無題

思いを伝える方法に波動があります
今を生きる人が放つのが念なら
亡き方の想いは場に染み入る波動としても伝わります。
心や安らぐ場所に残る波動は
穏やかなイメージを起こしやすいところとなります。
強い憎しみや恨みを残す場所には
同様の感覚を呼び覚ますもので
もともと人の心には善と悪があり
どちらを優先しているかは、本人次第なのです。
出し抜いても得をしたい、その為の都合の良い嘘くらい平気、と言う心には
行く場所行く場所、同様の波動に惹かれ導かれます。
何の引越しても、行く先々で怪奇現象に悩まされる、と言う事例の中には
自らそう言う場を選んでしまっていることに気がつかない事もあるものです。
どちらかを選ぶ時、もう片方のほうが良かったと思う結果が多いなら
それはつまり優先順位を変えれば良い、と言うことになります。
ここで失敗しがちなのが、結果を良いものにする為に
いつもと違う方を選ぶ、と言う結局損得勘定に代わりの無い選択のしかた。
根本的に同じことの繰り返しなのです。
願いとは、現世でのご利益を思い浮かべる人が多いようです
手を合わせるときなぜ眼をとじるのですか?
眼で見える世界のことは五感で判断できますが
6番目の感覚でしか届けられない時
自然に心のイメージを大切にする主観に切り替えることで
心の眼でそちらの世界に思いを馳せ、
本来心はどうあるべきかを思い出す
唯一でわずかな時間となるのです。
そんな時間を毎日大切に作っている人は
心に芯を持っていると感じます。
間違っているとかやり方が違うとかは本来どうでもよくて
どんな時でもそれを忘れない、ついつい省略したいと思うときこそ
それを貫くことで、一つ心が強くなり
一つ心が大きくなるのだと感じております。
答えは誰にも分かりません
そもそも答えなど、もともとある物でもない
自らの信念を通せばそこにはっきり結果は出るものです
それが自分の人生で得る答えなのです。
がんばったな~と思えればそれで十分と感じます。
人生の中で踏ん張れる時しか踏ん張れません
元気に動ける時しか元気に動けません
持ち上げられる時にしか持ち上げられません
その瞬間は次にはもう無いのです。
さ^^
がんばろ!
合掌 浄霊師 神島千尋
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