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2011.12.15

執念

執念

宗教や派閥など
正直どうでも良くて

大切なのは

忘れているその何かを
思い出せる心と場所が
そこにあれば
それすなわち信仰なのだと
私は感じて今を生きています。

今年の春に行った講演の中で
人の心の力を沢山お話しました

ある年配の男性が長年使っていた鍬がありました。
その柄は経年によって少しずつ少しずつ反っていきました。
すでに弓のように曲がりながらもそのまま使っていました。
あるときそれをみた人が柄を交換するようにすすめましたが
いや、この柄は愛着があるから曲がりを直すと
変えずに使い続けました。
それから後、あるとき柄がまっすぐになっていのに
気が付いたあの時の人は、結局変えたんだと思ったそうです。
しかし、聞いてみるとあの時のまま使い続めていたとのこと・・・

鍬柄の柄は自然の木が殆どで、材質や使っている部分(気の癖やふしなど)
人の力で曲がりを直せるものではなく
また重石をのせたとて、熱や水分など工夫と相当の修正を
加えねば直るものではありません。

しかしあれほど弓なり自然にまっすぐになっていたのです

どうやって直した?とたずねると、こう答えたそうです。

執念で直した、と。

^^)

すばらしい。

これ身近な実話です

執拗に囚われる心も執念なら
その執着を良い方向に向けてみる事もバランス
あきらめない気持ちとその想いの度の強さが
無意識のうちに、曲がりを直し使い方になっていたはずです。
雨風、季節の変化の中でそれらが一つの流れとなり、結果が出たのでしょうね^^)

継続は力
物理的よりも、心の途切れない思いそのものの力のほうが
何よりも強いと感じます。




合掌  浄霊師 神島千尋


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