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2012.10.29

起動

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季節の変わり目のなかで
暖かさから寒さへの切り替わりは
それ相応の準備が必要となります。

その準備を怠ると
切り替わりがないまま変化を迎えます。

追いつかないまま、積み重なる落ち込みの蓄積は
何かのタイミングで崩壊してしまう結果になりかねません。

それが心なら・・・
あがるチャンスを捨ててしまうこともあるのです。

表現と実質には
認識のズレが存在します。

髪の毛が大切な中枢である脳を守る一番上に存在し
言い換えれば神の気となる。
見える部分には、見えないバランスが繋がりを持っていて
心でしか視えない(感じる事の出来ない)部分を
いかにいつも忘れず、大切に慈しめるかを
今、その時その時の判断の中に
少しでも反映させているか問われているのが人生なら

反省しかないと感じる事ばかりかもしれません。

合掌をしながらお願いをする習慣
例えば昔日本中で論争となったいただきますが宗教的だからさせるな・・・と言う思い違い
その仕草がだめなら合掌する必要などないのです^^)
目を閉じ心で想い馳せれば同じことなのです、ただそれだけなのです。

人が助けてくれたとき、その人にどうします? の問いに
誰もが「御礼します」と即答します。
そんなの当たり前です、とまでいう事も!
  

では、助けてくれている先祖さまや亡き縁者さま方々に
そのお礼をしたことありますか?  と聞くと

多くの方が口をつぐみます。

日々お仏壇で手を合わせているので、お礼はしています! と言われる方にこう聞きます。
誰にお礼していますか?  に対して固有名詞を口にされることが殆どです。

なぜ流れが来ないのか
なぜ不運なのか
なぜ心が不安定になるのか
元気の源とは何か
自分がどこと繋がっているのか
自らの魂の発する気の性質とその方向性  などなど

そこから本題がスタートするのです。

それらを知ることは、心で視ることがどういう事かを始めて本質で意識する時間となります。
その心の扉を開いてからでなければ清めもお祓いも浄霊も
その場しのぎの行いで終わってしまう事になります。

半年1年たってから、こんな気持ちになるなんて驚いていますと連絡を下さる方がいます
信仰や宗教は悪いことではありません。
しかし人の世の都合が反映された概念を植えつけてしまうと
義務を生むこととなり、その義務は必ず無理や押し付けが始まります。

そうではない心の開放は、誰にも頼らず、自らが迎えたいと言う強い思いに体が揺り動かされ
大切にすると言う途切れないエネルギーを内側に宿るそこから頂き続けることになります。
その繋がりを持っている人は、物事に動じなくなっていきます^^)

そう言う人は誰が見ても良い気を放っていますから
人が自然に集まる中心に立つことになります。
しかし中心にいながら、利を得ている行動をしますので
無理せず皆で分担したり分け合う自然の流れを見せるため
その輪全体がそう言う行動をする人たちになります。

誰もがそうなる条件を平等に持って生まれています。
そうできるかどうかは自分の選択。
小さな判断から人生に影響する大きな決断も
それぞれ同じと言えます。

なぜか分からないが、自然に涙がでるのはなぜでしょう?

時折そう聞かれることがあります。

未成仏の訴えや無念も
自らの心が本質に触れたときも
守る側の存在やその流れの意思に通じた時も
自然に宿る気と同調した時も

自然に涙が出るものです。

それは心で見ている時に起こることでもあり
その感覚は心のステップアップに必要な最初の起動でもあります^^)

すぐに忘れてしまうその起動スイッチ
いつも入れておけると

人生変わりますよ^^)

合掌  浄霊師 神島千尋

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