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2012.10.30

とても簡単な運気向上の方法

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頭が痛くなるほどの寒い木枯らしの中
五色に導かれ立ち寄ったら
気の通るとはまさに・・・と言う空間でした
久々に鳥肌が立ちました^^。

~~~~~~~~~~~~



今の状況から脱したい
運気をあげたい
流れを変えたい

そう思う方に簡単な方法をお教えします。

人の波動は心により常にゆれ動きながら文字通り身の回りに降り注いでいます
身につけるものや自分の所有物などはそのままあなたの波動に染まっているのです。

波動とはその個が発する波で、その波は
同様の波長に同調しやすいので
心の中の根本的な思考が、発する波動の習慣を作るので
ついつい同じような考えに傾倒していくのが普通です。

運気をあげたいなら今、身の回に自らが染めた雰囲気を
変えなければ、何をどうしようと
迎える結果は種が一緒ですので同じ芽という事になります。

さて、何をすれば良いか^^)

簡単です

「家のお掃除してください」

え?  それだけ?

そう、することはそれだけです。

大切なのはここからです。 
部屋の中の家具の配置を変えて下さい
変えるといってもすべて変える必要はありません
要はいつもと同じ感覚を変える為の、視的効果をいただく為です。

机の縦横を変えても良いですし、座る位置を変えても良いです
もちろん出来るなら家具その物の配置を大きく換えても良いです。

さて、ここからがポイント。
視的に変化のある室内にいると
それまでの見慣れた風景と違い違和感を感じます。
そのままですと、2日ほどでそれがまた普通になってしまいますので
その違和感をプラスに転じる変化へ「一発」で変え無ければなりません。

一番高いお茶か紅茶を購入してください。
そのままケーキやに行き、一番高いケーキ、または
普段絶対食べないと思う高いお菓子を購入してください。

帰ってきて、紅茶を入れます。
普段使っている自分のコップじゃダメですよ^^!
来客用の洒落たティーカップに時間をかけて入れてください。

綺麗な部屋
新しい配置の室内
新しい配置の机
そこでおいしい紅茶を贅沢なお菓子を頂きます。

「幸せな感覚になります」

その感覚から発する波動が
今その空間の雰囲気として刻まれるのです。

すると、その室内はその幸せ感で発した気に満ちますので
日々帰宅してその部屋に入るとその波動が迎えてくれる事となり
落ち着くな~、と言う気の休まる家となるのです。

「帰りたくない・・・」と思う家になっているなら
その理由は、もう分かりますよね^^)

物でも人でも、同じことです。
同じ言葉、態度、習慣がそれを生むなら
変えればよいだけです。
相手に変われと言う前に、自分が変わってみせれば良いのです。
自分が変われば相手に求める必要もなくなります。
するとね、相手は自然に変わっていくものです、不思議に^^。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.10.29

起動

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季節の変わり目のなかで
暖かさから寒さへの切り替わりは
それ相応の準備が必要となります。

その準備を怠ると
切り替わりがないまま変化を迎えます。

追いつかないまま、積み重なる落ち込みの蓄積は
何かのタイミングで崩壊してしまう結果になりかねません。

それが心なら・・・
あがるチャンスを捨ててしまうこともあるのです。

表現と実質には
認識のズレが存在します。

髪の毛が大切な中枢である脳を守る一番上に存在し
言い換えれば神の気となる。
見える部分には、見えないバランスが繋がりを持っていて
心でしか視えない(感じる事の出来ない)部分を
いかにいつも忘れず、大切に慈しめるかを
今、その時その時の判断の中に
少しでも反映させているか問われているのが人生なら

反省しかないと感じる事ばかりかもしれません。

合掌をしながらお願いをする習慣
例えば昔日本中で論争となったいただきますが宗教的だからさせるな・・・と言う思い違い
その仕草がだめなら合掌する必要などないのです^^)
目を閉じ心で想い馳せれば同じことなのです、ただそれだけなのです。

人が助けてくれたとき、その人にどうします? の問いに
誰もが「御礼します」と即答します。
そんなの当たり前です、とまでいう事も!
  

では、助けてくれている先祖さまや亡き縁者さま方々に
そのお礼をしたことありますか?  と聞くと

多くの方が口をつぐみます。

日々お仏壇で手を合わせているので、お礼はしています! と言われる方にこう聞きます。
誰にお礼していますか?  に対して固有名詞を口にされることが殆どです。

なぜ流れが来ないのか
なぜ不運なのか
なぜ心が不安定になるのか
元気の源とは何か
自分がどこと繋がっているのか
自らの魂の発する気の性質とその方向性  などなど

そこから本題がスタートするのです。

それらを知ることは、心で視ることがどういう事かを始めて本質で意識する時間となります。
その心の扉を開いてからでなければ清めもお祓いも浄霊も
その場しのぎの行いで終わってしまう事になります。

半年1年たってから、こんな気持ちになるなんて驚いていますと連絡を下さる方がいます
信仰や宗教は悪いことではありません。
しかし人の世の都合が反映された概念を植えつけてしまうと
義務を生むこととなり、その義務は必ず無理や押し付けが始まります。

そうではない心の開放は、誰にも頼らず、自らが迎えたいと言う強い思いに体が揺り動かされ
大切にすると言う途切れないエネルギーを内側に宿るそこから頂き続けることになります。
その繋がりを持っている人は、物事に動じなくなっていきます^^)

そう言う人は誰が見ても良い気を放っていますから
人が自然に集まる中心に立つことになります。
しかし中心にいながら、利を得ている行動をしますので
無理せず皆で分担したり分け合う自然の流れを見せるため
その輪全体がそう言う行動をする人たちになります。

誰もがそうなる条件を平等に持って生まれています。
そうできるかどうかは自分の選択。
小さな判断から人生に影響する大きな決断も
それぞれ同じと言えます。

なぜか分からないが、自然に涙がでるのはなぜでしょう?

時折そう聞かれることがあります。

未成仏の訴えや無念も
自らの心が本質に触れたときも
守る側の存在やその流れの意思に通じた時も
自然に宿る気と同調した時も

自然に涙が出るものです。

それは心で見ている時に起こることでもあり
その感覚は心のステップアップに必要な最初の起動でもあります^^)

すぐに忘れてしまうその起動スイッチ
いつも入れておけると

人生変わりますよ^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.10.24

肉体が揺れる、体が勝手に動く・・

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気丈に振る舞う女性
常に笑顔でお話くださるのですが・・・

すごいですね
人って思考をプラスに向けると
痛みや物理的な苦を感じない状態に持っていけてしまう。

ドクターストップを押し切り決勝に望んだ柔道の山下さんが
押さえこみで金メダルに輝いたように
上回る気が自らのレベルを越えてしまう瞬間があります。
これを経験すると、限界は自らが決めていることをすごく理解できます。

越えれるか否かよりも越えようと思う気を持ち続けることが大切なんだな~と^^)

いくつも仕事を掛け持ち
相手を気使い
今出来る事を一生懸命する。

そこに応援する流れは入り込んでくる
しかし、環境とは時に残酷でもあります。

報われないこともこの世には多々ございます
その中であっても笑顔を忘れない

必ずいずれ通じてきます。

今が結果ではなく
後の輝きが通過点となる日を引き寄せましょう。

~~~~~~~~~~

さて、人の魂はエネルギーそのものです。
エネルギーはそこに満ちる無限の想念でもあります。
そこにはそれぞれ特有の波動を持ちます。
小さな粒子の規則性のある運動、その集まりが作り出す一つの周期
その周期の集まりが織り成す波
その波があつまり輪を作り
その輪が大きな軌道を描き
その繰り返しが無限に広がりはじめ一つの宇宙になって行くなら

全てが流れの中にあり
目の前のそれも
はてしない先にあるあれも
つまり一つの流れの中にあるという事です。

その流れを心で感じ始めると
それまで孤立していた心が
大きな流れの中の一つであることを思い出すように共鳴し始めます

その共鳴に肉体は逆らえません!

体が揺れるのは「それ」です。

心地よいゆれの中に身を置く時間は
心の浄化をしている事と同じような効果があります。

しかし、対極の流れにつながりやすい思考の共鳴には
自らの意思に反する動きに支配されていきます。
勝手に体が動き出したり
周囲に危害を及ぼしかねないような行動になってしまったりなど。

まず心に静かで清らかな流れが入る道筋を作ることが大切で
それなくして浄化をしたところで、それは意味を成さなくなってしまいます。

まず自らの心を知り、
その心が求める浄化をしてあげることが必須。

肉体の浄化は誰でもしています、ストレス解消という行動で満たす物理的な欲求行動
そこには心の浄化は入っていないものです。
だから解消しきれない部分が生まれ、繰り返すことが多いのです。
心の浄化は肉体で感じる五感を一度離れなければできません。

心の繋がる先を一度意識していると
自らの心の持つ根本の流れと違う肉体の行動や環境が
生理的に受け付けないと表現する
好き嫌いの源であることを始めて知ることも多いものです!

そんなお伝えから
お会いする人との話を始める
神島千尋です^^。

そんな田舎のじいは
これからの季節にはじまる
稲刈り後の「もみ」焼きのにおいが
たまらなく好きなへんな人です(笑

余談ですが
野焼きの煙を見ると安心する私の心はなんでだろう^^。
と地方の田舎道移動中に“はぜかけ”を見ながらふと考えていたら
なるほど、思い出した。

晩秋の木枯らしふく寒い夕方
焦げていくもみの山でその暖かから
いつまでも離れられない幼い頃の心地よかった記憶からきているのだと^^。

はぜかけを見ると
アートに見えてくるこのごろです。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.10.22

聖域と魔の領域

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四隅を結ぶと枠ができます。
ただの線と同じですので越えるになんら支障はないはずなのに
なんとなく越えてはいけない圧を心に与えます。

それが領域のはじまりです。

それらの領域は、ある意味エネルギーの集合体のような感じ方もでき
その人の心に共鳴する一番近い波動につながりやすいようになっています。

心の求めに応じた波動を引き出すこともができるのが後天的な不可思議な力です。
それは良い側でも悪い側でもその心に応じて繋がることで、可能となります。

心の方向性に共鳴する波動はつながりを持ちます。
思うことが現実になる瞬間!
その時、力を借りていることを人は気がつかないものです
あるいは故意に縁を切望した結果であってもその本質を知らずにいるものです。

一度契約したその流れは、なかなかそこから離れようとはさせません。
流れに逆らおうとしても・・・・

続きはこちら>>>



合掌  浄霊師 神島千尋





浄霊師 神島千尋 MysteryZone

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2012.10.20

無意識に成り立つ集団呪詛

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秋と言えば私の場合「とんぼ」
忘れていました^^ので、久々にやってみました
「私は木であり、これは枝」と思い込ませ
トンボを止まらせる遊び^^!
いや~良かった、ちゃんと止まってくれました(笑

体にトンボがとまる人は
発している気が良いのでしょうね^^。


~~~~~~~~~
さて本題

「あれ?今なにか通ったように感じた・・・」
と言う経験ありますか?

多くの方が「ある」と言うと思います。

影のようなものが見えたような・・・と感じたとき
たいていその通りなものです。

靄のように感じるものと黒い影のように感じるものではそれぞれ違い
その話は以前何度も書いていますので端折ります。

その中で黒い影で見えるものについても何度も触れました。
その多くが人の念であり、限りなく生霊へ変化していく可能性が大きいと。

さて、同じく黒い影のような現れ方をする霊にもいくつか方向があります。
寄り集まるように一つの場を形成している思念の渦としての存在
何かしら元となる一つの強い無念がそこに染み付きそこに寄せられるように集まる
思念や今を生きる人の邪念も同じく溜まりとなります。
そこに身をおくと確実に心引っ張られていきます。

極端な例としてお話をするなら
例えば・・・あくまで例えばですよ
職場でいじめを受けている方がいるとします。
長い間散々その方に理不尽な仕打ちを繰り返していると
人は罪悪感などなくなり、さらにエスカレートしていくようになります。
周囲も麻痺していき、多くが見て見ぬふりか、あまり気にしないようにしていきます。
すると人事異動などで居なくなったとしても
すでにそれまでに向けていたそれら極端なマイナスの多くの念がその場に
これ以上刺さりようの無い槍の山のようになっているのです・・・見えないだけで。

新しくその席に座る人は居心地が良くないのは当然ですが
誰もが無意識に心で見えないその場の邪気を感じているはずです。
ここいやな場所なんだよね・・・とつい口にするのが“それ”です。

そこまでなっていれば、まあ体調も崩すでしょうし運気も当然悪いと感じるはずです。
さらにミスやなんだかわからないがイライラしてしまうことで
職場そものの雰囲気は常に落ちていきます。

人の念による針の山にいる場合
その針を、一つ一つ飛ばし戻すことは・・・
正直難しくありません。

が、しかしここでそれは書けません。
ある意味 呪返しと同じだからです。

私は過去何度も書いていますが
「行いに応じた結果が戻るのが自然の定めですので、返す必要も無い」
と言うのが私の基本的なスタンスです。
そもそも受けるにも意味があるなら、受けざるを得ないわけで
かく言う私も、これまでに何度も受けています。
受ける必要の無い理不尽なものなど散々ですが、受けるべくして受けるなら
それを越えて見せてなんぼ、と捉えるようにしております。

ただし!
何でもかんでも全てそうであるとは思っておりません
基本的に、と言うすたんすですが
返す必要のある事もあるのです、それが相手にとって必要で大切なことならば
何のためらいも無く戻すこともあるでしょう。

人の肉体には、急所が存在しますよね
見える世界にはバランスである対極が存在します。
見えないポイントもあるという事です。

それらはその人を取り巻く外界との気の繋がる場所で
いうなれば出入り口でもあります。

開きすぎても閉じすぎても良くなく
このつながりは本当に正確に今を表現しています。

説明する事は出来ませんがあくまで言葉で言うなら
どちらか一方だけ強くすると対に付加がかかり
バランスを欠くことで生まれる不和が、
時には肉体不調であったり、時には運気であったりと
その時その人の心に気がつかねばならない結果を頂く・・・
と言うような感じです。

さて、話しを戻します
人をいじめると必ず自らに戻ってきます。
覚えていない頃合を見計らって、その頃の
一番大変で一番つらい時に戻ってきます。
これでもかというほど切なく一番体が弱っている時などに。

なんでこんなつらい目にあわなければいけないんだ?
何も悪いことしていないのに・・・

そう思う時だからこそ、大切な試練になるのかもしれません。

だからこそ、今
変えられることがあるなら、それって大きなチャンスですよね^^)

そう考えると
毎日チャンスなのです!

がんばろう!

^^!




合掌  浄霊師 神島千尋





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2012.10.19

念がこもる

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念がこもる・・・とよく耳にします。

念とは今の心です。

肉体で生きる私達は
感情と環境で成り立つ今の自分を中心にしています。
つまり五感で測れないものを見逃していく習慣を普通にしているという事です。

その「普通」が今の心となり
日常の中で特に目に見える世界感がほぼ全てとなり
その感情の中で発する・・・要するに心に描いた自分のイメージの力を
物に注ぎ込むとするなら、あくまで人の心の発する気と言う枠を超えません。

つまり、人の発する波動は
人それぞれ違います。
違う波動は、誰もがそもそも発する根本である心があるわけですから
当然感じているわけですよ^^!

好きなもの
嫌いなもの

その判断の元がこれなのです^^。
今まで自分では説明できなかった霊的な感性の正体です


中古の品には、必ず前の持ち主の気が宿っています
たまたま同じような波動であれば、違和感無くはじめから
調子良く使うことができますが
違いすぎる波動は反発と同じですので心が受け入れません。

受け入れないものを使わざるを得ないと
無意識ながら自らが気を避けようとしますので集中を削ぎます。
結果うまくいかない事ととなり、さらに嫌気を発することになり
そのマイナスの気がそのもにプラスされてしまい
好きになることは難しくしてしまいます。

例え一枚の紙であっても
そこに宿す気一つで
もち手の命を奪うほどの重さにもなれば
紙が神となることにもなるのです。

どう使うかは人の心そのものとおなじ。

人の念を込めるのではなく
自然の中に宿る本質に繋げることで
それその物は無限の繋がりを持つアイテムにする事も難しくありません。

あとは持つ側がそれを同受け入れるかだけなのです。

器とはよく言ったもので
小さなまま欲をかいても入るはずもなくこぼれては拾う無限の繰り返しではなく
入らないなら、それをまず受け入れる。
そしてどうなりたいのかを自らの行き方として定め
その為に今何をすべきかを気がつく事が始まりとなります。
何事も始めなければ動きません。

せっかく手に入れても
そのものに宿す気に自らの根本が入っていなければ
すぐに去っていくでしょう。

見栄や先に欲する結果で得たもので残っているものは
今ありません、その経験はなるほどと・・・今はっきり分かります^^)

必要のなかったものを手に入れるために
どれほど無理をして苦を生んでいたことか^^;


焦っても

一つ

ひとつ



また競っても

いやいや^^っ

まずこれをしっかり終わらせることが先。


そうして日常の中で常に頭に浮かぶ先に欲する結果の為の
今に気を向けなおすことで、
落ち着き、心が今すべきことに気を向ける

その習慣をまず自らが持たなければ
誰もが持って生まれた欲が
いつものように目立とうと前に前に出てくるチャンスを

心の一番ほどけやすいところからちょっかい出して狙っています^^)



中古で手に入れたものを
自分の気に早く塗り替えたいなら
それを上回る気で染めてしまうも一手。

まあ自然に塗り替えていくが本来ですが
不調になってしまうようなケースもありますので
あくまで力技として必要な場合に・・・と断っておきます。

鼻で呼吸を吸い込み息を止めます
その気をぐっと押し固め体の中心に光の玉が生まれるイメージを持ちます。
変わりに押し出される負の気を口から一気に吐き出す。
これを3回繰り返します。
呼吸が荒いままでよいです、その物を手にし
(持てないものは置いたままでよいです)
「え~い」と大声で言霊を通過させます。
そして自らがその物に明確に端的にお約束をしてみてください。
内容は何でも良いですが
その物への自らの心の挨拶とでも言っておきましょう。

「その内容」が“今の心”であり
それすなわち 念 なのです。

出来る事であれば
その物がこの人に持たれてよかった^^
と思える縁にしてあげると良いな~と感じます。

いずれかならず大事に
それこそ命をかけて救ってくれるかもしれません^^。

うそだ~と間髪入れず言う方がいます

でもね
私は過去何度もそうして助けられているのです
だから自信を持ってそう言えます^^。

まあ正確には
そう導いてくださるそちらの表現方法の一つでもあるのですが。


さて、沢山咲いているなかで
なんとも良い気を発する強い個性がひとつ。

ついお写真に撮ってみましたが
なんともはや^^。



合掌  浄霊師 神島千尋


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2012.10.11

操りつられ

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山の中をさまよい歩き
今自分が誰で何をしているのか
分からない状態の男性。

発狂しそうな思考の中で
心安らぐ場所を求めているつもりが
同じようにさまよう浮かばれぬ残留思念に飲まれ
自らを失い自分の思考では動いていない・・・

そんな中でも、涙を流しながら
自分を保とうとしている。

男としてどうあるべきか
それを通せなかった生き方
言えない、言わせてもらえない環境

反骨精神が正にむくなら強くもなろうが
心までコントロールされてしまう幼い頃から繰り返される言葉

その暗示はとても強いものがあります。

子供の頃の心の傷は、その後の人生に
大きな影響をだすものです。

しかし、傷つけたほうは覚えていないもので・・・

山に呼ばれる
山と一体になる

時々そうして山中を徘徊していしまうその初老の男性は
決してぼけ症状ではないのです。

根本的な原因ははっきりしているのですが
それを晴らせない人生で築いてきたストレスが
心を乱し、山に宿る神の言葉を受けるようになったのです。

正確には神と名乗る 霊

確かに威厳はあります
修行されていた行者さんのようで・・・。
例えば崇めてほしいご霊さまは実はとても沢山いらっしゃいます。
失礼ながら都道府県を代表する○○家さんなどは、成仏されない方が多いです。
利権に飲まれると、言葉をたくみに使うようになり
始めに行っている事と次第に変わってきますが
それを堂々と覆す風貌が現れるようになります、これが利害の一致の瞬間です。
自らの思考ではダメと言う判断の事由が、それを善しとする思考に引かれていき
そちら側の方便を使うことで自らも納得していくようになります。

必ずどこかで正すタイミングが訪れます
その時逃れるかごまかすかでうまく避けたとしても
必要がある限り、巡るのがこの世とそちらの世界のバランスによる法則。

私も時折痛い思いをする事があります
ありがたいです、早い段階で気がつくタイミングが巡るなら
早く全部来てしまえ!^^と思います。
次々重なっても問題ないです
この1,2年、苦渋の試練沢山です。

でも今元気で生きています
これに勝る幸せは無いですね。

命がある限り、やろうと思えば出来ない事はないです
実現するかしないかはどうでも良いのです。
それに向けて行動をしている事そのものが、それに向かう心を応援しているのです。
自分で思うことに向けて動けることが幸せであって
思いながら出来ないと決めてはじめから動かないなら
体を頂きながら生かしていないことになります。

私は今を生きたいと思う方を全力で応援します。

さて冒頭の男性
その後結婚し、今は新居に住んでいるそうです。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.10.04

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基本は水晶なのですが
信頼する石の仕入れ元さまが
時折珍しい石を薦めてくださることがあります。

めったに出回らない貴重な石や
これぞと言う一品など^^)

神島千尋のブレスを購入される方の多くが
後にグレードアップをされるケースが多く・・・
と言いますか7割方新しい石か連を増やしてくださいます。

そんな時、通常は出さない石を組ませていただくことがあります。
例えばシリアル入りの限定された石などもそうです。

さて、赤系統の石が好きなので入れて欲しいと言うご依頼で
たまたま・・・これも不思議な縁ですがある理由で仕入れていたカーネリアンを
組みました。

私の中で、赤を組むというイメージが無く
ご依頼に添って(正確には2度目なのですが)組んだものです。
10㎜水晶の最高グレードにルチル、黒と紫のアクセントに加えて
オレンジマダカスカルカーネリアンを入れています。

カーネリアンの波動と他のアクセント石との波動合わせがなかなか難しいものがありますが
流れは繋がるもので^^、持ち手さまの気を整える良きアイテムとなりますように
しっかり浄化封印ご祈願の中にございます。

ちなみに手前の親玉の彫りは龍です^^)

石の波動はそれぞれの性質により違います
綺麗な色合い同士を組めばよいというものでもなく
逆に言えば良いとされている組み合わせであったとしても
その石の互いの性質が合わなければ反発し合ってしまい
それを手にする方の感性によっては
さすような痛みを感じる事もあります。
これはピリピリと痛む石の波動によるものとは違い
上腕部に重さやだるさを感じさせるなど
明らかな疲労感を与えたりします。
その石を持ってから明らかに疲れやすくなったりが続く場合
それは石があっていないか、その組み方に問題があるかのなどの可能性が高いです。

水晶の場合は、調子を崩す事がありますが
一過性である事が多く、水晶や宿した波動による浄化が進んでくると
今度は改善されて来るものが多くなり、
常につけている事で、絶対的な安定を頂くようになってきます。

土地には土地に宿るものがあります
その土地に気を向けることで
地の気を素直に感じる事ができます。
素直に感じるという事は、その恩恵も頂くと言う事です。
これが自然の流れです。
土地の応援を頂けない人は
その地で何をしようとうまく行きません。
商売ならなおさらです。

全てにおいて同じ事が言えます。

たかが石
されど石

そこに気を向けるならその石は
全ての力を尽くすことでしょう。

石をもたれている方
どんな石であれ
それを大切にしてください。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2012.10.03

夕刻の無限

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朝日はいつも頂きますが
どちらかと言うと夕日の人です。

朝は決意とスタート
夕日は静寂と安定、かな私的には。

幼い頃から一番嫌いだった夕刻が
今では一番心安らぐ時となっています
それを求めているからなのでしょうね

必ず夕日を目にするタイミングを頂いております。

唯一のストレス解消の瞬間でもあります^^)
酒もタバコもギャンブルも、人生に必要ない中で
そうですね^^、唯一の娯楽のような時であり
出来る限り目で頂くようにしております。

ですので私のブログは夕日画像の登場率が花に次いで多いと思います。

何に惹かれるのか分かりませんが
私の波動がその時間の波長と近いのだと思います。
そしてもう一つ
それは色。

黒に限りなく近い紺色^^)

その基点から始まる前後のグラデーションはたまりません!(笑
つまり全体的に影的な構成のなかにふられる紅の映えは
無意識に撮ってしまいます。

ただこの瞬間はほんの一瞬で
撮りたい・・・どこかに止まろう・・・と
探しているわずか2,3分でもう輝きは消え闇が勝ってしまいます。

幼い頃
雪がしんしんと降りしきる深夜
妙に冴えて眠れずに窓の外を見ると

まるで昼間のような明るさに感動したのを覚えています。
田舎の景色のなかでどこまでも見渡せるその明るさにひかれ
見つからないようにそ~っと外に出て
普段なら怖くて歩けない夜道や山の周りを
静かに静かに、雪の中ではしゃいでいました。

月の光は
その時と同じでどこまでも届きます。
迷わぬ程度に見渡せるその静かな光は
必要なものだけを見せてくれる光です

必要の無い物は見えなければ必要を感じなくなります
必要なければ欲する気持ちは起きません。
逆に言うなら、必要のない物を必要と思わせることが増え
その繰り返しのなかで溢れている今
物質を置く事の出来ないそれより上の空間に意識を向ける唯一の瞬間が
夕刻なのでしょうね。

それまでの目線全てを闇で多い尽くし
必然として地平線や山なみから上に意識が向きます

そうか~、こんなに広いのに
何で自分は狭い範囲で悩んでいるのだろう、と
教えてくれているのかも知れません。

誰が?
神様であり仏さまであり

どこに?
目の前にいるじゃないですか^^!

目に写るその流れそのものが全てであり
その中にいながら心で感じ求める運気を
五感で欲する心身のズレがある限り
求めても触れられないのはこれ至極当然となります。

自らが心向けなければ
受け取ることは出来ません

扉は誰もが持って生まれています
その中央に手を掛けるか否かは
自らの決意だけです。

そこに、宗教や信仰は必要ありません!
自分で信じるその道を通すこと
その継続に必ず道はつながります。

合掌  浄霊師 神島千尋

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