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2011.11.29

浄化運気

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今の結果には必ずそうなるべく始まりがあります。
因と果であり、縁が導きます。

水をかぶることで悪しき縁を絶つと言う事をよく耳にします。
確かに水をかぶる事自体はわるくは無いと思いますが
それすなわち徐霊の効果、と考えているならそもそも根本が違います。

水をかぶるのは清めであり
清めとは自らの心のことでもあります。
心の浄化とは、惰性や流れる意思を戒め
嫌と感じるある意味自分の中の弱い部分や邪念を
ふり祓う意味を持ちます。
揺るがず動じず、つまり不動なのです。
何のための不動?ときかれたら
即答えられる明確な方向性を
常に心の根本とし、
それを日々繰りかし行える事のありがたさを感じる
その感性そのものが不可能を可能にする継続と言う流れになります。

しかし先に不可能を可能にする流れを目的にしてしまう事があります。
言霊や形による先行した繰り返しが
無理を押し通す事になるケースがおおく
いずれにしても結局依存を生むことになります。

お会いすることで笑顔の継続になるならよいと思います
ですが、力を持って制す場合
それを超えられたら、更なる力でねじ伏せることになります。

いずれねじ伏せられている苦は反発と言う壁超えを始めます
反発を抑える繰り返しがどこかで歪を生み
強いほうが表になる構図。

本来人は誰にも生まれながらに持つ波動があります
その波動は両面を持っております
その両面に眼を向けることで
自分に関わる日常のあらゆる出来事すべてが
その両面へのアプローチであることを知ることができます。

すると、なぜそれが好きなのか
なぜあれが嫌いなのか
自分の流れが自然に見えてきます。
嫌だったものが、それを知ることで好きに変わることもあれば
避けたいそれが、それほど気にならなくなってしまいます。

この段階ですでに自らの心の変化が起きていますので
日常の中で起こる出来事も自然に変わってきます。

それが結果です。

因が変わればのくだりに繋がります。

しかし、この変化は
物質の修正と違い、心としての変化ですので
生き方そのものに大きな影響を見せてくれます

それを運気といいます。
運も気なら、自らの気を変えなければ動かすことは出来ないのです。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.11.28

時事(雑記を一つ

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暖房の季節になりました。

という事で先日あいた半日を
フルに活用しようと
薪ストーブ用の薪を割ったのですが
案の定木の粉で喉がやられています。

さて、薪ストーブで一番大切なのは煙突。
このメンテナンスを怠るととんでもないことになります。
別荘で起こる火事の一番多い原因のひとつがこれになります。

火を焚くと必ずえんがでます。
材質によりますが、針葉樹と呼ばれる木には油分(やに)が多く
その分当然火力は強いのですが
燃えたヤニの煙は煙突内に蓄積していきます。
タールのようにべっとりと^^;
さらに寒暖の差による湿気にすすも積もりまくり
煙突の内径が狭まっていくのです。
必然的に煙の吸いも悪くなりますので
火入れの際苦労することになります(室内に煙が^^)

ある程度頻繁につかっていると流れが見えてきますので
気をつけるのですが、この煙突内の蓄積タールに火が付いた時・・・
煙突自体が真っ赤になり、こうなると
どうにもとめられません。
内部の蓄積された、すすやえんの塊が燃料となり燃え尽きるまで止まりません。

今年の初めに一度掃除したはずですが
シーズンが終わるまでの2月ほどでで写真のような状態。
コンビニの袋が半分埋まるほどのすすでした^^)

そしてもう一つ、春~秋まで放置したままですので
煙突内に様々なものが入り込んでいると言うことです。
葉や草などは当然ですが、時には鳥が内部に巣を作っていた事もあり
掃除中、真っ黒のすずめがはずした煙突から飛び出して行った時は
驚きました^^)

でも薪ストーブは暖かいです。
喉にも優しい・・・

でも、薪割りやチェーンソウの木屑で結局喉鼻やられるなら

あれ?・・・・

差し引きでゼロってこと?・・・・

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.11.25

肩代り

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迷い道に入り込んだ人がいました
当然のごとく
その人を救おうとする人が現れます。

しかし、どうすれば良いか策を持たず
思いつく限りのアイデアを試すも通じず
知る限りの知恵をぶつけても動かず
相手の迷い道へ誘い込まれて行くことになります。

つまり、同じ土俵に立ち
原因は違えど、一緒に悩む事になります。
苦をともにする事で、相手の心を穏やかにし
共感することで一人ではないとして、
支えになる事も救いとなります・・・
“それを良しとしての共鳴なら”です。

結果として、どうしたらよいのか分からず
いずれ相手が、時に怒りをあらわにし
溜まり続ける負をぶつけられるようになり
さてどうしよう・・・いまさら知らん振りなど・・・
と言う事だって無きにしも非ず。

判断するときの一つの手段に相談があります。

この相談
誰にしようか頭で考えて選んでいるようですが
実はそうではないのです^^)
自らの負をだれなら肩代りしてくれるだろうという
無意識の基準で探すことがあります。
無意識ですので本人に罪の意識はありません

罪などと言うと大げさですが
しかし、重しを退けたい一心ですので
そんなこと考えている余裕もありません^^;

結果話したほうは解決しようがしまいが往々に楽になり
聞いたほうは、疲れると言う図式が
毎日あちこちで繰り返されている世の中です。

相談を受けやすい人とは

肩代りしやすい人であり

つまり、疲れやすい(憑かれやすい)人ともいえますがその実
突き詰めるとそもそも、自ら招いているともなり得るから
物事捉え方一つなのです。

でどう〆るかと言うと簡単です。

できないなら断るも勇気であり
それって立派な護身です^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.11.22

雑記

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仕事柄、暦を大切にしていると思われます。
確かに願に関わる行事は時を選びます、
冬の種まきは実りませんから^^)
ですが日常では殆ど気にしていません。

縛りはある程度必要ですが
程よい頃で止めることも大切と感じています。

昔・・・・
私は窮屈な生き方をしていました
厳しい心の方向性は今と変わりませんが
同じ視野の中にあって
自分本位の窮屈な視野でした。
それゆえ周囲にも厳しい気を放っていたのですが
その根本を他へ向ける生き方とし
その実践が、全ての流れを一変しました。
人生が劇的に変わったのです。

その変化は自分が一番驚いていますが
しかし、どこかで分かっていたことであり
それまでできなかった自分と
その無駄にした時間の長さがあまりに大きく。

ところが悔いるよりも
そこから繋がる縁の多さと次々に入り込んでくる
自然の計り知れない大きなながれ
掴むなど浅はかだ・・・とすら思い起こす瞬も与えられないほど
瞬間瞬間の突き抜ける積み重ねに
飲まれるのではなく添えさせていただくと言う感覚に
無数の光の中からわずかの応援を一つ一つ頂くことで
始めは大変だった浄霊師としての見えない世界の浄化が
少しずつ紐解かれるように
貫くことの繰り返しから深まる目の前の無限の奇跡に
また感謝しか生まれないシンプルな真理。

なるほど
増やすのではなく
捨てていくことの理を
私は多くの人に知ってほしいと思うようになりました。

情報、知識、行い、秘、
もともととても簡単で単純な形態が
時とともに、人の都合とともに
複雑になり意味の無いものを
まるでそれが全てであるかのような色付けがなされ

そしてあえて作られた都合による迷路に
誰もが一度は入り込むことで
必要の無い悩みや苦しみが生まれる。

原点に返る時も近いです
なぜ今なのか
もう誰もが気が付いているはずです

そのまま答えになる生き方をするだけで
選ぶ迷いも、不安も無くなるものです。

パタリと仕事が入らないとき
不安ではなく感謝です。
お休みを頂かなければ次の土壌は成り立ちません。
そう思える日頃であるかないかを試されている「暇」と言う必然^^)

四季、それぞれに役割があって
地球上の生き物は命を頂いています
見える世界のみでのがんばりは今を生きる為に必要です

しかしそこだけへの意識の集中は
心に負担を押し付け、バランスを欠くことになります。
その原因は理想と現実のギャップと言うストレスです。
両面で一つなら、片側だけのしわ寄せは
必ずどこかに溜まっていきます。
溜まりはずらす事が可能です
先送りと言う便利な一時の安堵ですが・・・

いずれ送ることの出来ない大きさにまでふくらみ
ある時ド~ンとぶち当たります
積み重ねたしわの大山に。

その時その時まっすぐに伸ばしていれば
常に平穏な流れの中で滞らないのは当たり前ですが
その中で時に二つ三つ重なってくる小山に
緊張したり、気合を入れて乗り越えようと思う気持ちの引き締めは
同じ山でも、身に染みるトラブルとしてありがたくさえ捉えられますが
先送りの意識すらない避けは
いざと言う時、乗り越える気力どころか
どう見ないことにしようか
どう忘れる意識を作るか
残りわずかな瞬間まで楽な心でいるための思考を
フルに駆使することで、本来とは逆の自己防衛を繰り返します。

この習慣はなかなか抜けないものです。
たとえば一度ずれた金銭感覚は10年は引っ張ります
一度憎むとその憎悪は、思い出すたびに常に鮮やかによみがえります。
心の黒いリストは、いつでも瞬時にアクセスできます。

ではその逆は?

そう、やさしさや思いやり
とても単純な・・・
いうなれば子供のようなうれしい感覚や
純粋なものの捉えかのなかに誰もがハッとする瞬間の大切さ。

面白いもので
元々弱い扁桃腺の突然の痛みで
昨夜一晩うなされました^^)
今朝、もう殆ど平気になりましたが
ちゃんとそういうスケジュールになっているもので・・・
天のスケジュールとは良く言ったものです、本当に。

雑記でした。

~~~~~
さて、冷え込んでます。
風邪に注意ですね、皆様^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.11.17

水と火

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相手を変えたければ、まず自分が変われ
これ鉄則です。
これができなければ、何事をも変えることはできません。
それを理解いただくための一つのお話

心で分かってはいるが現実ではどうして繰り返してしまうあれこれ
この積み重ねは、そちらの世界では罪重ねとなります。
家の中には一つの世界が存在します。
人の心はそのまま物質にも様々な影響を与えることができます
水場は常に綺麗にしておくことが大切です
なぜならば、水場は流れの源と同じだからです。
火のまわり(かまど)は常にすっきりさせておく事が大切です。
なぜならば、火は動きながら風を生み周囲に流れを作ります。
流れには必ず沿うものが現れます。
その蓄積がやがて滞りとなり・・・


続きはこちらから>>>



合掌 浄霊師 神島千尋



浄霊師 神島千尋 MysteryZone

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2011.11.15

区切り

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明け方、
日の出とともに
1日を終えることが少なくありません。

依頼先の仕事が深夜に終わる場合
それから初めて明け方終えると言う流れ。

今日も先ほど終えて戻りましたが

多くの無念残る地での特定ポイントの浄化は
加減がとても重要で引き際も大切なのです。

さて、強気と弱気
どちらも気ですが
性格の気の強さと
内から発する気の強さは必ずしも比例しません。
表面で作る見せる人格と
その内側に宿る魂の気は
今の世の中、反することばかりなものです。

心と体のギャップ
想いと行動のずれ
そんなかけ違いだれでも当たり前の中で
気にする必要も無いほどな現代です。

心のストレスは浄化しなければ
重くなります。

心で描く楽しいイメージはとっても大切です
しかし、負に包まれると
常に心の引っかかりが前面を覆ってしまいますので
その負のフィルターを通して日常を見ていることになります。
フィルターを通しているので
常にぬぐえない感が前提となり
思い出すとその引っ掛かりが現実問題として
重く浮き上がり、解決方法も浮かばず
解決できないと言う枠の中で
ゴロンゴロンと自分の動きに合わせ
安定しないままぶつかってきます。

時間とともに人は必ず縁を増やしていきます
常に新しい出会いや新しい出来事として。
増え続ける縁を紐でたとえるなら
必要の無いものは離さなければ持ちきれなくなります。

手放すことを区切りと言います^^)

一区切りつけると
とっても
心が軽くなるものです。

^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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昨日も東海道走っておりました
新富士あたりを通過する際の富士山はいつもその存在感に
眺めてしまいます^^)
まあ車窓ですのでわずかな時間なのですが
だからこそ、いつもその瞬間をありがたいな~と感じております。

~~~~~~~~~~
特別な能力を身につけたい方って少なくないと思います。
もう・・・何年前のことでしたか・・・

ある大柄な男性が尋ねきました。
大事そうに抱えていたカバンから
何冊か本を取り出し
テーブルの上に置いたのです。

超能力系の本でした

このとおりに毎日やっています
私の力はどうでしょうか?
と言う流れでお話をしていました。

何で超能力を得たいのですか?と聞くと
自分は霊に影響を受けやすく
そのために特殊な能力が必要なのだと。

浄霊師としてプロとしてその方に
明確に大切なことをお伝えしました。
その男性は私のお話一つ一つをしっかり聞きながら
しかし、その一つ一つを他の霊能者さんで言われた話で質問してくるのです
あちこちの霊能者さん巡りをされていたのですが
その質問全てに共通しているのが、
見えない世界の言うなれば人知を超えた流れ、
つまり「力」を得る方法なのです。


まずお風呂に入りましょう
私も過去浮浪者をしいた経験がありますが
良い服を着るとか髪型がどうのは関係なく
身なりを整える、これ見えない世界への最初の礼儀。

そして今すべき事をまず先にする事

その継続の中で、必要なときに必要な流れは巡ります。


力で掴むも
理で得るも

手の中にあるものは同じ。

無理して掴んでいればいずれしわが寄り、必ず滞ります。
理で得るものは執着がないので掴む必要も無く
つまり手から離れるときは感謝しか残らないものです。


そう思うと
それぞれの心に世界観が生まれますが
いずれも穏やかな映像になっているはずです^^)

鳥を触ろうと思うと逃げられ
触ってみたいと言う欲が生まれます。
はじめから触ろうと思わなければ
鳥を驚かさないように・・・とこちらが
そっと動いてあげる。

するとね
時にびっくりするほど近くに来るものです。



合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.11.10

憑依

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新潟との県境辺り、なんともはや^^)

肉体と心の繋がりをバランスとしてみると
今の自分がそのまま結果となります。
次の自分もその後の自分の
それぞれ結果です。

その繰り返しの継続が時の流れとして繋がります

今の結果が良いなら
その芽の元は撒く時に撒かれたことになります。

自分の心を自ら傷つけてしまう行為や
追い込むような思考を習慣になってしまうと
その思考が今自分を包む周囲の波動となります。
その波動には同様の波動が自然に惹かれあい
わずかな歪だったはずが、いずれ増長され
際立ち始めると、心は一気に引き込まれてしまい
不安と恐怖で限界を超え始めます。
ゆっくりとしかし着実に
時にピタリと当てはまるまたは
当てはめられる思考に転換され・・・・

ある道の通りすがりで
一人の男性に会いました。

歩道の真ん中で立ち尽くし
しきりに手を動かしながら
まるで俺に障るな、来るな!!と言わんばかりの
動作を繰り返し続けていました。
視点は一転を見つめたまま

そこには見える人は誰もいませんので
誰が見てもおかしな人に見えますが
実は、完全憑依されている状態だったのです。

人は避けて通っていきます。
私に気が付くとたじろぐように
動きは止まりました。
しかしそのまま通り過ぎると
また同じ動作が始まります。

この状態になると、もう簡単な祓いや清めではどうにもなりません。
完全に一つとなっているのと同じですので
離す事が困難なのです。

大切なことが一つ、それは
自らが改善を求め動く気力
その力を失ってしまうと、
例え力ずくで抜いたとて・・・・

言い方が悪いことは承知ですが
結局、入る空きができたと同じで
さらに強いマイナスの影響に引っ張られることも多々あるのが
世の中のこれまでの心霊の世界

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.11.09

障り

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伺った先で、夜の浄霊を前に
日没寸前の深い山が綺麗で
本当に綺麗で。


先ほどまで高速を何時間か飛ばしておりました。
ここで更新しなければまたいつになるか・・・

~~~~~~~~~

先日のこと
正確には浄霊前夜から始まっていたのですが・・
浄霊師としてまず何より自身が影響を受ける事は
極力避けなければなりません。
だからこその日々の規律であり
筋であり、流れの通りを怠ってはならないのですが

そうは言ってもどうしても避けられぬものがあります。
宿るものが強くその訴え方の流れにより
受けざるを得ないことがあります。
と書くと、なんだか分かるようでよく分からない説明ですよね
実は私は、毎回あえて確信をぼかして書いているのですが
今回はぼかさずに書きますね^^)
信心深い行いや信仰を持たれていた方や
その道に身を置いていた流れの先祖様のいらっしゃる家の場合
必ず神仏さまとの縁を結んでいらっしゃいました。
その繋がりは通常の家とは違う流れとなっているのです。
しかし、時とともにその流れは薄れ
次の世代、または受け継ぐ子孫がそれを受け継がず
そのまま薄らいでいく道筋をたどるとき
その朽ちかたは見える世界でも見えない世界でも
往々にして同様に激しいものがございます。

このところ南から北から、本当に山岳の流れを汲む地や家からの依頼で
深い山々にうかがわせて頂いておりましたが
いずれも、埋もれるように仏さまが出てまいりました。
そして誰もそれを知らない状態であったり。

そしてそこに関係する皆さんに共通しているのは
例外なく肝臓や腎臓など内臓の病になっていること。

そう言う地で縁を意頂くとき私は
握られるような鈍痛を頂くことになります。

家に伺う際、流れを通すためにその訴えをしっかりその末裔皆さんに
明確にお伝えし、その上でお仏壇があればそこを介して
無ければ、それに順ずる場において流れの基点として浄化をし
そちらとお繋ぎし、ご供養までさせていただいております。

どうにもならない時^^;
まっさらなタオルを一枚もらい、
一度全てお仏壇をお掃除することが少なくありません。
内部の壁も柱もしっかり綺麗にさせていただくこともあります。
そうしてそれまでのその家や日々積み重ね蓄積してきた
雰囲気と言うその家の気を塗る変えねばなりません。

そちらとの繋がる境としてのお役目、その場は
常に清浄はこれ当たり前です。
お仏壇の上や時には中に、関係の無いものが増え、物置状態は

もってのほかです。

選ばれてご縁頂くわけですから
できる事をしなければ失礼になってしまいます。
その訴えが深い信仰の流れの場合、そのまま神仏さまの流れと同様
ある意味障りといえる現象が結果となります。

この場合、浄霊師として護身していても受ける事があるのです。
しかし、しっかりそれが伝わると
見えない世界の流れを超えて物理的な現象で現れている状態の改善も
同様に物理的に感触で感じる事ができます。

つまり掴んでいた手が離されるように
内部の痛みがポンと抜けるように開放されます。

いうなれば
言ってわからねば少し痛い思いしなければわからんか?
と言う流れなのです。

しかし人は必ずこう捉えます

痛い思いをさせるは悪い存在と・・・・

それも立派な守りなのに。



合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.11.01

気分転換にどうぞ^^)

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移動のたびに
季節の色変わりを
目に入る景色で感じるようになってきました。
頂いた花束のそんな小さな中の色だけを
抜き出せたら、と写してみました。
気分転換にでもなりましたら幸いです。


こちらから>>>





合掌  浄霊師 神島千尋







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