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2012.05.11

宿命

3161121

極論で言うなら
よくなろうとする事へはこたえずに
投げやりに発した挑発に即答するようにあらわれる物理的結果

これが心の世界の普通の流れです

この罠にどれだけひっかかりながら
人は生きていることか。

そう言う私もその一人であることに変わりはない。

捉えかたはどうでも
間違いないと思うこころそのものがそもそも間違いで
絶対と言うその確信が
そもそも迷路であり
必ずと言う言葉に
人は砕きたくなる感情が生まれるものです。

この世界は物質で成り立っておりますので
肉体で行動する事ができます。
この利点はなにかと言えば
物理的に動けることです。
動くと言う事は、苦手を克服する事が出来るという事です。
できないことを、繰り返し行動に移すことで
いずれできるようになる可能性を頂いておるという事です。

悔しい思いを繰り返さないように、克服するための時間と行動力がある
嫌と思う事を先にすることで、嫌な事を無くせる可能性がある
やってみることで好きなことを見つけられる可能性もある

人の感情のままこの世界に心が残り
どうしてもそれをしたいのに出来ないと言う遂げられない思いが強すぎると
それをどうにかしなければとその場から離れられなくなります。

さて、今回私が書きたかったのは
通常の未練ではなく、本来悟れるはずの感覚を失ってしまうことの不安です。

本当は分かっているのに面倒が習慣になりすぎたり
動けるのに動かない魂の(ステージレベル)落ち・・・

空から地をみると
光の粒子が消えかけているのが分かります。

消えかけていると言うのは
求められていないという事です。
その欠如がそんまま負の連鎖を増徴させてしまいます。

聖地と呼ばれるところにはその粒子が多く存在していますが
それも失われつつあり、名ばかりのところも増えております。
しかし、もともと満ちていた場所ですので
心一つで一瞬でつながりを戻せもするのです。

ただ・・・
戻せても、それがそのまま残らないほど
儚くむなしい空間に戻ってしまうのがとても残念です。

誰がしたと言えば
人がそうしてしまぅたのです。

つまり私達なのです

だからもう一度そのつながりを
建ち戻すのも
やはり私達なのだと強く感じます。

いずれ動き出す時
そう言う感覚で縛りを捨てて集まれるなら
そこに不動の地として流れが動くと確信しています。


そしてそれが・・・
自分が生きているうちにできるかどうかは
どうでも良いかな^^)と
花をみていると
そう思えてくるから
花のすごさを改めて思い知らされるこのごろ。

合掌  浄霊師 神島千尋

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