« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »

2012.08.31

言霊

0749311111
ある方が言った言葉・・・
~~~~~
両親や祖父祖母までは分かるが
それ以前など・・・
正直知るか!
~~~~~

放った言葉に宿る言霊は
戻りません。

一つの投げかけはそれをぬぐうまで
余波として残ります。

本気では無かったと
どんなに悔いても残ります。

しかしそれを言う時の心の幅により
その結果は大きく違ってくるのも事実です

10代で言うそれと
30代、40代で言うそれは
まったくその後が違います。

知らずにする事と、知っていて知らぬ不利は
この世界で通用しても
そちらではそのまま全て筒抜けですので
確実にその結果は返ってきます。
つまり受けるべくして受けていることになります。

日々の中で
身の回りにそんな行いによる結果は
沢山あって、そうと気づかずに不運と思っていることが沢山あるものです。

ふと移動中、もろこしに目が行きました
なんとなく近寄りしゃがんで見上げてみると
人は目の前のそれに意識をとられていくのに
植物は上に上に、天しか見ていない気がしました。

だから伸びるのかと^^)

素直なんだな~と。

ついつい横道にそれてしまいそうになるのは
雑念がゆえか^^)  と。

やっぱり草花は良いですね。
そろそろカメラでも構えてみますか。

と思いつつ、週明けからしばらく東北方面が始まります。

合掌  浄霊師 神島千尋


| | コメント (2)

2012.08.27

無題

40

思いを伝える方法に波動があります

今を生きる人が放つのが念なら
亡き方の想いは場に染み入る波動としても伝わります。

心や安らぐ場所に残る波動は
穏やかなイメージを起こしやすいところとなります。

強い憎しみや恨みを残す場所には
同様の感覚を呼び覚ますもので
もともと人の心には善と悪があり
どちらを優先しているかは、本人次第なのです。
出し抜いても得をしたい、その為の都合の良い嘘くらい平気、と言う心には
行く場所行く場所、同様の波動に惹かれ導かれます。

何の引越しても、行く先々で怪奇現象に悩まされる、と言う事例の中には
自らそう言う場を選んでしまっていることに気がつかない事もあるものです。

どちらかを選ぶ時、もう片方のほうが良かったと思う結果が多いなら
それはつまり優先順位を変えれば良い、と言うことになります。

ここで失敗しがちなのが、結果を良いものにする為に
いつもと違う方を選ぶ、と言う結局損得勘定に代わりの無い選択のしかた。
根本的に同じことの繰り返しなのです。

願いとは、現世でのご利益を思い浮かべる人が多いようです

手を合わせるときなぜ眼をとじるのですか?

眼で見える世界のことは五感で判断できますが
6番目の感覚でしか届けられない時
自然に心のイメージを大切にする主観に切り替えることで
心の眼でそちらの世界に思いを馳せ、
本来心はどうあるべきかを思い出す
唯一でわずかな時間となるのです。

そんな時間を毎日大切に作っている人は
心に芯を持っていると感じます。
間違っているとかやり方が違うとかは本来どうでもよくて
どんな時でもそれを忘れない、ついつい省略したいと思うときこそ
それを貫くことで、一つ心が強くなり
一つ心が大きくなるのだと感じております。

答えは誰にも分かりません
そもそも答えなど、もともとある物でもない

自らの信念を通せばそこにはっきり結果は出るものです
それが自分の人生で得る答えなのです。

がんばったな~と思えればそれで十分と感じます。

人生の中で踏ん張れる時しか踏ん張れません
元気に動ける時しか元気に動けません
持ち上げられる時にしか持ち上げられません

その瞬間は次にはもう無いのです。

さ^^
がんばろ!

合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.24

自ら絶つことの重さ

04579112111

自ら命を絶ってしまった人の魂はなかなか浄化できません。
とはいえ、ケースバイケースで必ずしも同じわけでもなく
その後はそれぞれまったく違います。

肌寒くなりつつある晩秋のある日
ある場所を指定され迷いながら伺ったことがあります。
地域から少し離れた小高い森の中にある別荘風のログハウス。

そのハウス横の物置と言うには立派な一部屋
その部屋で主は自ら命を絶っていたのです。

そのハウスが完成する頃のことだったそうで、
殆ど住むこともないままだったそうです。

親族がそこに住むことなり、ご供養を兼ねての依頼でした。

くの字に腰のまがったお母様があちこち体が痛むなか、お茶を注いでくださいました。

その方の心のあり方
親子関係、性格、普段の口癖や仕草、態度などを真似しながらお伝えしたら
顔をくしゃくしゃにしながら「そうその通り^^)」と
逆に元気になってくださいました。

一般的に自殺された方は成仏できないと言われています。
本当はそうではありません
成仏できないのではないかと思うほど時間がかかるという事です。
それは省略や誰かが何とかできると言うレベルの話ではなく
自らした事、その行いに応じた責任を負うと言う自然の法則の中という事です。

あて、人の心とはそのまま宇宙であり
宇宙とは無限の広がりそのもの

お母様はさだめを受け入れ、その上で全てを引き受け
亡き息子さんを悲しむのではなく、その命を自らの力に代え
一緒に生きるという感覚をも越え、安心させる為に今を生きていました。

大丈夫だ、心配するな^^)がははははは!と笑っているのです。
俺の命は息子そのものだ!
だから俺が元気でなければならねっ。

ついつられて笑ってしまうほど。
それが表向きの言葉であるならば、繋がりはないのですぐに分かるのですが
そのお母様に関しては、その話をしている時
すぐ後ろにいらっしゃるのです、人の姿として現れる事が出来ない状態の息子さんが・・・。

本当は良くはありません
でも、そのお母様の魂の波動が、なくなった場に縛られずに居られるだけで
息子さん幸せかもしれません。

問題は山済みでした
先代の頃、地域とお寺さまとの間でいさかいが生まれ
溝が埋まらず、そのお寺さまの檀家を地域ごと抜けてしまい
そのまま神道へ改宗したとのこと。
ですのでその地域いったいが神道だそうで・・・・
まあそれは良いとして、しかしお仏壇を疎かにして良い事にはなりません。

長い間ふさがっていた流れをまずお通しさせていただき
その流れにより家の気が活性化し運気も変わるのですが
何より、その意味を住人にお話しすることで心がそこに意識し始めますので
通じていなかった双方の思いが一気に通り始めます。

ゆえに様々な現象も起こります、当たり前に^^!

このお母様、根性の中で背負う覚悟が出来上がっている方ですので
正直心配はないのですが、その後、
その家を継ぐ方々がどう受け止めていくかが問われる時がきます。

せめて少しでもご先祖様の想いが繋がる扉を
しっかり心に入れるのも
浄霊師として神島千尋が大切におもう浄霊の一つです。



笑いながら切ないお母様の心が痛いほど・・・ね。

合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.22

深夜12時に押しかける大勢の霊 ~後半

5611111

ある相談者さまとの相談中にそれは起きました

東北から長い道のりを一人で迷いながら来られたとのことで
相談室のチャイムが押されたのはすでに夜の9時をまわっておりました

相談者さまがご先祖さまや亡き方々の話を始めてから異変は始まります
次々現れ始める霊、しかし相談室の中には素直に入れない状態で
一瞬入ろうとし弾かれるように出て行く、その繰り返しのなか
右も左も上も下も、少しずつその数が増えていきました。

なんでこんなに一気に訪れるのか・・・

「なんだか寒気がしますね」と腕をさすりはじめる相談者さま・・・

次の瞬間、それまでぐわんぐわん出入りしようと壁や窓から一瞬顔や姿を
周りブランコのように繰り返し一瞬一瞬見せていた多数の霊が一気に・・・・

続きはこちら>>>



合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.21

深夜零時に押しかける多数の霊

456721111

戦や戦争、災害なども含め
大勢の方の無念が残るのは致し方なく・・・

今年に入ってから、ある共通する相談が
激増といって過言でないほど増えております。

多数の霊が周囲を取り囲んでいる
多数の霊が写真に写ってしまう
複数の足音を多くの住人が聞いている

内容はそれぞれ違いますが
多くの霊や無数の足音、
数え切れないほど沢山の顔や手足と言うように
複数の霊体という部分で共通してきております。

察した方もいらっしゃると思いますが
やはり災害に関わる地、または縁のあった方が殆どです。

復旧で現地に入った大手の会社の
社宅内で、社員皆が寝れないほどの明らかな現象に
会社の方針として無視を続けた結果、ノイローゼ続出
次々逃げるように辞めていかれ、会社として成り立たなくなってしまっていたり
日常生活が出来ないところか、明らかに別人のように変貌し
家族があわてて連れてきたりなど。
長い間現地でボランティアをされていた方で、関西の自宅に戻ってから
家の中に毎晩現れる若い女性の霊に悩まされ
その現象が家族も見えるほどの影響となり、離散していたケースもありました。

人の心は霊そのものです
霊とは魂です

想念
その強さは命そのものであり
肉体はある意味道具に過ぎません
心が体を動かすように
心はそのまま肉体に具現化で結果を出します。

はっきり申します
体を失いなお肉体を持つ意思のまま行動している霊はとても多く存在しております。
ままならない想いがもし通るなら手段など選んでいません、必死ですから。

ケースを変えてそれを逆に言うなら、自らの心で思い描く霊的な現象は
それを実現する力さえ持っているという事です。
人の心はそのまま霊です。
霊的なエネルギーが強い指向性に傾くと、その実現に見えない周囲は動き始めるのです。
霊的な影響を受けやすい人は、よい面でも悪い面でもそうでない人よりも繋がりを強くしやすいからです。
こんな現象が起きたら怖いし嫌だ、と強く思い込みすぎて恐怖に苛まれていると
その現象が目の前で起きることがあります、現に様々な心霊現象を私は日常茶飯事で見ております。
そして本当に無念の想念や霊が起こしている現象も、まったく同じなのです。
自らの肉体に起きる不和不調の数々も、同じなのです。
自らが自らに起こしている事も少なくない現代の病の中にあって
追い討ちをかけるように多くのご霊さまによる影響が折り重なり・・・

自らの心を大切にしなければ
あっという間に引っ張られてしまいかねません。

梅雨のあける頃でしたか・・・
東北から一人の女性が相談に訪れました。

遠路一人で迷いながら来られたとの事で
到着したときすでに深夜になっていました。

今でも揺れるたびに思い出すそうで・・・
どのくらいたった頃か
時計がちょうど12時をさした瞬間にそれは起きました



次に続く>>>


合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.18

痛み

05011111121

真夏の深夜といえば?
「怪談話し・・・」違います。
浄霊師のお仕事の時間です^^)

様々な理由から深夜にしかできない浄霊があります。
人の世とはまさに必要があるから供給なのですね。
一枚裏側はまさに渦巻く闇なのです。

20120816_161440133111

さて、暑さにばててる毛皮組
伸びきっています

手足を持ってもされるがまま・・・^^;

持ち上げても
ダラリとそのままの格好です。
少しでも涼しさを求めているのでしょうね

明け方見ると、最近は洗濯機の上で寝ています
程よい湿度と窓に近いので風の抜け道なのか
それでも私が近づくと一応首を持ち上げますが
眼は閉じたまま・・・
眠いのか、年のせいか最近は
なんだか閉じ気味のまま1日をすごしているご様子。

~~~~~~~
さて、お盆を過ぎると寂しくなることも多く
触れてくるご霊さまがいらっしゃいます。
腕や腰に違和感を感じる方
触れられている感覚や、押されているように感じる方

案外その通りかもしれません。

もし同時期に、肉離れのような状態や、
寝違えのような痛みが伴っているとしたら
無理なさいませんように。
しっかり日々香を焚き
心で生きる存在であることをまず基点とし
感謝でそちらと道を通じておくことを心がけてみてください。

その道に互いがバランスを生み
苦の原因のうち、そちらの部分の改善が早くなることがとても多く
それがつまり、両面の片方であることを理屈抜きで体感できることでもあるのです。

堅物で、過去の人どころか心霊と言うキーワードに「くだらん」と怒り出すような方でも
原因不明で長年苦しんでいた病状の改善を経験することで
不思議なこともある物だな~と言われる方がいます。

信じるとか信じないとか、正直どうでも良いです^^)
本来すべき当たり前のことに心を向けて、いただいておる肉体で行動に示す。
ただそれだけの始まりに次の新しい結果は訪れるものです。




合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.15

心の種

3811

お盆に入り、フルに動いている
神島千尋です^^)

昨日夕刻、目的地に向かっていたら
行く先を示してくれているようで
そんな景色から元気をもらいました。


毎年のことですが、やっぱりお盆は忙しい。

しかし実は・・・これからが本番なのです。

お盆休みが終わってから
食べ過ぎや冷たいもののとりすぎやバテとは違う
通常とは違う不調や違和感が抜けず
運気の降下も含め、気落ちとなる方が多くなります。

寝ていて夜中にふ・・・と覚醒する瞬間
時には目の前に大勢いらっしゃることもあります。
様々な形格好、そしてうっすらと漂う球体達
この球体は写真に写るオーブそのままの形です。

私の覚醒とともに、退いていきます。
この時期は浄霊師といえどもその状態にありますので
心身のバランスを崩している方や
心を崩し、気が落ちている方などはそのまま影響を受けるのも
無理はないな~・・・と感じます。

気の通る室内で焚く香は浄化というお仕事をしてくれます
浄化された室内で心静かに
深くゆっくりと呼吸をしながら
眼をとじ、心の世界へ許される限り旅をしてみると良いと思います。

その間だけは、無条件で「自分が素直」になります
素直な感情の中では、何が悪いのかどこに原因があるのか
当たり前で心に浮かんでいます。

しかし、眼を開き現実に戻った瞬間に
霊性の法則ではなく、人の世界の損得に切り替わりますので
見たくない物をそれこそ無意識に意識の外に追いやってしまう習慣に戻るのです。

そこで意味を成すのが継続
眼を閉じ心の世界に意識を向けるその時間を
継続する事で、それが習慣とする事も出来るのです。
(その反対側(悪しき習慣)はいつも誰でもしている事ですので同じことです^^)
思考に変化は、まく種の変化となります
種が違えば出る芽も変わります。

いつも同じように不調になる繰り返しも含め
もう変えたい・・・と思うなら
心の種を変えてみればよいと思います

合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.13

13日

7771111

13日

早朝

自宅祭壇にてまず勤行

次にお仏壇と神棚にて勤行

そして相談室に向かいます。
お勤めを終えて自宅に戻る頃
朝の静寂の中に響き始める
近隣の人々の動き。

自宅に戻り、お茶をさげるためにお仏壇に戻ったら
閻魔さまのお札に一匹の蝶がとまっておりました。

なるほど^^、すでに繋がっておりますか・・・と
お茶をさげさせていただきながら、軽く会釈。

皆様の今日はどんなはじまりでしたか?

心同士のつながりに人の概念は関係ありません
思うとき
感じるとき
ひらめく時
なんとなくそう思うなら

それはそうなのです。

そして必要以上に思い込まず、囚われず、
ふっ^^と笑顔で感謝

時には止めようもない過去のしがらみや不和いさかいが
あふれるように蘇り、湧き上がるのも心の無限の力です。

同じだけ必ず越える、乗り越える、克服してやる、
いつか人の為になることを素直に感じる人になれるはずと
転化する事も、無限の力の前ではなんら苦もなくできるのが
本来の心の作用。

それを阻むのは、自己中心的な自分の利益のみ。

簡単なテストです

どちらを選びますか?
と聞かれ、最初に思うのは
どちらのほうが良い物か
またはどちらが得か・・・

小さくてよいです
一つ机を出し、綺麗な布、なければ白い半紙をひき
果物やお菓子など並べてみてください^^
そうですね、灯明とお香と鈴があればもう十分です^^)

もう一つ贅沢を言えば
体で生きている私達のおもてなしの心の中に
気持ちを形で表すという方法があります。
実際にそうなる訳ではないのですが、それをあらわすものとして
例えばきゅうりに割り箸で足を作りもろこしの毛をしっぽにした馬と
同様に足を作ったナスの牛。
風情も大切^^!

出来る限り灯明をともし
落ち着いた時間をすごしてくださいね^^。


合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.10

一つの家に複数のお仏壇

644441111211

家にお仏壇が複数あり
そのまま代が変わりし
そもそもなぜ二つあるのか分からないままなど
ケースは違えど一つの家に
違う家柄のお仏壇が二つ(時にはそれ以上)ある事があります。
例えば改宗により新しく迎えた結果
二つと言うこともそれほどめずらしくありません。

ただ、どうしてもお伝えしたいことがあります

「どちらを大切にしていますか?」

誰が何を信じるもその人の自由です
それは問題になりません^^)

ただ、人とはどうしてもどちらかに重きを置くようになるものです。

本来お仏壇は先祖さまの住んでいる場所ではありません
もちろんお位牌の置き場でもありません。
先祖様とお話をする場所でもありません。

しかし宿る場ではあります。

宿るとは通じるところであり
いつでもそこを介する聖域ともなります。

その大切な場を、こちらの意思でお迎えさせていただきながら
もし疎かにするような事があるなら
そもそも、トラブルや不和の根本を
そこから学ぶべきところに変えて行く・・・正しくは
元に戻す行いが、再度始めるために大切な
スタートラインなのだと思いませんか?

良くなりたいからするのではなく
本来しなければいけない当たり前のことを
薄れていく、忘れてしまう、あるいは
それらを意識しない生き方や心持ちの日常になっている事を
不和不調として教えてくれていることも多くあるものです。

さて、お仏壇が複数の場合、どうしたら良いか分からないと言われる事があります。
自分から迎えたならば、しっかり日々ご供養するのは当然です。
出来ないならそもそも引き受けるべきではない、と言うのが筋となりますが
まあ正直なところ、代がわりなどでそのまま引き継いでしまった場合などは
下手に動かすわけにも行かず・・・と言うところと思います。
ですが、どこかでしっかり行わねばさらに次が悩むことになります。

家柄が違う場合は一緒と言うのは心の問題としてなかなか難しいところがありますが
極端な実例では片方しか手を合わせていないないケースも結構あるものです。
自らが供養をすると引き受けているならば、しっかり流れを通すことは必須と感じます。

それですべてが解決する訳ではありません
何も解決しないかもしれません

でも、心の中にあるそのひっかかりを一つ解決する事で
その引っかかりが余波として滞った歪を無くすことはできます。

一見大した問題ではないと思っていたそれ以外の
大きな目の前の心重くなる問題も

始まりはそんな小さな引っ掛かりが発端であることだって
あるものです。

合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.07

動物霊について (2)

811111


霊案のブログのほうに動物霊についてのご質問がありましたので
せっかくですので少し触れておきたいと思います。

道路などで亡くなっている動物などに
かわいそうと思うととり憑かれる・・・とよく言う方がいます。
確かによく聞く文言ですが実際はどうなのでしょう?

双方の状態によるところが大きく、確かに受けることも無いとはいいませんが
その実、殆どの場合心配するような事はまずありません。

誰の心も霊的には繋がり通じ合っているのは事実ですが
では思ったからとその都度全てに獲憑くなどと言う事は実質無理です。

しかしながら・・・
実際に影響を受ける方もいなくはないから先のお話が世に広まるのです。
受けるには受けるだけの要素があるから受けるのです。
当たり前ですが、それが全てに共通してのお話として広まるのが噂です。
実際に一つ起こる事例=皆同じ、では無いという事です。

動物は一瞬のことですので分からないまましばらくはそこにいる事が多いですが
殆どは行くべき流れに沿うようになります。

問題は残ってしまった場合
動物にも感情があります
人のそれとよりもシンプルな感情ではありますが
ゆえに明確でもありますので、負の影として動いている動物霊は
ある意味なかなか手強いものがあります。
さらにそれらが集団で大きな影となると
それはかなり注意が必要で、それらに飲まれると
霊感や予言など、突然口走るようになったりするケースもあり
いずれ人格を失うほどひどい状態に陥ることも無きにしも非ず・

さて、道路で動物が亡くなっていたとき
かわいそうに思うのは自然の感情です。
それは大切にしてください。
それにより何かあるという事はまず心配なさらずに良いともいます。

それより問題なのはなったらどうしようと言う心配!^^)
何かあったらどうしようと思う不安が心に呪縛をかけ
知らず知らずその不安を蓄積していくと
心の法律が出来上がります。
その法律は自分だけの決まりごとであり、しかし厳格に日常の中で機能をし始めます。
「そんなつもりが無い存在」に対しても同様の感覚で見ている事になります。
もし自分が・・・そうじゃないのにそう思われたとしたら
悲しくないですか? 時には怒りすら感じるかもしれません。

自分の心は自分そのものです。
心は霊です。
心で思う事は大切にしましょう^^)


余計なことですが
路肩に時折花が置かれています
すごく気持ちは分かりますが
そこにあつまり法要を営むと
故人さまは、そこにいなければ・・・と思ってしまいます。

そんなつもりはないのに
そこに縛ってしまっている・・・などと言う事も。

合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (4)

2012.08.05

動物霊

3112


別に力で征すつもりは毛頭ないのですが
何でしょう・・・私、

何か怖い存在のようで

どこに行っても動物がおとなしくなったり
頭を下げたり腹を見せて寄って来る事が多く
浄化するときも
出て行くのが飛び出すように早いことが多々

時には浄霊始めた瞬間に
いくつも飛び去るように
抜けて行く事があります。

今回はそんな動物さんの実例を一つ。

続きはこちら>>>

合掌  浄霊師 神島千尋

浄霊師 神島千尋 MysteryZone

相談ご質問お問い合わせ

| | コメント (2)

2012.08.02

末代まで祟る

siryou221111


都会の片隅に
ぽかりとまるで穴があいたように
更地が一つ。

道路から敷地への入り口は
立ち入り禁止の柵が乱雑に積み重なっていました。

所有者が何度か変わり、その度に建直しもされたそうですが
取り壊され今では面影も無い。

もともとここで住んでいた方が
ある男性に騙され、土地建物を奪われてしまう。
その男性の家族がそこに住み始めてまもなく
男性はお仏壇のお札や位牌を破り捨てるなどの奇行がはじまり
家中のドア・窓に柵や鎖で出入りできないようにし
自殺、病死と次々亡くなってしまう。

その矛先は一族縁者にも飛び火し
家長や長男などが連鎖のように次々亡くなる

先の家は売却されたが
購入者一家もあっと言う間に精神的に病んでしまい
父は以前の所有男性と同様にトイレお風呂などのドアに
チェーンを張り巡らせるなどの行動が始まり
子供は病死、孫は白目で倒れるなど原因不明の症状に。

その後取り壊され、別の所有者が建て直したものの
家族はやはりばらばらになってしまい・・・

更地となった今では、
まるで阻むように建物は建たず
乾燥した土に雑草が生い茂り、風にゆれながら
誰も入らないその地に穏やかなお顔の石仏が
ひっそりと祀られておりました。

一族さまそれぞれを周り、
最後にその地にてご供養させていただいたのも
ちょうど今のような暑い夏だったのを思い出します。


人の呪いとは恐ろしいもので
そこに関わる流れの中で
成就させる見えない存在がいるのもまた
事実です。



合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2012.08.01

黒い空間

mz-m00132

夜の空のなかで
独特の黒い闇が現れる瞬間があります。

いつもそこに居るわけではなく
垣間見るように現れる

この黒い存在はいつどこにでも現れることができますが
大きく分けて霊的な塊と、思念の現れ方と、そしてもう一つ
魔的な現れ方の3つに大別できます。

修行される方がよく見るのは霊的な方向と魔的な存在のどちらかが多く
その人の心の方向により、ある程度決まります。
決まるというのは、極論で言うとその方のその後の戦い方がほぼそこで定まります。

夜の闇はとても明るく、昼間と同じ用に見渡せるものです。
その中にぽっかりと現れる闇は穴を開けるように口を開きます。
これが霊的ならば恨み憎しみも相当強かろうが
いずれの存在も心を乱そうとします。

恐怖に飲まれると一気に持っていかれます。

その中でいかに魂とその先に繋がる自らの思念を強く太くし
その繋がりが光り輝く輪となり
その輪が広がり続けるかが大切で

そこに心の基点を結んでおけば
迷うことなどありえないのです。

夜の闇の中で穏やかな明るさを見出すと
そこに現れる闇は、存続できません。

つまり一瞬しかそこに居られないのです。

垣間見るといいますがまさにその通り
一瞬現れますが、すぐに消え去ります。

近くに寄れない、と言う表現が一番近いかもしれません。
そして誰でもそうなる事ができます、なぜならば
人は心で生きているからです。

心で思う事はだれでもできます
無理やり思うのではなく
表向き忘れていても
潜在意識に広がっていれば
いつも感じていると同じなのです。

力で覚えるのではなく
無条件で心開放できる瞬間と空間を
日常の中で取り入れてみるのも良いかもしれません。

どうすればよいの?
と聞かれることもあります。

何も難しくありません
目の前にある当たり前を
一つだけ目線に引き上げてみる時間を作る、ただそれだけです。


合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

« 2012年7月 | トップページ | 2012年9月 »