命の宿る場所

頂いたチューリップですが綺麗ですね
まじまじ見たのは初めてです
なんとシンプルな^^)
さて
花と言えば
車で移動しているとき
道路沿いに花が手向けてありました。
その花を見つめるように年老いた男性が
歩道の脇に座り込みなながら動かずに・・・
車で通るたびに花が目にはいっていました、
もう何年も前から。
あるとき喪服姿の方々が大勢そこに集まり
タバコやお菓子など沢山・・・
それ以来そこを通るたびに目が行きます。
亡くなった場所や
特別の祭壇は名残となります
もちろんそこに無念で残ってしまう想いも当然ございますが
居場所や行くべく所が必ずあります。
故人さまはどこにいるでしょう
花を手向けそこで悲しみに飲まれてしまうと
そこに心をつなげることになります。
絶対してはいけないとは言っていません
それが必要な事もあるからです。
それをする時であれば大切なつながりでもあります。
ですがそこにいると言う感覚でそこに好物だったものをお供えするということは
そこに居てと言っているようにも思わせることもあります。
花は花器に
香は香炉に
お写真は入れる場所に
それすなわちそれぞれの器に収めることでひとつの区切りともなります。
その区切りが互いの本来のつながりを深める事のなります。
想いを大切にしてください
その想いをどこに向けるかで
流れは大きく違うものです。
事故の起こる場所は構造の問題ももちろんありますが
理屈では考えられない繰り返しも事実あるものです。
そこに止めるのではなく、行くべきところにお送りするもの
今を生きる全ての方々のお役目と
私は思っております。
その道を作る場所が
たとえばお仏壇であり神棚であるなら
日々している事との違和感を感じる事もあると思います。
違和感は、心と体の行いのズレです^^)
そのズレは後に大きなバランスの崩れになるかねません。
花一つ
その発する気が
空間の流れを変えます。
しかしその気を打ち消してしまう
雰囲気に傾いていれば
花は・・・すぐに枯れてしまいます。
植物の育たない空間は
全てにおいて繋がりが絶たれていきます。
そこで望む願望には負が応援に入ることもあるのです。
一瞬叶う、が・・・
更なる悪化に歯止めがかからない。
良い流れに見せる都合に飲まれてしまうと
時折の一瞬の浮上が光に見えてしまうことも。
しかし綺麗な浅間でございます。
勤行の最中は手も足も感覚が完全になくなる冷込みのこのごろ。
かたく絞った雑巾が妙につるつるすべると思えば^^;
拭いた瞬間からそこが凍って行く・・・・(苦笑)
寒いわけだ。
合掌 浄霊師 神島千尋
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