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2012.02.02

かがみ

04111121

おいと言うと
なんだと返ってくる

ありがとうと言うと
こちらこそと返ってくる。

これを言葉で知っているのと
実践しているのとではまったく違います。

私は言葉で知っていて
それを全てと思い
長い間互いの苦のなかに身を投じておりました。

互いとは接する全ての縁のことです。

なんでこうなの?
そちらもそう

自分の思うようにしたいと誰もが思いながら
そのならない事が沢山あります
人同士の流れはそれしかないともいえます。

そんな事ないです、と言う方もいますが
自分と相手は違います。
仕方なく妥協していることを知らないだけかもしれません。
自分の居心地のよさは他人の苦痛があっての事なんてことも・・・

私は自分がそうであったことをすごく感じております。
それを変えるチャンスが人生とも思っています。
そのチャンスの中に今いるのだと。
だから無駄な時間はなく
本当はもっとよくなりたい、よくしたいと思う気持ちそのものが
今を生きる意味であり、最大のエネルギーであるとも思います。

その原動力を動かすか否か

ただそれだけと感じます。

何をすれば、どう進んだらよりも
どうしたほうが本当は良いか
自分が知っているはずです。

なぜ出来ないかも分かっているものです

できない理由が頭のなかに浮かび
その理由から繋がる結果を先に導くから
動けないのです。

大きなショックに耐えうるため
人は脳で事前にシュミレーションをする

そのシュミレーションはあくまで想定です

想定は一つの例であり
想像はそこへ意識をつなげる始まりとなり
ため息の結果は、実現へのスタートとなります。

悪いイメージを持ちながら走り出したら
そもそもやりたくない気持ちしかありません
態度も関係も、言葉も、表情も
全て投げやりとなり
それを見る人、接する人
協力する人ふくめて
そのまま鏡となり同じ態度や表情で応戦したくなるのです。

相手が悪くても、自らを省みる事で
理不尽ではなく、謙虚が心の生まれます

ただそれだけで日常は大きく変わります^^)

わたし^^;?
だから未だに反省ばかりなのです。




合掌  浄霊師 神島千尋

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