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2011.12.31

合掌

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今年も終わりますね
1年間本当に多くの方との縁をいただきました

よい事ばかりではありません
私のような家業は本当に
想像を絶する事由ばかりでございます。

精神でも肉体でも
命がけとはまさにそのままの出来事も少なくなく
警察官立会いの現場も少なくなかった年でもあります。

浄霊師の枠を超えなければならぬこともあり
今出来る精一杯など軽く吹き飛ばす
そんな裏切りも経験した中で
人の心の温かさもまた本当に多く頂いた年でもありました。

来る年はさらに多くの予定がございます。
どこまで実現できるか挑戦の年でもあります。

とはいえ^^、
長野の山奥の田舎に住む
変なおじさんに変わりはなく
そんな凡人のブログを読んでいただけるだけで
ただただありがたい^^)のです。

昨日五色祓串を二つこしらえてきました
これは神島千尋用ではなく、ある神事に使いますが
これから、今度は明日の元旦護摩用を作ります^^)

多くの参加申し込み者さまがいらっしゃいますので
例年より多くの紅白餅を用意し準備に追われております。

皆様、よいお年をお迎えください


合掌  

浄霊師 神島千尋





浄霊師 神島千尋 MysteryZone


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2011.12.28

水晶の渦

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角のあるものは
自然に流れが溜まりやすくなります
停滞と言えば聞こえは良くありませんが
面と面の変わり目は曲がり目となりますので

崩しやすいのも事実です。
角は門でもあり出入りの意にもなります
例えば鬼門など

では球体はどうでしょう。
角がなく相対する面は常に正面となり
全体で見る流線型は受け流しとなります。
その内は一度入ると
角が無いので反射の繰り返しとなります。

さてここで一つ新しい要素が加わります
うちに宿る流れの外への影響
同じはどう同士、または宿る流れに沿った重なりが
安定した流れを作り、それが輪となります。
しかし反発する同士を結ぶとそこで流れは途切れてしまい
形だけの輪になってしまいます。
ただの輪なら問題はありませんが・・・・・

続きはこちら>>>






合掌 浄霊師 神島千尋



浄霊師 神島千尋 MysteryZone

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2011.12.27

命の宿る場所

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頂いたチューリップですが綺麗ですね
まじまじ見たのは初めてです
なんとシンプルな^^)

さて
花と言えば

車で移動しているとき
道路沿いに花が手向けてありました。
その花を見つめるように年老いた男性が
歩道の脇に座り込みなながら動かずに・・・

車で通るたびに花が目にはいっていました、
もう何年も前から。
あるとき喪服姿の方々が大勢そこに集まり
タバコやお菓子など沢山・・・
それ以来そこを通るたびに目が行きます。

亡くなった場所や
特別の祭壇は名残となります
もちろんそこに無念で残ってしまう想いも当然ございますが
居場所や行くべく所が必ずあります。

故人さまはどこにいるでしょう
花を手向けそこで悲しみに飲まれてしまうと
そこに心をつなげることになります。

絶対してはいけないとは言っていません
それが必要な事もあるからです。
それをする時であれば大切なつながりでもあります。

ですがそこにいると言う感覚でそこに好物だったものをお供えするということは
そこに居てと言っているようにも思わせることもあります。

花は花器に
香は香炉に
お写真は入れる場所に

それすなわちそれぞれの器に収めることでひとつの区切りともなります。
その区切りが互いの本来のつながりを深める事のなります。

想いを大切にしてください
その想いをどこに向けるかで
流れは大きく違うものです。

事故の起こる場所は構造の問題ももちろんありますが
理屈では考えられない繰り返しも事実あるものです。
そこに止めるのではなく、行くべきところにお送りするもの
今を生きる全ての方々のお役目と
私は思っております。

その道を作る場所が
たとえばお仏壇であり神棚であるなら
日々している事との違和感を感じる事もあると思います。

違和感は、心と体の行いのズレです^^)
そのズレは後に大きなバランスの崩れになるかねません。

花一つ
その発する気が
空間の流れを変えます。

しかしその気を打ち消してしまう
雰囲気に傾いていれば
花は・・・すぐに枯れてしまいます。

植物の育たない空間は
全てにおいて繋がりが絶たれていきます。
そこで望む願望には負が応援に入ることもあるのです。

一瞬叶う、が・・・
更なる悪化に歯止めがかからない。
良い流れに見せる都合に飲まれてしまうと
時折の一瞬の浮上が光に見えてしまうことも。

しかし綺麗な浅間でございます。
勤行の最中は手も足も感覚が完全になくなる冷込みのこのごろ。
かたく絞った雑巾が妙につるつるすべると思えば^^;

拭いた瞬間からそこが凍って行く・・・・(苦笑)

寒いわけだ。

合掌  浄霊師 神島千尋



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2011.12.25

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むーは、今日も元気で我がもの顔^^;


もう10年くらい経つでしょうか・・・
一匹の猫がある日突然亡くなりました
ボスの貫禄でしたが、まだ3歳ほどでした。

白いボアの小さな座布団がいつもの居場所
足を折り、いつもの大柄な体が
丸く小さく座布団の上に収まりながら
いつものとおりの格好のまま
穏やかでまるで気持ちよさそうに・・・
まるで眠っているように。

お墓をこしらえ埋葬するため外に運び出した

すると
仲間の猫たちが一斉に騒ぎ始めた
長い間猫を知っているが
あま見ることの無いうろたえ方だった
少し狂乱するような、まるで跳ね飛ぶような移動の仕方で
後を追いかけながら、その興奮したような落ち着きの無さに
驚きつつ厳かに着々と野辺の送り。

お線香を手向け
しっかりとお別れをしたが
仲間の猫たちは
そこを離れようとしなかった。

じっとそこに座り
まるで帰りを待つように。

猫は個性も強いが、とても義理堅い
猫から物を恩返しとして頂いた事もある。
礼儀を重んじるが、その分恨みも比例して忘れない。

猫は心同士での会話が長けているので
人や他の動物より霊感が強い

子猫は生きる為の心が強い
自らが生き抜く本能で動く
遊びは生きるための訓練、だからいつも本気である

大人になると人の心を読む。
嫌いと感じれば寄らないし
じゃまに思えば自らの居場所を求めて動く。
霊感の強い人がいるように
極端に霊的な感性の強い猫はまるで人を理解しているような表情や仕草をする。

好き嫌いがはっきりしているので
いやなものは最後まで避けて通るのも猫。
いじめるといつまでも忘れません・・・
喉がイガイガしている人
もしかしたら猫の仕返しかもしれませんよ^^;

でも、義理堅いところもあって
本当に感性が豊かです。


誰もいないのに足元に何かを感じたり
踏まれたような感じがしたら

それは猫かもしれませんよ。

で、私はもちろん猫派です^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

ブログネタ: あなたはイヌ派、それともネコ派?参加数

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2011.12.23

先祖のたたり?

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同じ症状に悩む一家がいました
正確にはその一族の男性ばかりに現れる症状で
皆足の攣るような痛さと重さ。

1年ほどまでまではそんな事はなかったと口を揃えながら・・・

事の起こりは親戚の法要から

法事の席で供養の解釈の違いから揉め事が起こり
そのままそれぞれがわだかまりを持ったまま
それぞれの考えで事を進めた結果
関係が悪化し、何事をするにも
思うようにすすまなくなってしまっていたのです。

そんな状態は、まあ日本中どこでもありますから
これと言って特別珍しくもありませんが

一つ違うのは
やはり・・・・とでも言いましょうか
過去、先祖さまの中に複数の深い信仰者さまがいらっしゃったのです。

この家では女性の方でしたが
信仰深く、その意識の中で一生を貫いたようで
その影響は世代ごとに繋がりを持ち
今に至っていたのですが

とても信仰心深く、神仏さまについていつも勉強し
知識も広かったと言う兄弟さまが1年ほど前に亡くなったのです。

先祖さまは、自らの縁をとても大切に感じ
いつも見守ってくださっています
直接の縁ですから当然のことです。

先祖さまは苦しめることなど無い、と言いますが
実は苦しめることもあります、 「愛を持って」

言って分からなければ少し痛い思いも致し方ない
それでわかってもらえるなら本人の為であり

それも立派な
「守り」なのです。

その後、しっかりお伝えし
浄化させていただきました。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.12.20

樹氷、霊気、境界としては同じこと

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目の前の石に気に気をとられると
頭上の出っ張りが見えず
張り出す枝を気にしすぎると
足元のぬかるみに気が付かず

視野の幅は
目で見えるだけではなく
心も同じことなんだな~と
縁の中からいつも思わされます。

寒さが増すなかでも時折
かえり花が咲きそうな小春日和がございます。

そんな中、車で依頼先に行くことになり
山を越え始めたのですがさすがに厳しい冷え込み^^;

あるところを境に土色から
氷の世界になっておりました。
樹氷は珍しくありませんが
凍結路面は緊張します。

気をつけていてもテールが流れますし
まあ怖がってもはじまりませんので
はじめから流してしまえ^^と。

土地の流れや気の流れと言うテーマを
何度も出しています。
その地の流れと言うのは
大きく3つに分かれる流れの中の一つで
物理的なこの世界の中では無視できません。

地の流れには儀を通すこと
この地上で生きている全ての存在が
それを求められています。

意思とか生命的なところを示しているのではなく
本来当たり前に敬う心の根本のお話です。

土地に敬意を示すこと、
すなわち心の内に繋がる世界との波動を
向けることになるのです。

難しい言い方をしていますがとても簡単な話です。

何度も入れ替わる物件がございます
度の業種が来ても、何をしても
続かない、ある意味曰くのある感覚で見えさえしまう
そんなところって、ありますよね。

このケースでは原因は様々ですが
まず前の名残を消すことを誰もがします。
新しい住まいや店舗とするための改装などがそれです。
同時に前から続く流れを変えるために
見えない部分でも改装が必要です
それが浄化!

その浄化をおろそかにする事は
見える世界で言うならば
ご近所への気配りや挨拶をしないまま・・・
いうなればそう言うことです。

お掃除は見える世界での行いですが
嫌々ながらしていると
その発する波動が室内を染めていきます。

雰囲気と言う染みとして^^)

合掌 浄霊師 神島千尋



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樹氷、霊気、境界としては同じこと

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目の前の石に気に気をとられると
頭上の出っ張りが見えず
張り出す枝を気にしすぎると
足元のぬかるみに気が付かず

視野の幅は
目で見えるだけではなく
心も同じことなんだな~と
縁の中からいつも思わされます。

寒さが増すなかでも時折
かえり花が咲きそうな小春日和がございます。

そんな中、車で依頼先に行くことになり
山を越え始めたのですがさすがに厳しい冷え込み^^;

あるところを境に土色から
氷の世界になっておりました。
樹氷は珍しくありませんが
凍結路面は緊張します。

気をつけていてもテールが流れますし
まあ怖がってもはじまりませんので
はじめから流してしまえ^^と。

土地の流れや気の流れと言うテーマを
何度も出しています。
その地の流れと言うのは
大きく3つに分かれる流れの中の一つで
物理的なこの世界の中では無視できません。

地の流れには儀を通すこと
この地上で生きている全ての存在が
それを求められています。

意思とか生命的なところを示しているのではなく
本来当たり前に敬う心の根本のお話です。

土地に敬意を示すこと、
すなわち心の内に繋がる世界との波動を
向けることになるのです。

難しい言い方をしていますがとても簡単な話です。

何度も入れ替わる物件がございます
度の業種が来ても、何をしても
続かない、ある意味曰くのある感覚で見えさえしまう
そんなところって、ありますよね。

このケースでは原因は様々ですが
まず前の名残を消すことを誰もがします。
新しい住まいや店舗とするための改装などがそれです。
同時に前から続く流れを変えるために
見えない部分でも改装が必要です
それが浄化!

その浄化をおろそかにする事は
見える世界で言うならば
ご近所への気配りや挨拶をしないまま・・・
いうなればそう言うことです。

お掃除は見える世界での行いですが
嫌々ながらしていると
その発する波動が室内を染めていきます。

雰囲気と言う染みとして^^)

合掌 浄霊師 神島千尋



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2011.12.18

本当はわかっている心

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頑なな表情のなかに
本当はそうあるべきと分かっているのがよく分かります。

立場や弱味などが
ありありとにじみ出ているのですが
方や対極の存在はどこ吹く風

知らんな~とでもいうように。

長い間の慣性は
負の中であっても何とか均整をとるものです。

いつか必ずつぶしてやる
どこかでチャンスさえあれば・・・

そんな負念を心の支えに今を生きる人も少なくありません。

あるお話をきっかけに
その領域の中にも存在する真理に触れようとする心が爆発し
平成を装いながらもそれまでの積み上げた重い重い心のふたを少しだけ持ち上げ
中に溜め込んだ黒いどろどろした闇を救い出し
その言葉にそれをのせ、その場に放つ・・・

「本来ここは・・・元々はそう言う場所だったはずです」と。

誰一人返す言葉無いかな
浄霊師としてお伝えすべく事全てをしっかり伝えるだけです。

流れの変化は当たり前ですが
中には人の都合で変えていくことも多く
その都合が、その時だけだったはずなのに
いずれその繰り返しに甘んじ変化に流され
それが普通となり
後々に継がれる頃には
本来が今に変わってしまっている事も少なくありません。

本当にそれでよいのか
実はわかっていながらそのままにしていないか・・
しかし、いずれその疑念も薄れ
これが正しいとなる頃

その一族には明らかな霊障が訪れているものです。

そんな家に行くと

そのまま肉体に変化が現れます、顕著に。

浄霊師が受けると言う事はそのまま
訴えの強さ、あるいは障りの大きさを表します。

そんな事由が増え続けている今の日本

どうしてそうなってしまったのでしょうか?

大切なものってなんですか?
今なすべきことってなんでしょう。

自分の幸せを願うのは大切です
もちろんその為にがんばっています、誰もが。

でもその幸せには欠かせない必須要素が存在します

それは他を思いやる「心」です。

行いは当たり前ですので言う必要もないのです。

心でどう思っているかが肉体に現れるのです。

だから心身のバランスと言います。

自分の思い通りにならない事に苛立ち
その思いで行動する・・・
相手を思えばこそと言いながら。

それは相手の為ではないのです。

そこを抜けなければ
今と言う結果を次の違う結果に変える事はできません。

力で征すると、いずれ行動で返されます
その行動にまた苛立ち力でねじ伏せる。
その反発は一番嫌がる方法で返してきます
それが人の心であり、鏡の法則。

心とは常に目の前を反映しています。

感謝には感謝が返ってきます。
それを情と言います。

私はそれを嫌というほど経験してきました。
もちろん悪い意味でです。

だから、今と言う苦に

心から

本当に

感謝しています。

すると不思議ですね
苦が楽しい時間に感じてしまうのですから^^)





合掌  浄霊師 神島千尋

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携帯メールのご注意

さて^^)
過去何度かお願いをしておりますが
改めて記しておきます。

メールでお問い合わせくださる方へお願いがございます。
パソコンからのメールは問題ございませんが
携帯からメールくださる場合
その多くが、返信できない状態となっております。

スパム防止の設定によるものと思いますが
こちらのパソコンから携帯への返信が出来ずに
戻って来てしまう事が多くございます。

今一度、パソコンからのメール受信が出来るかどうかご確認いただき
問い合わせや依頼をお願い致します。

大切なご連絡がエラーで戻ってくるたび
現代の便利なツールも
頼りすぎによって起こるある不便に何とも^^;

電話番号も分かりませんので連絡しようがございません。
そんな行き場を失った返信メールが
何十通と重なっているこのごろでございます。

取り急ぎご連絡。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.12.16

サプライズ

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サプライズは好きです

私の言うこの好きと言うのは
受身ではなく

相手に対してできる限りのことと言う意味です。

昔から私は人に何かをするとき
どうしたら喜ばれるか
どうすれば驚いてくれるか

基本的に何かをするときは
それしか頭にありません。
普通にしても面白くないので
必ず何かしなければ、と言うある種使命感にも似た
そんな感情で全ての物事を見ていました。

内緒で手配しておく
内緒で届くようにしておく、など。

どんな場合でも何事においても
なんでしょう、それが当たり前になっており
しなければいけないとさえ感じていました。

しかしその「逆」をされたことがほとんどなく
ここ1、2年、されることが何度かあり・・・
正直不慣れなためにうろたえてさえしまう事があります。

どうしよう・・・と^^;

12月は毎年最後の日まで飛び回るここ2,3年
まあ年始も元旦に護摩、2日に神事ですが^^;
そんな中、遠地の相談者さま方々に呼ばれまして
行きましたらこのサプライズでした。

もう、ね

うん^^)

ただただ感謝でした。

長野駅近くのSaya Gayaと言うお店なのですが
そこの綺麗なスタッフさん方々の心使いがまた
粋でございます^^!

さて、気持ち切り替え今日も朝からまた走っております。

~~~~~~~~~~

風花が舞っております。
少し心寂しくなる散りぎわが
窓から見えております。

つもりそうですね。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.12.15

執念

執念

宗教や派閥など
正直どうでも良くて

大切なのは

忘れているその何かを
思い出せる心と場所が
そこにあれば
それすなわち信仰なのだと
私は感じて今を生きています。

今年の春に行った講演の中で
人の心の力を沢山お話しました

ある年配の男性が長年使っていた鍬がありました。
その柄は経年によって少しずつ少しずつ反っていきました。
すでに弓のように曲がりながらもそのまま使っていました。
あるときそれをみた人が柄を交換するようにすすめましたが
いや、この柄は愛着があるから曲がりを直すと
変えずに使い続けました。
それから後、あるとき柄がまっすぐになっていのに
気が付いたあの時の人は、結局変えたんだと思ったそうです。
しかし、聞いてみるとあの時のまま使い続めていたとのこと・・・

鍬柄の柄は自然の木が殆どで、材質や使っている部分(気の癖やふしなど)
人の力で曲がりを直せるものではなく
また重石をのせたとて、熱や水分など工夫と相当の修正を
加えねば直るものではありません。

しかしあれほど弓なり自然にまっすぐになっていたのです

どうやって直した?とたずねると、こう答えたそうです。

執念で直した、と。

^^)

すばらしい。

これ身近な実話です

執拗に囚われる心も執念なら
その執着を良い方向に向けてみる事もバランス
あきらめない気持ちとその想いの度の強さが
無意識のうちに、曲がりを直し使い方になっていたはずです。
雨風、季節の変化の中でそれらが一つの流れとなり、結果が出たのでしょうね^^)

継続は力
物理的よりも、心の途切れない思いそのものの力のほうが
何よりも強いと感じます。




合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.12.11

水晶

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里帰り^^する水晶の組みなおしが多い年末
西に東に飛びながら
送られて来る組み直しも溜まらないように
時間を作りながら浄化し返送しております。

基本的に持ち主さんが浄化をするのですが
経年とともにゴムの緩みや水晶の傷などで
新しいものに変えるなどの話です^^)

さて、一番多い依頼は8ミリ玉ですが
最近一般的な大きさと言っては何ですが
少し大きめが主流に変わりつつあります。

10ミリ玉のブレスは以前は大きいように感じましたが
最近は普通に見えてきております。
昔茶髪は目立ちましたが
今では普通に感じてしまうように^^)

10ミリブレスに14ミリの刻印玉
アメジストとブラックトルマリンをアクセントに入れていますが
このクラスになると水晶の存在感が圧倒的です。

毎回扱っている水晶ですが

正直惚れ惚れする透明感と澄んだ波動です。

私は天然石というより
水晶に特別の感覚を抱いております。
初めてある経路でポインターの水晶を手にしたとき
あからさまに体調を崩しました。
どうしても身につけていたいと感じながら
持つと動けなくなるほど。
なぜだろう・・・毎回その繰り返しでした。

あるとき、昇仙峡に行きました。
その地の流れを肌で感じ
それぞれの脈流を知りました。
自らの流れと反発する状態だったのです。

石の流れを変えるのではなく
自らがそれにふさわしい器を作るのが先だと気が付いたのです。

自分が選ぶのではなく
そちらがお役目として縁を結ぶ。
石も同じこと
買うのではなく、縁がって手にする^^!

そう言う感覚で物事をすすめていくと
おのずと結果が変わるのです^^)

それを実践し結果と言う経験をするか否か

これだけで人生は大きくすすむ方向を変えるものです。

このブレスもそう言う縁で
手にする人によき流れを導くアイテムとなるでしょう。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.12.09

吹雪の女霊

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雪ですね^^)

昔、そうずっと昔
まだ子供だった私を
当時大学生だった方々が
ドライブに連れて行ってくれた事があります。
雪の深夜にね^^)

乗用車に複数乗りこんだ為
ハッチバックの天ガラスに
(要するにトランク部分ですが
座席続きなので一応同じ空間ではあります)
上向きで寝そべってまで詰め込み^^;(時効です)
雪の山奥に強引に突き進んで行きました。

大雪ではありましたが、山に入る頃には
綺麗な星空まで望む夜晴れとなり
冷たい風も楽しいひと時だったのですが

さて、目的地が近くなるとにわかに雪模様となり
民家も殆ど無い山奥のある施設入り口に到着。

そこから施設へ入る横道になっているのですが・・・
雪深い事とそこに来て突然吹雪始めた事で躊躇しつつ
それでもここまで来たのだからと
狭い山道からさらに心細い横道に入りました。

チェーンから伝わる車体の振動を感じつつ
それとはまったく違う車の揺れ

両側が積雪で窓から見える雪の壁

舞い上がる雪が車を中心に渦を作り
左右では正反対に雪が流れていき
直後にその渦は皆の目の前で一つとなり

フロントガラス越しのボンネットの上に
一つの大きな雪の竜巻となりました。

大学のお兄さん方々が
なんだこれ~と叫びなか
その渦の中に女性の姿をみました

30年近く前のお話ですが
その場所はかなり有名な心霊スポットと言われる場所で
現在は施設は取り壊されてありません。

ボンネットの上に立つ姿と雪の竜巻は
今でも鮮明に覚えています。

雪の季節になると
その竜巻をつい^^思い出してしまいます。

ちょっと思い出話

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.12.08

ちょっと雑記

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先月でしたか
出先でのどかな風景が目に入り
目の前の土手を下りてみました。

はぜかけを見るとなぜか落ち着きます。
はぜかけだけではなく、土手焼きや稲穂など
そう言うシーンを見ると、
一瞬子供に戻った感覚で捉えている感じがします。
新しい藁の山を家のように囲いにしてその中に横になり
冷たい秋風をさえぎると同時に
無風の中で感じた本当に何ともいえないお日様の暖かさが・・・


でもこの記憶はそこで切り替えないといけない出来事が続くのです

あるとき、その暖かさを求め藁山を崩しコの字の壁を築いていたら
藁のしたに蛇がニョロっと・・・・ね。
それを境に近寄ることもなくなってしまった藁山ですが^^)・・・何か?

さて、雑記ついでにもうひとつ

またたびで猫がふにゃんになるのは
よく知られていますが・・・

やはり先日のこと、
自宅の猫がお仏壇の前の経卓の上においてあった
香の箱をひっくり返したのです
下に箱が落ちたのですが
まあ残り少ない本数でしたので
それほど散乱したわけではなく
すぐに拾い集めいようとしたら・・・

突然猫さん豹変しまして^^

びっくりしたのですが
またたびの時と同様の酩酊にはいってしまったのです。

きっとまたたびの木と同様の成分が含まれているでしょうが
それはそれはくすぐられるようにごろごろになってしまいました(笑
(動画もあります)

銘柄は沈香ですが、きっと伽羅でも同じではないかと思います。
試そうと思いましたが・・・
10本で千数百円もする伽羅しかなかったのでできませんでしたが^^;

何に反応していてどんな気分なのか?^^)
こればかりは猫にしか分からないのでしょうね


合掌  浄霊師 神島千尋




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2011.12.06

邪魔と言う存在

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コメント頂いた中で無と言うお話がございました
書きたい衝動に駆られましたので少しだけ(笑

そもそも
無でいられる人などいるわけないです^^)

私などは凡人でまさに雑念の塊ですよ(大笑

物事の捉え方とは
自分の法則で見ていることでもあります

さて、一般的とは何ですか?

「多くの方がそう言っている」等体勢のある程度の意であり

それに沿うか否かが判断の基準であることが多いのです。

継続を断ち切ろうとする邪の念が魔であり

それを邪魔と言います。

やろうと思う心と肉体の波動をあわせることで気合を生みながら
同時に面倒と感じ動きを迷わせ、
その気を
無かったものにしようとする作用の力が無力

どちらを選んでも自分の気

つまり魔とはそもそも心にあるものなのです。

その魔を洗濯する生き方を繰り返し
そこに飲まれ、
その上さらに加速させるような
言動、行動、そしてその継続に

類は友を呼ぶを当てはめれば結果は云わずとも。

そう言う意味では

どうにも救えない方がいるのも
事実です。

それがこの世の中であり

だからこそ浄霊師は
そうなる前に
出来る精一杯をしなければなりません。
一人でも

手遅れにならぬよう。
しかし受け入れる心すらなくなってしまっていれば
どうにも出来ないこともございます。

必要なのは
自らの心を変える努力なのです。

どうしてもだめです・・・と言うなら

それは心でそう決めてしまったことであり

そこにすでに枠ができ、それが限界として君臨します。

一個人だけではなく少し引いてみると現代の世相も同じかもしれません

メディアの情報も
人同士の表面的な会話やうわさも
一つの基準となっている事が多いものです。

誰もが内に持つ霊的な波動に
本音と言う気を乗せて飛ばします。

それいいですね^^)と言いながら本当は思ってもいない心
かわいそう、と言いながら真逆にあふれる思い
心同士誰もが繋がっているのです
つまり無意識と言う意識のなかに、表面では分からない本質を
はじめから誰もが見抜いているのです。
違和感、虫のしらせ、察する雰囲気、受け入れたくないと思わせる言動や相手
その答えはつまりそう言うことです。

内と外がバランスをもっていればよい波動を

さもなくばバランスを欠いた気を
飛ばしていることになります。

思っている事と現実のギャップが
大きければ大きいほど

負の念も強いとなります。

無とは、無いではなく

心と行いの違和感を少しずつ縮めていくことであり

そのバランスがとれ始める事で
はじめて理解するものと感じております。

何も感じず何も考えないまったくもって空っぽになる状態
と言うイメージがあると思いますが
風に逆らわずゆれてみるのも 

「 無 」 です。


概念を変えることは
新しい感性を得ることでもあります^^)





合掌  浄霊師 神島千尋


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2011.12.05

悪魔祓い

039051142

悪魔祓いの舞がございます。
息が切れ汗だくになりますが
取材が入っていた関係上
撮影の為に連続で三度舞いました^^;
(カメラワーク考えて舞っています)

・・・・ さすがにキツイです

で、本日からだガタガタ(腰きたなこれ、笑^^;

纏う重さ、総量でどのくらいだろう^^;
頭だけでおそらく5,6キロあると思いますが
それを一本の横支柱のみで振り回しているのですが
つまり歯で噛んで上下左右に振っていると言うことです。

口もおかしいです(笑→正確にはあごに力が入らない)

まあ、神事(猿田彦大神がご神体)ですので
これも心地よい苦痛でありありがたいことです。
伝承が薄れていくなかで
大切な大切な流れと感じて身を置かせていただいております。


朝の勤行の中で
多くのご縁頂いた皆様のよき流れに転じながら
いつも驚くようなつながりを目でいただき
その果を心で経験し気持ち新たにしながら
それでもおざなりに流そうとする一瞬の魔

それを断ち切れる心の繰り返しが時という流れを作るなら
どう流すか心しだいであり、流れは心そものでもある。

命に限りある方々との縁を頂くたびに
人の心の光の大切さをつくづく感じます
内から満ちる心の波動がそのまま表情になるなら
笑うかどに来る福のその本当の意味を
はじめて気がつくのだと思います。

気力とは宿る波動の強さであり
その力を込めるのではなく
信じることで満た巣事が大切。
満ちている方は
そのままが顔の相となり
その笑顔には自然に人が集まります。
それは財産であり
それすなわち「福」そのものなのです。

さて、突然の吹雪でどうなるかと思いましたが^^)
それほどでもなく、よい意味で
冬を実感できた今週
佐久平の冷え込みはいよいよ厳しくなってまいりました。
年末年始はどこも忙しいですね。

恒例の元旦護摩祈願を行います。
すでに予約で埋まってしまっておりますので
告知はできませんが、スタッフさん含め
準備を始めてくださっております。
残すところ一ヶ月、がんばりましょう!

合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.12.03

頭に憑く渦の影の影響 (後編

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頭を中心にまるで渦をまくように
白や黒のキリのような気に
まとわり憑かれている方がすくなくなりません。

色の違いは現れ方の違いであり
つまりそれは存在の違いとなります。

それぞれにまたいくつかの方向がありますが
その影響を受ける人は、同じような症状として現れます。

それまでの自分とは違う感情や考え方。
意地を張るように一つのこと、それだけに固着してしまうい
時には、その他全てを投げてでもそこだけに意固地になってしまったりなど。
そして表情は怖い印象を持たせたり、話をしていても
見開いた目は見ているのかいないのか分からないように
まるで瞬きせずに一点を見つめているよう。

その流れに飲まれている方の周囲は
その流れの余波を受けることになります。
一緒に行動していると体が重くなったり
妙に疲れたりなど。

そしてもう一つ
その流れの方の一族、縁者さまに、同じような影響を受けている方が多いと言うこと。
心の病の方が多かったり、病気をわずらう人が多かったり
同じ時期に次々似たような出来事があったり等。

お伺いする中で、そういう流れの家や地に行くと・・・
まずまったく流れが存在していません。
流れていないと言うことは、溜まっているということです。
溜まりは時とともに淀みます。

淀んだ中に身を置けば^^)伝々。

では何が総じて渦になっていると思いますか?
縁あるがゆえの頂かざるを得ない引き込みと、
無縁と言う縁の頂く本来は避けられるはずの必要の無い影響。

それぞれに流れが違いながら、時に反発し
時に一つの流れとなりながら
今を生きるその人の正常な思考を
少しずつ確実に目で見える現実とシンクロさせながら
同じ場にいながらにして
心だけ反対に転じていく。

そうならないように見守る側
それを崩そうとする側
対極にいながらにして
実は同じ流れを与えることで
それぞれの方向に導こうとしているなら

そんな状況ですら何を求められているか
見えてくるはずなのです。

逆に言えばそんな状況にならなければ意識できない・・・
そこまで来ているぎりぎりのターニングポイント。
その人の感性一つで、苦のみの今でもあり
そこで心の起動を切り替えれば、よい修行であったと
笑顔で思い出せる、誇れる時とすらなり得る。

ある男性のその停滞する気を
祓い清め、
まるで我に返ったかのように
本当に楽になりました^^)と
まるで別人のような笑顔で帰りました。

浄霊師として何をするために今ここにいるのか
不動尊にて三礼しながら
改めて問われている気がしています。

だからこそ、今出来る精一杯が大切なのですね。




合掌  浄霊師 神島千尋

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2011.12.01

頭に憑く渦の影の影響

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霊の気というものがあります。
人の発する気と基本的には同じですが
物事を説明するとき、一番伝わりやすい言葉などで
表現しようとしますので
時には言葉そのままとは本質がちょっと違う場合があるものです。

特に心霊の世界のお話の場合
どうしてもピタリと当てはまる言葉が無い場合
限りなくそれに近い、物質や事象現象に当てはめて
それを表現するしかないのですが
今回の霊の気とは、本来人の発する心の波動のこととは
ちょっとニュアンスが違います

すべてにおいて物事には流れがあると
神島千尋はこれまで何度もお話してきました。
その流れとは、一つだけ、一方向だけと言うわけではなく
全ての総称としての「流れ」なのですが
その流れを形成するそれぞれの要素の中の一つに
そこだけにとどまる、いうなれば停滞する
そうですね、まるでキリやガスのような視え方をする気がございます。

まとわり付くような気体の影とでも言いましょうか?
白くみえるものと、黒い渦で現れるものと
もう一つは往々にしてある形状を成して現れるものと
大きく分けて3つとなるのですが
黒い流れは離れようとはしませんが
姿を見せまいとしますので、必然的に動きが早くなります。
人の目で追う事はできません。
問題は白い渦・・・
”ちょっとしつこくかいておきますが実際は渦巻きな訳ではありません。
しかしその流れを総じて感じると、結局渦のように感じてしまうので
そう表現しているだけです”
この流れにはいくつかのパターンがあるのですが
よく似ているのが葬儀や法要の際、そちらの世界とのつながりが強くなっている
期間その空間を包んでいる帯
この場合は、あくまで故人さまを迎える流れですので
通常そこに身を置く人に影響はありません。
(よほどマイナス側に心をつなげている人は別ですが)

さて、そうではない時に同様の流れを、しかも部分的にまとうように
抱えている方が時々いらっしゃいます。

部分的とはどこか・・・
それは上半身です。
そのほとんどが頭を中心に立体的に
ぐるぐるまとわり憑かれているように視えます
相対して話をしているときは
こちらにまるでばれないような動きをしていますが
どんなに早く動きまわっても視えています。

この影響を受けている方には共通する特徴があります。
それまでの自分とはまったく違う、
まるで反対の感情になったような言動や態度、行動をしてしまい
ほんとうは自分はこんな人ではなかった・・・と感じつつ
しかし現実では、仕事や対人に対して、意固地になっていたり
まるで意地を張っているような状態になります。
どうしてよいか分からなっていながらも、折れたくないと言う
負のスパイラルに入り込んでしまっていることが多いです。

「そして何より表情が、怖く感じさせます」

瞬きが極端に少なかったり
一点を見つめるような印象となります。

この流れに飲まれてしまう方にはもう一つ共通する部分があります


         ・・・・後半へ>>>



合掌  浄霊師 神島千尋


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