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2012.02.26

ラップ音とオーブ

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霊が通過するとき
物質が介在するとその物が音を出すことがあります。
キシミや家なりも同じですが
寒暖の伸縮でも、家が揺れることで力が加わる部分でも
ラップ音も同じ音となります。

これらは木やそこにある物が発する音と言われればその通りなのです。
何で音が出たかより、これが鳴ったとなりますから。
エアコンなどはよく音が出ます
冷暖房により伸縮した本体や周囲のものが
逆になることで、内側の柱であればキシむ音が出ますし
エアコン自身もパキ、ピシという音がよくするものです。

しかし空間からとんでもない大きな音や
高い切り裂くような音がする事があります。
説明のしようの無い、何も無いところから・・・

電子ライターの連続するような音や
まるで爆竹のように弾けるような音
飛び上がるほど驚くような音が目の前ですることもあります。

実は・・・・
これらの現象には、同時にオーブもよく出現します。
光の玉と言う表現をしますが
明るいものもあれば煙のようなものもあります。
まぶしいほどの光を放つこともありますし
うっすらすぎて分かりにくいものもあります。

以前テレビの取材でコメントした時、
オーブは、そのほとんどが
その場のホコリや
動き回ったことによる舞い上がったダスト
または空気中の水分がカメラのフラッシュで
反射したものである、と私は言いました。

はっきり言います
息でさえも、条件により
無数のオーブ群として写る事があります^^)
寒い日の白い息
洞窟の中で群がるように現れた無数のオーブ写真などの殆どはそれです。

さて、話は戻りますが
霊的な現れとしてのオーブの場合
意思を持っています、当然ですが。
その状態で通過する時、どういうわけか
よく音が出ます。
逆に言うと、よく音の出る家などには
オーブが写ることが多いという事です。

以前私はバスケットボールほどのオーブと
ぶつかりそうになったことがあります。
私に向かって飛んできたのですが
のけぞって何とか避けたのですが
その家では、音も含め実体化した霊が
家族の一員として住んでいたほどでした。

家族の方はその霊と会話したり、まるで
実在している一人の人にように見えていたのです。

つまりそれだけ霊にも物理的に現象を起こす力があるという事です。
が、すべてがそうという事ではなく
条件やその環境もふくめて事象は様々に変わるという事です。

いつも同じところから、同じような音がする

つなぎ目で音が出ることもありますし
同じ存在が何度も出している音であることも・・・・無きにしも非ず。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.24

一刀彫金剛杵

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毎晩深夜になると
とり憑かれたように微動だにせず
座り込んでいるこのごろの・・・
浄霊師の神島千尋でございます。

ひたすら木を彫っております。
それぞれの木の輪郭や模様をみながら
筋目に沿わなければ刃は動かず
力加減を間違えると
真っ二つに割れてしまう事も多々。

やっと切り傷が癒えてきたと思いきや
木の粉で常に手が乾燥してる状態による
アカギレというかひび割れでもう・・・泣っ。
さらには吸い込んでしまうミクロの木粉
これはマスクしていても通過してしまうので
避けられないのですが
職業として慣れてしまえば良いのでしょうが
どうにも慣れない軟弱な造りの体でして
(防毒マスクはその前に呼吸そのものが苦しく^^;
まあいわゆるあれです^^、ダースベイダーの、ね)

さてどこまで彫れるか分かりませんが
4月の個展に向けてよいものを沢山お見せできるようにがんばります。

現在丸子町のザイデンシュトラーセンにて
神島千尋の個展のご案内チラシをおいてございます。

ありがたい事です、感謝です。




合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.23

首から肩へかけて突然の明らかに意図のある刺すような痛み

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3月前半まで多数の予約で走っております。
私のオリジナルアート展示販売ブースも作ってくださった
小諸の雑貨&ドリンクのお店「CoCo」開店にむけ
2,3時間でも時間が空けば
お手伝いに行っております^^;

洋風テイストですが、窓の外に和を取り入れ
箱庭を作るために竹を大量に切って持ち込みながら
使い慣れない鉄鋼ビスなどを打ち込みながら
なんとか素人で出来る工事をしながら
かなり仕上がってきております。

あいている時間で皆さん動いておりますので
遅れ気味ですが早くお知らせできるように改装中です

ブログもでき、いずれwebもたちあがります
その時はお知らせ致します^^)

~~~~~~~
話は変わり浄霊のお話

ある家に伺った時のこと
お仏壇をはじめ、ひと通り拝見し
お話をしながら
どうしても刺さる痛みに障りを感じ
普段はしませんが、お仏壇の扉をはずす事にしました。

もちろん家人の了承を得てです。
お仏壇は観音開きですが
引き戸と開き戸の二通りがございます。
はずせるタイプでしたので出来たことです。

さて、その奥から出てきたものは
特別祈願の数々依代等々・・・

持ち帰れる状態になく
外を見ると丁度近隣から死角の縁側から庭

お焚き上げ供養をその場ですることとしました。
厚い木札含めそれなりの火力がなければ火が入らないところですが
敷地内にある自然木を使い小さな護摩壇をくみ上げ
地を清め、空間を浄化し
お焚き上げ供養をさせていただきました。

こんなに綺麗に燃えるものかね・・・・
気になって気になって
ずっと気になっていただ
これで安心だ、^^)・・・ と

おばあちゃんがポツリ。

少しの燃え残りもなく、完全に灰となり地に戻るなか

私の後ろの縁側にちょこんと正座していたおばあちゃんが
印象的で

小春日和とはまさに。

右首の付け根
刺すように痛いことありますか?

強い意志の現れの現象の一つでもあります
頂きながら忘れてしまったりそのままにしてしまっていることないですか?
心の中でゆっくり思い出してみてください・・・

お返ししなければならないもの・・・そのままではないですか?

^^)

頼む時は都合よく
後は安堵で流してしまう

そこに、大きな落とし穴が生まれます。

困った時は神頼み
事なきを得たらそのままって・・・・

自分がされたらを考えれば
自分なら相手にどうします?

それが霊障の一つとなるのです。

誰が起こしたかというと
つまり自分であることも^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.19

山は良いですね^^)

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先日2時頃から時間があいたので
小諸の雑貨&ドリンクのお店開店のための
お手伝いに行ってみました。
オーナーさんや店長さん(お写真右のお二方)や
各業者さんが行き来する中で
配置や他もろもろお話しながら
少しお掃除を^^(邪魔にならないように気をつけながらw
(あ、すみません汚れても良いようによ作業用の野良着ですのでガラ悪いです、お許しを)

なかなか良い雰囲気のお店になりそうです。
通り沿いですが、店舗裏に駐車場もあります。

さて、箱庭でも作ろうかと言う話になったり
あれこれと楽しい時間でしたが
とにかくこの日は寒い日で^^;

毎朝水をかぶる私でも寒く感じるほど
根性のある北風さんでして
木枯らしのようです。

さて、厳しい冷え込みは
車中から望む浅間を見れば分かります。
凍てつく色合いに包まれた山々と
吹き降ろす風の流れをみると

山ってすごいな~と
本当に感じます

そこに生まれる信仰そのものを一瞬で理解出来ます

私は海ではなく山の人です
ですので山にその圧倒的なゆるぎなさをいつもいつも感じます。

山ごとに流れが違い
気も変わります
強さや受け入れ方も違います

それを知っている人は山にしっかり筋を通します
いざと言う時、素直に通れるか否かは
そのあたりで変わってきます。
どうしても山に受け入れられない人もいます
つまり拒絶なのです。
その山は女性の流れ
好かれるととことん良い結果ですが
調子づくと痛い目にあいます。
そんな経験もあります^^)

浅間の頂上に立ったことがありますが
その迫力と山の厳しさを見て
生きていることを実感した幼い日を
今でも覚えています。
もうもうと湧き上がる噴煙と硫黄の匂い
その中で吹き上げる風が

寒さと
心地よさと
心細さと

もう一度行って見たいと思いつつ
禁止ですのでもう無理ですね^^)

海生まれの人は海に心がひかれるのでしょうね
山生まれの私はやはり山です
絶対的な安定をいただけるのですね、不思議に^^)


合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.15

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何が正しく何が間違いか

正反対の物には中心があります。

自分を基点に左右
頂点を基点の向こうとこちら
壁を境に光と影

その真ん中を境として対極が生まれているなら
いずれも一つの流れであり元は同じところから始まっているともいえます。

ならどちらを進むかは心の思う方向だけ。

どうにもできない状態だとして
どうにかしようとしてもなるようにしかなりません。

ただね
どうなりたいのかを心に忘れなければ
そうなるために動き始める時は、常に訪れてきます。
それをチャンスといいます。

チャンスと聞くと、なにか大きな出来事や
誰かがめぐらせてくれるものと言うイメージで
「待っていれば」と言う受身のスタンスになり
何も変わらぬ今の継続が日常になります。

なぜかと言うと
それに関わるはっきりとした「それ」を感じなければ
そうだと思えない自利の癖がついている事があるからです。

“こうなりたい、
 でもそうなる為に直接関係のないこれはそのまま放っておこう
 だってこれはそれとは関係ないもん”

関係ないと思っているそれこそが
実は一番先にしなければいけない事だったりするものです。

そう感じないところまで落ちてしまうと
なかなかあがって来れないのです。

言い訳上手と言う気の消失現象

どうして出来ないのかの理由はもっともで本当に納得できます

その説得に迫真がこもり実現させているのが今で
もし改善したいと思うなら
無理な理由を口にしないことから始めると
次にすすむ一つのきっかけになることがあります。

何かを事例にあげてお話している訳ではありません。
あえて言うなら昔の自分を思い出し書いているだけです

チャンスとは分かる形で現れるものではなく
常に目の前にあるのです。
それをチャンスに変えるかどうかだけなのです。
あえて言うならマイナスな出来事ほど
チャンスに近いといえます。
なぜなら発想の転換は思考の広がりなのです
思考の広がりは限界を押し広げます。

自分の絶対をいちど捨てられる人は
その瞬間にそれまで見えなかったものが一つ見えます。
しかし新しく見えたその枠を絶対としてしまうと
同じ繰り返しとなります

大切なのは、次々に上書きするように
その時の絶対が次の枠ではいかに小さなくくりであったか
そう感じるその繰り返しをしていけるか常に試されていきます。

その流れにある人は、時間を早く感じるようなります。
年^^?確かにそれもあるでしょうが
心で視るように感じはじめると
理解が早くなります(察しよく、思う事がおおよそその通りとなります)
すぐに自らの知恵や行動として得て行きますので
心が紐解かれるように多くの流れを求めるようになります。

それはどこかにある綺麗な光の川のような流れ
自らに繋がる・・・・
そんなセンチなイメージではなく
本来自らの心が持つ本質に向かうというのが正しいかと思います。
それを磨いて表にするか
見えないまま、埋もれさせたまま
我を通す生き方もまた人生なのかもしれません。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.14

無垢

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今なにができます?

使命や定めを心に感じようとすると
見えないようになっています

ですが、今出来る事をしている時
自らの持つ力がそのまま
つながる先にストレートに届いており
その流れで動いている事を知らずにいるものです。

求めれば遠のき
欲すれば消えうせ
忘れていると無意味となり
しかし常に目の前にある。

それつまり
物質で図れない事を教えてくれていて
その中に身を置いているのでしょうね、私たちは。

だから人として当たり前に忘れ
目の前にある見えないものではなく
肌で感じ匂い味わい聞こえる物が全てになる

それって・・・・

できる時にやらずに
できなくなって感じる理不尽

このごろ本当に感じるのは
脱却できない「時代」が育てた心の闇

動こうとしないのは良いです
自らに巡ってくるだけですから

でもね・・・
これからの光にその流れを押し付けるのはダメ。
筋の通らない流れに深い悲しみしかないケースが・・・








幼い子供がね

4歳、

ぼろぼろの服

お友達もいない。

発達障害?

違う・・・

環境です

他人との接し方を
スキンシップをしたいだけ。


足の踏み場も無い中に
家具やゲームは毎週買い込みながら



願わくば
ただ子供が笑顔でありますように。

一つ言える事は
子供は親の言葉をそのまま返している

ただそれだけなのです。

見えない世界のお知らせは
そうやって
その時、その場、その環境の中に応じて
友人知人、家族、そして子供を介し
分かるように伝えていると

気が付いてほしいのです。

私はそれを分かるように
縁を頂く方に、その家、その家族
その方へのお知らせを
お伝えしているだけです。

仏性

小さな子供はそのまま仏さまであり
その本当の意味を知ると

いかに大きな力を頂いているか
親が感謝しなければと

自然に笑顔手を添える心になってしまうものです。

自分の親がそうだったからどうしてもやってしまう
違う、そうだったなら、自分はどうすべきかを教えてもらったと感じ
自分の生き方を見せてあげる事が大切。

そして自分には出来ないではなく
自分のやり方ですれば良いのです。
押し付けではなく、見守ることも大切。
言葉ではなく、日々の行動を目で見せてあげるだけ、
ただそれだけだと

私は感じます。

5ミリにも満たない冒頭の花
今朝撮ったのですが・・・

その花が放つ気を
見える形で写してみました。

単なる反射と捉えるか
その気を感じたいと思える心かで


この花の使命は変わります

求めていません花は


知られようと知られまいと
踏まれようと
日の目をみずに終えようと

最高の気を放つために
今伸びているだけ。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.13

こながむ

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凍結した山間を抜けるころ
斜面から染み出した水が氷柱となり
幾重にも糸のように垂れているさまが
本当に綺麗で。

合間をぬいながら
しばらく抜いていた手を
彫り師に戻すべく
早速切りながら、
それでも20本ほどあら彫りした所です。
このくらいからやっと肌が強くなり
職業病と言う訳ではありませんが
たこができ、硬くやりやすい手質になってきました。
4月の個展に向けて深夜の作業が日々の日課になる寒中2年目です^^)

さて、そんなこの頃
浄霊を終えての帰路、道路沿いのコンビニから中華まんを頬張りながら
学生が出てきました、それを何気なく目にしながらふと思い出したことがございます。

あ、どうでも良い雑記でございます^^;あしからず

中学の頃・・・(うん十年も前の話・・・)
まあ今も昔も変わらないと思いますが
登下校中の買い食いは基本的に禁止ですよね^^)
そしてそれを破るもまた登竜門
今と違うのはコンビニが無かったこと

その頃田舎の子供は商店と名のつく個人経営のお店で
お菓子を買うのは普通でした。
まあどこに地区にも商店があって
自宅の一角を改造して駄菓子など売っているという造りでした。
学校までの間に唯一あったお店がまさにそれで
まあ、他の商店からしたら
その頃ですでに腰の曲がったおばあちゃんが一人でやっていたお店・・・

う~ん^^; それもかなり寂れた・・・
正直よくやっているな~と思える感じ。

悪口ではありませんよ^^決して!

入り口は昔の定番、がらがらがらと音の出る学校の窓のような戸
入ると薄暗い店内にパンをならべるガラスの陳列棚が一つ
いつ行ってもパンは数えるほどしか無かったと記憶しています。
置いてあるパンは決まって牛乳パン

しかも・・・・ ちょくちょくカビが^^;
だからパンは買いません
(悪口ではありませんよ愛をこめて書いております)

私の目的はその上に置かれているガムかチョコ

このガムとチョコ私たちの間では伝説の二品でございました。

まずガム
普通噛むとすぐに粘着状の固まりとなり、味が出ておいしい感覚になりますよね^^)
ここのガムは違います
噛むとね、まず粉砕され粉のような状態になります・・・・
なぜかって・・・年月がたちすぎていた為にガムの性質すら失っていたのです。
しかしそれでもがんばって噛んでいると、そこから復活しガムに戻っていくのです!
これある意味新しい触感とでもいいましょうか
何でしょう、田舎の子はこういう所に楽しみを見出すものです。
ひどすぎて逆に何だかんだ皆ほしがる人気のガムになります。

そしてもう一つの伝説、チョコ。
このレベルになるともう通常のチョコとは
模様が違ってきます。
一度解けて再度固まったような感じは問題ないレベル
白い粉のようなものが覆っていたり
これはおそらく製造過程のチョコの固まり具合というか
先に固まり始めたところと後で固まったところの差が
はっきり分かるような色の違いまで見えてくるのです、模様として。
こげ茶の部分と白く変化しつつある部分とね・・・
食べれるのか?と言う疑問はありつつ
あの頃は平気で分け合って食べていました。
どちらかと言うと買い食いの楽しさが勝っていたのでしょうね。

そしてこの状態まで来ると、チョコも噛んだ時やはり一度砕けて
ザラザラな粉っぽいスタートから始まるのです。
結局最後はチョコに戻るのですが^^)

パンはよほどの時でなければ勝負しません
消費期限は当然切れていますが
一応表、裏、そしてもう一度表と
パン全体をくまなくチェックし
大丈夫と判断して購入
まあ空腹に耐えかねての時ですので目が血走りながら(笑

こんなお話で申し訳ありません^^;
思い出し雑記でした

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.02

かがみ

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おいと言うと
なんだと返ってくる

ありがとうと言うと
こちらこそと返ってくる。

これを言葉で知っているのと
実践しているのとではまったく違います。

私は言葉で知っていて
それを全てと思い
長い間互いの苦のなかに身を投じておりました。

互いとは接する全ての縁のことです。

なんでこうなの?
そちらもそう

自分の思うようにしたいと誰もが思いながら
そのならない事が沢山あります
人同士の流れはそれしかないともいえます。

そんな事ないです、と言う方もいますが
自分と相手は違います。
仕方なく妥協していることを知らないだけかもしれません。
自分の居心地のよさは他人の苦痛があっての事なんてことも・・・

私は自分がそうであったことをすごく感じております。
それを変えるチャンスが人生とも思っています。
そのチャンスの中に今いるのだと。
だから無駄な時間はなく
本当はもっとよくなりたい、よくしたいと思う気持ちそのものが
今を生きる意味であり、最大のエネルギーであるとも思います。

その原動力を動かすか否か

ただそれだけと感じます。

何をすれば、どう進んだらよりも
どうしたほうが本当は良いか
自分が知っているはずです。

なぜ出来ないかも分かっているものです

できない理由が頭のなかに浮かび
その理由から繋がる結果を先に導くから
動けないのです。

大きなショックに耐えうるため
人は脳で事前にシュミレーションをする

そのシュミレーションはあくまで想定です

想定は一つの例であり
想像はそこへ意識をつなげる始まりとなり
ため息の結果は、実現へのスタートとなります。

悪いイメージを持ちながら走り出したら
そもそもやりたくない気持ちしかありません
態度も関係も、言葉も、表情も
全て投げやりとなり
それを見る人、接する人
協力する人ふくめて
そのまま鏡となり同じ態度や表情で応戦したくなるのです。

相手が悪くても、自らを省みる事で
理不尽ではなく、謙虚が心の生まれます

ただそれだけで日常は大きく変わります^^)

わたし^^;?
だから未だに反省ばかりなのです。




合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.02.01

天地眼

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相談室の本堂の本尊である不動明王とは別に
自宅の祭壇にも不動尊がおられます。
昨日のお顔だけのお写真はそちらの不動明王です。

つまり本堂の本尊さまではございません^^)

実はこの自宅の不動尊は、両眼開い不動尊なのです。
不動明王は、まあ時代による所もありますがその多くが、片目を開き、もう片方を眇める
または片目を天を、もう片方が地をにらむようにしております。
天地眼(牙も同様)といいますが
両目がしっかり前を見据えております^^)
この両眼を開いたいた不動尊は珍しいといわれ
その不動尊を本尊とし修法するものは信仰を起こすと言われるそうです。
この不動尊、願いをよく聞き届けてくださるのです^^)
だから私はこの不動尊に願いをする事がほとんどありません。
基本的に感謝のみです。

公開するつもりではありませんでしたので
遠目の写真でお許しください^^)
コメントでご質問頂きましたので、
雰囲気だけ感じていただけたらと思いました^^)

相談室の本尊さまは、まったく雰囲気が違います
大きさはそうですね・・・こられた方はご存知と思いますが
それなりです。
まあ1メートル以上はありますが、まあそんな感じとしておきます。
お許しを。

~~~~~~~~~~~~~~~

さて、話は変わり
昨日ある打ち合わせに出ておりました。
アウトラインが決まりましたので

2月後半(予定)になると思いますが
小諸駅の近くに雑貨と喫茶のお店
「CoCo」(ココ)がオープンとなります。
このお店の中に神島千尋・オリジナルアートの
展示/販売のコーナーが常設されます。
これまで雑誌の専売としてしか出していなかった
オリジナルの開運グッズ含め
これまで沢山の問い合わせを頂きながら
これらオリジナルアート等は
専売という事で一般販売をしてきませんでした。
現在紙面で継続中の開運グッズやこれから載るものに
関しましては出すことは出来ませんが
すでに紙面上での販売が終了したものも含め
そちらで販売開始いたします。
現在「COCO」(ココ)開店に向け改装工事中です。

お店は雑貨がメインの店舗ですが
扱う商品もこだわりとなっております。
中国、タイをはじめ、オーナーさんが海外へ何度も買い付けに飛んでおります。
日本未発売の通信関連グッズをはじめ
これから入ってくる最新グッズなどがどこよりも早く並ぶはずです。
また公にお話はできませんが(固有名詞は出せませんが)
日本一を誇る大型施設でしか手に入らない専売品も
関連施設以外では唯一扱う店舗となるようです。
好きな方は一目で分かる品々ですし
もちろん一般雑貨も並ぶそうです。

喫茶スペースも作られるとの事ですので
お茶など頂けるそうです。

昨年同様今年も(4月)丸子にて
神島千尋オリジナルアート展が行われますが
そちらへ展示する予定のものも、
定期的にCoCoにて展示もしていく予定です。

時折そこで鑑定なども
していければと考えております。

オープン詳細日時が決まりましたら
またお知らせ致します。

取り急ぎ、ご報告。

合掌  浄霊師 神島千尋

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