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2013.05.08

気配を消す

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人に気がつかれないようにそっとそこにいて気配を消す。
そんな経験ありますか?

驚かすという行為は別として
その場所が好きでそこに居たい、または行きたいのだが
見られるのがいやであったり、なんとなく分からないうちにそこにいた事に・・・
というような感覚ってだれでも、何かの折に経験しているはずです。

人の気持ちってすごく複雑で
どうでも良いと思えることでも
気にしだすと止まらなくなるものです

そして不思議なもので
どこか無色透明な、でもはっきりと認識できる
「なんとなく知ってほしい」と言う
感情も、表面では完全に打ち消していながら持ち合わせていたり。

そんな心模様は

例えば亡くなっても思念としてそのままあり続けています



ストレートに姿を見せてくる事もすくなくありませんが
その多くがはじめは存在を見せません。
つまり隠れている訳です。

お話をしている時
土地建物の気をゆっくり触れて周る時
祭壇やお仏壇で手を合わせるとき
何気ない日常の行いの中で心の世界に触れる時

そんな行いの中である瞬間を境に 動き始めるのです。


隠れていながら
しかし存在をアピールしてくる。

いつも居る人に対しては
居場所を主張しますし、あるいは訴えもしますし、怒りもします。
浮かばれぬ思いをぶつけもしますし、
気がつかない事に明確な意思表示もするケースもあります。
時には腹いせと言うと語弊があるかもしれませんが
自らの負を、人の負により晴らそうとする事もあるのです。

人がそうであるように・・・・

「このままではバレる・・・
 この相手にはできれば相対したくない・・・」
と思えば、少しでも視野から外れようともします

私はその動きを逃しません。
人の形のまま影として横切って行きます
私が反対を見ている隙に。

意思表示は明確に
強さではなく覚悟を表します。

その上で、引き受けるのではなく
言葉をお渡しする。

それを生かすか無にするかはその魂次第。


自らが心開かねば、次は始まらず
力でねじ伏せれば、必ず歪が生まれます。

それでも力でねず伏せねばならない事もあり・・・・


すべきことは、できる限り精一杯。
その繰り返しの中で
昔のねじ伏せが、解かれる瞬間も時には巡り。


なるほど、時とはこういうものか、と
長い時間を必要とする大きな学びに
今あるそれが、無駄ではないな~と

いつも思えるのです。





合掌  浄霊師 神島千尋


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