霊が魔にかわる瞬間

ガラス全面に顔・・・恨みでも買いましたかね。
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様々なシーンの中で
「なんとなくそうしたい時」ってありますよね。
そんな季節でもあります^^
何? と思われるかもしれませんが
7~9月の頃って、毎年言っていますが
にぎやかになる季節です。
基本的には普段と変わるわけではありません
別に季節を選んで動いているばかりではありませんから^^)
ですがこの大地の中でそれぞれの風土や信仰にのり
思念想念は添って動くものです。
なぜならば霊とは存在した人であり
元々人は皆霊だからです。
さて
ある物をとても大切にしていた方がいました
その人の亡き今でもその思いは
想念としてその物に残っていました。
とても大切に保管されていたのですが・・・
時とともにそれは人手に渡りました。
大切にされ綺麗に保管され、粗末にされている訳では決してありません。
むしろとても大切にされていました。
それから数年の後、もうすぐお盆というころ
悪夢にうなされるようになります
始めは単なる夢として気にしないようにしていましたが
日常の中で息苦しさや、ついには身の回りで
居るはずのないところにはっきりと人の姿まで見るようになりました。
その方は日々感謝や人への思いやりも深い方です
しかし霊的な方向の捉え方がやはり恐怖となってしまっていることで
=悪い存在ではないか、と結論付けてしまうことで
これは誰にも同じことが言えますが
負の思考の連鎖になってしまうことがあります。
例えばこの話のケースでは
もともと居たのですが
たまたま今、と言うタイミングで現れたと言えます
まあ良いけど、それでも少しは感謝して欲しいな~と
様々なシーンの中で誰もがそう思う事ありますよね^^
「まあよいけど・・・」は
でも本当はそうあって欲しい・・・と
伝えられないもどかしさを現しています。
それすなわち、何かの機会に言いたい、となり
いつしかそのタイミングを見計らって行くものです。
まったく関係のない時 突然というより
誰の心もそちらの世界に意識している頃のほうが
伝わりやすいと思うのは普通です。
彼岸、お盆などはその絶好のチャンスともいえます
心と心は常に通じています
インスピレーションや以心伝心は
人同士だけではなく、本来霊同士の繋がりでもあります。
その繋がりが良いものであるなら
悪いことがあっても、励ましてくれる人と同時に
霊感でも励ましが多く届きますので、心身が元気になり安い人となります。
反対に作用すると、そもそも心の中にある不安や恐怖や憎しみや怒りを
増徴させて、同じ思考とすることではらせぬ思いはらそうとしたり
同じ方向に引き込むことで同じ運命を繰り返させたり・・・となってしまいます。
先のご霊さまは、けっして苦しめようとしてた訳ではないのです^^)
それ知らずして臨むと、そうでない者を・・・
あるいは「魔」に変えてしまうことだって
時にはあるという事です。
合掌 浄霊師 神島千尋
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コメント
はじめまして。
思いというのは、難しいものですね、
言いたいことが伝わらない、というのは
もどかしいですね、人間同士でも、なかなか
伝わらないのに、、、笑
自分も
きぃーーーってなる前に、しっかりしないといけないですね、、笑 反省です。
投稿: てしも | 2012.07.23 23時44分
お返事遅くなりました。
そうですね、なかなか思うとおりに
まいりませんね^^)
コメント感謝です
投稿: 神島千尋 | 2012.07.25 18時31分