義務意識と目的意識の違い

ある年配の女性が訪れたときの話
一生懸命やっているのに
現状のつらさを切々と訴えはじめました。
お話を聞くとそれはそれは本当ですか?と
誰もが思うであろう内容でした。
離婚再婚を繰り返すその方の一人娘
再婚の度に生まれる子供
しかし次の男性へ心が向くと
幼子の育児放棄
もうすぐ定年退職になる頃であるその相談者は
母として、つまりは孫を預かり育てているのです。
預かると言うより、この母である娘さんは
育てる気が無いのです。
現在何度目かの再婚中でありながら
すでに離婚騒ぎの最中であり・・・云々
これだけならよくあるとも言える話ですが
それぞれの内部抗争が半端ではないのです。
両家はもちろん、過去のご主人やその家族との
裁判含め・・・
もう人の欲の深さと、
開き直りの見事さの縮図。
さて、何をお話したいかと申しますと
すべきことは必ず巡ると言うことです。
今、なぜそうなのか
私はそれを自然に捉えることを学ぶ人生の中にいます
嫌な事から逃げていた過去
都合のよい事ばかりを求めていた過去
それを無駄にしないことも大切だと感じます。
定年間近で、幼い孫を育てながらの日々
保育園や小学校の行事をこなしながら
争いや離婚騒ぎの離れて暮らしている身内の面倒も
昼夜となく飛んでいき金銭含めて面倒を見ている
どうしてこんな事に・・・
そんなお話を切々と、とめどなくあふれる女性の心に溜め込んでいた
想いが全て吐き出されたました
そして、言葉が途切れ
つかの間の沈黙の後
まるで悟ったように出てきた最後の言葉が
そのまますべての答えでした。
「考えてみたら私も同じでした・・・
私も子育てをしっかりしなかったのがいけなかったのですね」
自らの幸せが常に最優先の生き方の中で
親としてすべきことをせずに
心の中では正当化することで罪の意識を消失しきたが故に
今一度頂いたチャンスを
不幸の根源と捉えていたことで
娘への憎しみしか残らない今を積み重ね
その満ちたマイナスの波動で
孫を育てていたのです。
幼い孫はおばあちゃんとの暮らしの中で
寂しさなど一言も言わず
笑顔で大丈夫?と気を使う心優しい孫に
どれだけ自らが救われているか
一人で心の整理をつけて帰られました^^)
何を優先すべきか
その選択は常に問われます
優先順位を変えることで
苦と感じなくなる事も少なくありません。
嫌なら先になってしまえ!
それが習慣になれば
それまで後回しにしにしたいと思っていた嫌を
早くやってしまいたいと感じるようになるものです^^)
合掌 浄霊師 神島千尋
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