^^)

実際に恐怖体験をしている方もたくさんいます。

事実私は毎日そういう方々とお会いしていますから
それらは確かに存在しております。、

ですが、何が大切か思い出してほしいのです!

まず、今苦しいですか?
日常生活ができない状態にありますか?

金銭問題は別の話ですよ^^)
高級車買ってゲーム機器たくさん所有し
貴金属やファッションは妥協できない、
携帯はもちろん・・・・で
生活が苦しいのは霊的な影響な気がする・・・は別の話。

霊的な影響の中で負の連鎖は誰が見ても分かります

恐怖から抜けれない方がたくさんいらっしゃいますが
必ずこうお聞きします

霊が目の前に現れて何かされましたか?

いいえ、と返ってくることが多いです。

つまり、何もされていないのです
何もされていないなら、心配することもありません^^)

つまり見たこともされたこともないというのが現状であることを
完全に恐怖が吹き飛ばしてしまい、
起こってほしくない身の毛もよだつ出来事を
頭の中で生み出した恐怖が、一番大きな原因であることが

実は一番多いのもまた事実です。

心霊の世界に携わる一人として
浄霊師として私は
感じる必要の無い不安や恐怖を取り除くことからはじめています。

霊が憑いていますよ、と言う言葉の暗示が一番怖い昨今 

霊など誰にも憑いています^^普通に
要は、今生きていくこともできない状態でないなら
気にしなくても大丈夫です

で、こう言う事を書くと
また飛んでくるのですよ・・・

厄介な念が^^;  ね。

さて、今さっき戻って来たのですが
外は秋晴れ
青をいただきましょう^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.09.16

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声で話しかけてくる霊はたくさんおります。
神島千尋も頻繁に声を聞いておりますが
この声を正直気にしたことがありません。

うめき声や叫び声もよく聞きます
同じ事を繰り返しの叫んでいる霊もいらっしゃいます

さて、声とはさまざまな届き方をしますが
私たちが霊として認識しているそのほとんどが
もともと人です、当たり前ですが
思念や生霊となるとまた少し話がややこしくなりますので
ここでは一般的なくくりで捉えてください。

人同士の会話の中で、誰もが常にその時にに応じた会話をします。
時には対立することもあるでしょうし、
雰囲気に合わせて話をする事もあります。
本当は違っても、それが言えない事もありますし
言わなくても良いのに、余計な一言が出てしまうこともあります。
たまたま話した内容が大きな解決の糸口になることもあれば
良かれと思い話した事が、意図しない捕らえられ方をすることも。
つい、そうでないのに結果的に嘘を言ってしまうこと
時には「確信的」に作る話も。

自分の都合に合わせて話をつなげなければならないとき
次から次につじつあをあわせて行きます。
後悔の念にかられる人は、繰り返さずにどこかで巡る因果を真摯に受け止め
次の繰り返しをしっかり断ち切る事ができますが
怖いのは開き直ってしまう心になったとき。

自らの想いを最優先することが大切で
その為には泣き落としであろうと怒りや脅迫めいた行動をもってしても
思いを通す縛られてしまっている心。

このような流れの中に無念で残っているご霊さまは
言い方が失礼になりますが、嘘も言います

離れたくないから。

ただしもう一つの存在である人の心が作り出すエネルギーも
同じように感じられることがありますが、こちらは相当厄介な存在となります。
それはいずれ・・・。

さて、
都合のよい解釈を話すことで、時には霊感が合うように錯覚させる事もあります
しかし、すべてが正しいわけではありません。
言うとおりの事が一つでもあれば、人はそこに心がとどまります。
「本当だ・・・」 と。
でも確かにその通りの事があるんです、と良くお話くださる相談者さま多いです。

このケースはなかなか改善しにくいのも事実です。
囚われた無念と同様の思考に囚われていくことに
自身が気がつかない事もおおく
そうなると目に入るすべてのものが、不安と疑心に満ちてしまい
そうでないことまで、そのせいになってしまいかねません。

一つの事由がその後長い間のすべての不和の原因であるとしても
そこに囚われている限り、そこから抜けることができないのも事実なら
まず、そこから離れる心も大切です。

しっかり区切りをつける明確な意思
物であれ何であれ同じこと
終わりを迎えるということはお別れできるということで
それなくして次の縁が始まらないなら
その縁が巡らぬ理由も見えてくるはずです。

通すべき流れを通す事は、すべてに通じ
流れは自然に浄化するのが見える世界も視えない世界も同じこと。

さて、次の相談始まります^^;
読み返しません、誤字お許しください


合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.09.12

不動尊

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高速をおりて、山を三つも越えた頃でしょうか

峠の中でふと山中の石が見えました
車で通過しながら横目に一瞬入っただけですので
そのまま通過したのですが・・・

気になる・・・・

こうなるともうだめな、私^^;

Uターンできない山道ですので
そのまま、後続車が切れる瞬間を見ながらバック^^;


なにやら山岳信仰の地のようで
山の上り口から見渡す限り
あちこちに石仏さまが転々と

少し入るとそれはそれは魅力的な^^、というと失礼ですが
本当に良い気の流れでした。

仕事でなければこのまま数日入山してしまいたい・・・と
本気で思ってしまいました、

が・・・  あ、約束の時間が^^!
と何とか我に返る田舎の変な浄霊師なのです。

縁とはありがたいもので
こうしてお仕事の前に
不動尊にお会いできることのありがたさ。

行く先々で必ず、お会いする不動尊に
その地での縁の意味を感じさせていただける
そんな日々でございます。




合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.09.10

時間がないので3分更新^^;

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上を向くと天があります

下を見ると地があります

人はその間に立って生きております


つまり天と地の恵をいただいて今を生きているのです。

これは見える世界と見えない世界を現していることになります。


今生きているだけですでにその成り立ちを目の目で常に
見させていただき、体感させていただいているということになります。


そんな感覚で空をみるだけで、視野は変わるものです。
同じ目の前の環境の中で、どうしても行き詰ってしまったり
堂々巡りする思考に限界を感じたら

そんな感覚でちょっと外を
2,3分で良いです、眺めてみてください。
自分の思考を離れ
そちらの波動に触れてみる、
受け入れてみる

肌で感じるだけが風ではないということです。
そこに触れている「気」は
こちらが意識するだけで、ただそれだけで
そちらから染み入ってきてくれます。

その流れも

空です。


私はこの「空」を

とても大切に感じています。

理屈はどうでも良い^^)


肌で感じる事で
素直になれる

そんな心になる瞬間が
1日に一瞬でも
あると良いな~と

感じるこのごろです。


合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.09.07

トンボ

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急激に朝晩の冷え込みが厳しく
心も秋めいてきたこのごろ
油断していると寒さで目が覚めますが
この冷込みが果物を甘くするのですね^^)
まあ正確には寒暖の差によりますが。

さて、秋といえばとんぼ
これからの季節はしばらくトンボで癒されます(私は^^)
という事でトンボと少し遊んでみました。

動画  (YouTube ~とんぼ~) 

墓地などに行くと、トンボがたくさん寄ってきます
体中トンボだらけになることも・・・^^;

トンボは昆虫の中でも一番宿りやすいですね
蝶類は宿るというより、操られやすいと言った感です。
どちらも結果は同じ方向ですが
トンボは親しみを持って寄ってきますので
なんとなくやさしい気持ちになってしまいます。

あ、あくまで私のお話ですからね^^)

ついでといってはなんですが
せっかくなのでじっくり見つめてから
花も撮ってみました。

トンボが飛び去った後
たまたまその足元に咲いていた花です

やっぱり花は良いな~

何も考えず
一瞬間ほど山にこもって
流れに同化したい・・・
などと思う間もなく

顔や腕など
出ているところ見事に蚊に攻撃されていたようで
ボコボコです。

かゆっ^^;




合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.09.05

憑依へのひとつの流れ

あるひとつの憑依の原理

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無念や苦に縛られたままの心の存在との同調と言えます

この状態をつくるのは生きている人側が多く
自らは苦を回避するつもりが波動の低下となり
結果的にそちらと同じようなラインになることで
同じ流れとなることがあります。

これは憑依と同じですが
この場合の改善は、同じフィールドまで落ちている波動を
本来の自分のラインまで戻さねばなりません。

不調や低迷続きでも、時に気力がみなぎる瞬間があります。
体力や気力だけで何とかできる、
強引に押し切れる時期が誰にもあるからです。
しかし、何時しかそれも通用しなくなってきます、

誰でも必ずです。
衰えは誰も避けられませんから。

では、そのままマイナスにむかうのでしょうか?

いいえ、
そこにはバランスとしてそれを補う唯一の方法が存在します。
それを知ると・・・・

続きはこちら>>>


合掌 浄霊師 神島千尋


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2011.09.04

迷い道と霊

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昨日ほん怖で
道に迷い、どう通ってもそこに戻ってしまう
お話がありましたね^^)

お話が体験談とあるように、現実に起こることですし
私、昔・・・^^;何度も経験があります。

感覚の誤差や錯覚と言う事も、完全に否定はできません。
人の感覚は頻繁に誤作動を起こしますし
習慣や見間違いは、常に起こっているといわれていますから
そこも否定はしておりません^^)

ただ^^、浄霊師となった今でも時折
迷わされることがあります。
人の感覚ではなく、昨日のようにナビなどの
機械の誤作動も確かにあります。

ある霊能者さんたちと曰くの地の向かうとき
ナビは確かに目的地を指しておりますが
到着したところは、まったく違う山中の神社であったり
その先は舗装もされていない、道であったり
車を置いて歩くしかない状況に追い込まれたりなど^^;
心霊の世界に身を置くと様々な経験をさせていただけます。

一番衝撃だったのが、崖につながる橋で
その先は道がないのです・・・
崖ですから
そもそもその先は寒気がするほどの谷ですので
もともとつながる先がないのです。

つまり・・・落ちろと?

みたいな。

そうそうこんな事もありました。
老夫婦にこの先はし町につながっている、と言われ進むと
車一台やっとの細道になり
最終的には、しのまま道が途絶え、目の前に大きな川が現れたり。

化かされたか
行かせないようにされているのか

^^)

本当に世には怖い話が
紙一重で日常の中につながっております。

目の前のいつものシーンも
実はパラレルの入り口と言うことも無きにしも非ず



さて、余談ですが
気にしない、どうでもいいさ~^^)

こんな猫のような感覚も
時には大切かも。

ほとんどの猫は、霊を認識できているようです。
しかし見えていても気にしないので、猫は霊障を受けることがほとんどありません。
犬は気配で感じておりますが、同調する部分が猫よりも強いので
霊的な影響をかなり受けているケースが多いです。
ちょっと余談でした^^)


合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.09.02

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現実の頭の上には空がありますが
心の上には光があります。
その光は常に手の届きそうなところにあるのですが
そのすぐ下で今にも届きそうに
触れようともがく・・・
そんな空間に私たちは身を置いております。

人それぞれに想いが違い
大きなことから卓上の小さな些細な事まで
思うとおりにならない様々な事由や感情を
表面的に常に押し殺し蓄積し
心が壊れそうになるのを防ぐため
力を入れ塊を破壊し
なんとか今を保つ繰り返しの中で
抑えきれなくなる噴出しが
関係をも崩してしまう。

言葉に精一杯の嫌味の一つもこめなければ
絶えられないほど鬱憤も
一時しのぎにすらならない・・・。

小さな命を大切にしなければ
自らの時間を大切にしなければ
守るべきを間違えてはならないと感じます。

子供を心配するあまり
霊障を疑うのは構いません。
ですが、そうでないと子供でもわかる事も霊のせいにしはじめると
日常の中のすべてが、霊にかかわる話にすり変わります。

心で思う恐怖の実現は夢の実現です。
思う事がそのまま起こることを
プラスに転換することの結果をなぜ考えないのでしょう。

すべてがそうです。
物事の流れにはすべて両面があります。

成したいという思いを心に大切にする
小さなことでも夢物語でも
その為になる動きには思う心の波動が導きをつなげます。
実現するかどうかは問題ではなく
今していることの先に、なにがあるかを
心に持っているかどうかが、その人の仕草や行動となります。

どうしてもそう思えない自分の心を変えたいとおっしゃる方がいました

変えたい
そうなりたい

そう思える心で十分と思います。
そうなれる動きや考え方を意識しているわけですから
ある意味、その方は周りからそう言う人と見られているのですが
自身では気がついていないのです。
憧れや尊敬も同じで、仕草や言葉使いが似るのは
そうなりたいという意識の現われで
しかしその人にはなれません、当たり前ですが。
それは必要である場合、必ず自分流にアレンジされ
独自のスタイルとなるなら
それは、自ら新しい自分を一つプラスしたことなのです。

そのままの自分ではどうにも進めないなら
新しい自分に一つステップアップするしかありません。

そのきっかけになるならば
できる精一杯をさせていただくのが浄霊師のお仕事です^^)

~~~~~~~~~
そういえば今年、とんぼを見ている時間がなかったのですが
ある神社で夕日に写るトンボを眺めました
とんぼ^^、好きなんです。

それだけで十分癒される安上がりな私です(笑

合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.09.01

ど根性ほどではないですが^^; 

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いつでしたか・・・
暑さが始まる頃だったと思います。

朝の勤行の終わりに
清めを兼ね、入り口の水受けの石の中に
献じた湯を入れたのです。

その時、小さな草が鉢の底から目を出しているのに気がつきました。

本来なら抜いてしまうところですが
なんとなく、水を欲していたように見えたので
そのままにしておきました。
多孔質の火山岩、要するに軽石と呼ばれるものですので
水漏れというのか、染み出してしまうのですね
ですのでなんとなく勤行の後、外に出て最初に
注ぐのが習慣になっているのです。

で、そのままなんとなく毎朝見ているうちに
なかなか成長してきまして・・・
どうしようか考えているうちに
一ヶ月以上になると思いますが
それなりに一本筋を持つような姿となりまして^^;

まあ、もうすぐ枯れてしまう時が来るでしょうが
ど根性大根やにんじんのように
コンクリートやアスファルトをぶち破って
出てきている訳ではありませんが
それでも、神島千尋の相談室の入り口の
一段高い水受けの石の中で目を出したのですから
これも縁かと、見守っております。

きっと短い付き合いでしょうが
入りにくい岩盤に根を張っているのも
なかなかの根性かと^^。

合掌  浄霊師 神島千尋

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