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2013.07.31

シーズン

季節

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幼少期

私はこの世の不思議を何度も何度も経験しました。

一般に言われる霊的な現象と言うものではなく

人は、目で見えるものだけではない

人の五感でははかることのできない

しかしそれを疑うにはあまりに明確でリアルな

護りというものを私自身何度も頂きました。

正直それが無ければ間違いなく死んでいた数え切れない出来事の中で
私は自身の霊感を疑いなく使っていました。
護りにもいろいろありますが、直接物理的に救うという事ではなく
私の場合、事前に知らせを頂き、
その対処方法をシミュレーションしている感じでした。

つまり、次に起こることが映像で視えてくるのです。
全てのことが視えるわけではありません。
必要な時に必要な部分だけです
おそらくそれ以上は必ずバランスを崩すことになると感じます。

どのように視えるかと言うと
今それをしながら、その先に危険がある場合
それを進行しながら目ではそれまでの流れのまま見ているのですが
頭の中でそれと重なるように、しかしまったく違う視野で
もう一つの映像が明確に映し出されている感じです。
ただ、それは映像と言うこの世界のそれとは違う疑似体験のような
先に一度時間を飛び越えて実況しているような・・・
つまり明確にその映像のまま、再現されるように起こりました。

「自転車に乗っている私にトラックが幅寄せし、
 そのまま巻き込まれ引きずられる・・・」
そんな映像を体験しているように視ながら
同時に意識の中には
そのすぐ後ろに後輪のタイヤがあるので
絶対ハンドルから手を離すな!
そう言う感覚が心を支配するように一杯になり
そしてまた同時に、その後の運転手と助手席の大人が
あわてて降りてきて私をトラックの下から引き出している、
そんなシーンまであると言うのは
だから安心しなさい^^とでも言わんばかりですね。

4階のベランダを乗り越えてしまった時
10mmの細いテツの手すり1本たまたま掴んだことで救われたり。

命を救われたり、奇跡のような体験を
なさっている方も沢山いらっしゃると思います。


今いるという事は
成すべきことがあるからで
何をなすべきか悩んだり迷ったりしている暇もなく

できる事を出来る限りしていくしか

それしかないのです。

誰もが。



芽が出て
大きく伸びて
実って

そして無理を置く時が来ます。

でも一度置かねば
次が繋がらないなら
素直に手を離すこともあるいは大切なのでしょう。

どうしても離したくないと思えても
それが終わりを迎えているならば
次を始める唯一の方法となることを

この大地が教えてくれているとするなら

その流れに乗るのも悪くないものです。

なるほど、なにごとであっても
みな同じなんだな~と
素直に思えてくるものです。


さて、7月も終わります。
霊的にも一番にぎやかな時期に入ります。
この時期は土地や建物に現われる霊の姿が
はっきり見える頃でもあります。

霊障が起こりやすい方は
この時期から始まるケースが圧倒的です。

肉体と心はバランスで連動していますが
肉体面の不調は心とのズレを起し
結果的に心の隙に負の影響を受けてしまうもの。

規則正しい自己管理を大切にしてください。

合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.07.28

霊能者になりたい・・・

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よく通る峠の中で、毎回一瞬だけ見える心惹かれる場所
山はいいな~とつくずく^^)

~~~~~~~
霊能者になりたい人って
本当に多いです^^)
その質問のメールが毎日来ます^^)

人は誰もが霊感を持って生まれています
もしその霊力を疑わず信じきることができれば
すでに霊能者といえます。
霊感とは心そのもの感受性ですので
生まれながらに感性をうまく物理的なこの世界で
当てはめ切り替え応用しやすい人がいます。

しかしながら
思うことと行動がの折り合いのつけ難い
または思うことと行動が伴わない行いに
長い間支配されている人もいます。

人は何をしていてもどこにいても
すべて心で思うことが基点となってるのです。

できるかできないかは肉体の問題。
心で思うことには限界がそんざいしません
つまり限界を作るのはこの世のルールであり
しかしその限界があるからこそ
どう対処すべきかの選択がこの世界の次の結果となる

そう感じ始めると
ストレスや負、苦、それらがなくなってしまったら
そもそも楽しかなくなり、それは往々にして堕落への最短になるでしょう^^)

霊感は鍛えることができます
鍛えるというと語弊があるかもしれませんね^^;
自分の霊的な感性を知り、それをうまく応用すると
日常生活の中で、何事においてもつながりという流れを
感じるようになります。
そもそもある程度は誰のが常にその流れの中にありながら
そうと感じない私観の自己解釈で無にしてしまっている

しかし一度気がつくと、どれだけ深いんだろう^^!と思えるほど
心の世界がすべての源であると感じてきます。

一瞬感じてもすぐに戻る心
なんとなく理解したように思えた次の瞬間
いつもの現実と思考に戻る

その葛藤の繰り返しの中で
どちらが勝つか言えば、日常のマイナスイメージが圧勝です。

なぜ?って

人の思考は人である限りそうなるように
つくられているのですもの・・・

作られている?

そう、自然に悪いほうに意識が向くようになっているのです。

もう理由は簡単ですね^^!

そのなかにあって、
いただいたわずか80年前後の一瞬を
そのまま流される生き方としてしまうのか?
そうとは感じない意識を常に大切にし打ち破るように
輝く心を感じるk所とができるのか?

そう自分で決めることができるのです

「わかっているけど・・・つい」
自分の選択ですのでそれも良いと思います。

「大変なんだけど、決めたことなのでこれだけはがんばる」
自分の選択ですのでそれも良いと思います。

どこかで見たことがあるのですが、
有名なプロボクサーの方が言っていました

「めんどうなんよ、つい休みたい、
 寝ていたいと思うんよ
 でもな、そこでやらんかったら負けなんよ
 そこでおきて走る、
 そこでふんばって人より少しだけ多くやる
 そういう人間が天下とりよるんよ」

すごいな~と素直に思います
そうありたいものですね^^)

苦しいと思うことを一つだけでいいです
1日も休まずそうですね最低3年継続してみてください
その3年の中で、どれだけの惰性とマンネリと
めんどくさいのと気合と、うまい言い訳とその罰と
睡魔と気迫と、因果と。
どれだけの心の変化と葛藤を経験できるとおもいますか?

それを超えた上で、一つを貫く事の結果をいただく時
すでに霊感とは霊が観える見えないという事ではないと知るはずです。
思う事が思う通りであり、感じることが的を外れず
言うことが、自然にその通りになるとき

なるほど霊能力とは、読む力ではなく
理がある言霊に成就する必要があって成される事でもあるのだと。


もともと誰もがその力を持っています。
そうならぬは、言霊にうそがあるからで
そのうそとは、欲そのものなのですね。




合掌 浄霊師 神島千尋

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2013.07.24

心で描くことと現実のギャップ

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それぞれに道があります
添うことで方向は見えてきますが
外れると行く先を失います。

行く先を失ってもそこに集団がある限り
動いていかねばならない事態が生じますので
先が見えないまま、仮定した先を作ることで
一応動いているように見えるものです。

・・・

しかし、人の世とは常に試されるのですね

そんな事由ばかりの中で
純粋な心に触れるとき

やっぱり行いに応じた結果は逃れらず
その責任をおわぬ限り
何をどうしようとも、始まりは生まれないのですね。

そんな出来事を沢山見てきました

一つの不和が
全ての不運の始まりとなるなら

まず始まりを正すことは当然であり
それなくしてそもそもスタートラインすら生まれないのです。

ただそれだけのことである事も多く
最初になすべき事をせず

求める結果だけ最優先にしていしまうと
染み出した床を拭いても拭いても
源の修繕はしないまま、と同じ。


まず、
自分がどうしたいのか
どうなりたいのか
何をしたいのか

それを心に描くことは簡単です

次になぜそうしたい、そうなりたいのかを自らに明確に理解させること。

その上で、それがどこにどういう波及をしていくかを想像し
それが何を変え、何を生み出すかと言う大きな一つの物語を心に描き出す
それを繰り返し繰り返し時に編集し、

それがあるとき、突然実現したかのような楽しさや
うれしさ、高揚感、時には涙があふれ
動き出したい感覚になりながら
勝手に映画を見ているように思いも寄らないその先の展開が
描き出されるようになると^^)

もうそれは実現したと一緒と言って過言ではありません。
それに向かい動き始めていますから。

もし思い通りにならないと思うのは間違いで
それは現実の環境に切り替えて繋がっていると言うことなのです。

ただそうと感じないために
「そりゃ確かに言われてみればまあ同じことではあるけど・・・でも、」
となってしまうのです。


では逆に考えてみてください

その実現のために、その方の環境や身の回りにあるもので
それと同じになるように整えてあげたとします。
形は違うけど、結果は同じになるので喜んでもらえるはず^^!
とがんばってその方のために動いたとします。

先の言葉を聴いたら動思います?

「だって見えないし分からないし、苦しい今に変わりはないし・・・」

そんな上乗せに、大抵こうなるはずです

怒るか、または
「わかった・・・  もういいよ」  と離れるか。

どちらの結果になっても変わらぬことが一つあります。


それでも人は、次の願望をお願いし続けるのです。

すでに届かないとも気がつかず・・・・



それを意識する行いを一つ

たった一つでも良いのです。

生活の中に加えることが出来るかどうか


ただそれだけで



礼儀が生まれます




合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.07.22

地の拒絶

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住んでいる土地に宿る気の流れは
・・・とても大切です

そこに身をおく方が
その地に心を向けていないと
物事のつながりを絶つことで
大切さを意識できるようにしてくれます。
それでもなお無視した生き方をし続け
ごみの山にでもしておこうものなら
トラブルや危険などの手段で
意識できるようにしてくれます。
その繰り返しもいつまで続く訳ではありません。
いつか必ず放られます・・・・ 自然界に。

見限られるとそこから先は止まることなく
荒み朽ちていく時は早いものです


そこにいることを拒絶されると
住んでいられないほどの物理的結果か
生活に支障をきたすなどというレベルをはるかに超える
肉体的症状や精神的な極限状態まで追い込まれることもあるでしょう。

何も霊ばかりが起こす訳ではなく
霊障と同じ流れを地や場、宿る物が引き起こすことも・・・

実例をひとつ。


一人暮らしのその男性がいました
本来であればまだばりばり仕事をする40代後半

彼はその一戸建てに越してきてから
ある時を境に、体の重さや不調を感じるようになります。
自己所有の土地建物でしたが
不調ゆえにあまり出歩くことがなくなり
家の周りもそのまま放置し始めます。
別に放置がいけない訳ではありませんが
その土地により、流れはさまざまで
詳細はケースバイケースですので端折りますが
中にはそれではすまない地もあるということです
たまたまその地は流れを
大切にしなければならぬ地だったということです。
たとえるならその昔特別な祈願や多くの人々の苦を
何とか和らげるために今で言う霊能者やお祓師などが
日々特殊な法事が行われた場所・・・
といえばイメージできますよね。

そりゃ重いの何の・・・
頭痛腹痛、刺すような節々の痛み^^;
こりゃ苦しいわ^^;

すでに日常生活の中で起き上がることすらできなくなってしまった
家主さんにそう伝えると、しぼるようにこう応えました。

あちこちの病院であらゆる検査をしましたが
全身どこにも異常が無いといわれました・・・ と。

何人もの霊能者さんやお祓い師さんが来ているそうですが
結界、除霊、のろい、気のせい  さまざまなお話だそうです^^)

正直まず成すべきは地鎮祭
土地の浄化、供養、それなくしてなにも始まりません。
そしてそれをするために最初にすべきはお祓いではなく
見える世界での浄化

そう土地を均すこと
労をつかい、草をとり
地をならすように土を日にあて

そしてはじめて土地の浄化をさせていただく!

これがバランスです^^)


当たり前のことなのに
自らの運気や見える世界のご利益のために
見えない世界へ祈願する・・・

そこがすでに掛け違っているのならば
ずれた状態で何をどれだけがんばっても
はじめから流れは通じないまま、となってしまいます。

動けないからできないのもわかります
だからこそ人との縁がいただける生き方をしているか
そのとき試されます。
困った時助けてもらえないことが
実は人生の中で一番寂しいことなのです。

財産とはそういうものなんだと私は思います。

自分でできることをできる範囲でなさればそれでよいのです
地域にも区にもかならずそういうときの手段があります^^)
ありがたくお願いされたら良いのです。

以前もそこに住んでいた方は
結婚前の若者だったそうですが
不調になり、逃げるように出て行ったそうです。

そりゃそうでしょうね
浄霊師ですら、痛みを感じるほどの負が矢のように満ちる
重い空間なのですから^^;


合掌 浄霊師 神島千尋

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2013.07.20

気が失せる


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急にやる気が失せることって
誰にもありますよね。

しかし、この「急」の中に
本来は受ける必要のないもの、
または
受けてはいけないもの、が存在します。

明確な意思を持って隙をつく思念も
それはそれで縛り囚われているものがありますので
大変なのですが・・・
それとは別に、純粋な無邪気は
その性質が自己中心的なので言い方は失礼ですが
とても厄介なものです。

思春期前後の思い込みの激しい心のまま
またはもっと幼い心は
妬みや嫉妬もストレートで
表現も明確ですが通そうとする押しの強さの分
退かない強さも比例します。

この波動に同調してしまう大人が
今とても多いのです。
押し通す強さは悪くありませんが
自分の思い優先ですごせる時期はそれはそれ。
しかし自分の成長とともに次のステージに入るのが人の道。
小学校と中学では人との接し方が違うように
10代、20代、30代、40代、50代、60代と
それぞれその流れの中で昔と同じことが通用しなくなってくることで
切り替えていくことを必然としているはずなのに
それがないまま、自分の思いだけを押し通す行動には
心が伴わなくなり、自分でありながら自分でなく
食べても飲んでも、寝てもさめてもすっきりせず
感情も薄れ、苦を逃れる為の思考と時間だけが過ぎていきます。

時には無駄な時間も大切です
しかしそれは後にその時間があったから
今があると思える転じ方をしてのこと。
「いつかそうなれば、無駄ではなくなる」
は、漠然とした言い逃れになりかねません。

気を使いすぎると苦しきなります
しかし気を使わないと次の運気はつながりを持ちません。

ではどうしたらよいの?

違う違う、
どうしたうまく行くのを言葉で求めるのではなく
まず何を捨てるべきかを気がついたほうが良いと思います。

欲しい
捨てられない
できない
どうしてもそうでなければ嫌

自分の心のそれが、苦 の源なのです。

捨てることが難しいなら
緩めてみたら、それだけで

それだけで、楽になるものです^^)

無邪気な霊魂は
我の強い偏った心と体のズレたバランスで歩いている人が
ふと立ち止まった瞬間に入り込みます。
突然震えだしたり、奇声を上げたり
痙攣したりなど・・・・
いたずらで憑くことだってあるのです。

それはつまり
付け入る隙を、自分が作っていることともいえるのです。

規則正しい心身の日常的な生活習慣や流れが
実は最大の自己防衛術と言える事を知ってください。



合掌 浄霊師 神島千尋

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2013.07.19

無題

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物事には始まりがあります
その始まりは全てにつながりますが

そもそも自らの起はどこでしょう

今の自分
何をしている?
どんな状況?
周囲環境人間関係学校仕事

どこで何をしているとしても
今ここにいることに変わりはない


ある人が言いました

意味や目的が無いとダメなの?  と。



人は繰り返すことで習慣が生まれます
良い習慣も、時とともに惰性になるもので
つまり行動と心が、
あまりに少しずつ自分の都合に偏っていくものだから
いつしか伴なっていないことに
まったく気がつかない今になっているものです。

私もよくそんな無意識のズレを
事あるごとに気がつかされます^^)

物との関係も出会う人も
そんな流れの中で必要があってなるべくしてなるんだなと
その時々で納得できることばかりです。





さて、
ここ一週間ほど何度も心が揺れて揺れて仕方ない
先日地震ありましたが、またありますかね・・・
すでに大きな流れに入ってはいますので
いずれ避けられないとはいえ
自らの霊的な感性大切になさってください^^)





~~~~~
そうそう
おチビさんですが(あ、子猫のことです)
もうね、やんちゃになっております。
目に映る全てを攻撃対象としてロックオンし、
朝自宅神棚やお仏壇に行くと必ず突進してきます
完全に喧嘩モード全開で^^;
合掌していたら下からジャンプで合掌にジャンプされ
両手の甲に爪が・・・

生傷絶えません><)泣っ

それでもまだ外が怖いちびすけでございますが^^)



合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.07.18

久々の更新お許しを^^)

新幹線で移動していると
その地ごとの季節をドンと感じますね。
やはり暑さは地域により違います
長野に戻ると深夜や最終の頃ですが正直寒いです。
寝てても夜中寒くて布団にあらためてもぐるこのごろ^^)


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さて、
以前も書いたと思いますが
このところ続けて聞かれることがありましたので
私のブレスのお話をすこし。

私のしているブレスは3連となっております
これは意味があってそうなっているのですが
通常のブレス3つ分を組み合わせています。
つまり広げると一つの大きな輪となっております。

例えば出先などでお数珠を持っていないときでも
その代わりになるようにと思い
お数珠同様の組み方をしているのですが・・・
仕事柄、個人的な用事で出向いた先で
どうしてもと浄化を頼まれることがあります^^)

致し方なことですが、そんな時にも
必須なものとなります。

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通常のブレスと違い、
私の場合物理的ではないのですが・・・
まあ波動的とでももうしましょうか
ある意味酷使している状態でもありますので
かなりブレスも大変な役回りをしているといえます。
ですので週に1,2回は浄化しております。

それでも、相談や浄霊のケースのよって
頻繁に浄化しなければ追いつかない事も多々。

私のブレスを見て、組み換えの時
一度バラすのですが、どうせならと言うことで
2連、3連に作りかえる方が増えております。

2連とはブレス2つ分を一つの輪に、
3連も同じく3つを一つに組んだものですが
重なり部分がありますのでそのままではきつくなりますので
その分玉を増やして組んでおります。

過去何度身代わりになってくれたことか^^)

考えてみると10年近く前でしたか
心霊プロジェクトで全国から心霊写真を集め
イベント終了後の大きなお焚き上げ供養をした際
切れたのが最初でした。

その時は、携わったスタッフ(総勢20名以上)
そのほとんどがその後一週間最悪の不調に見舞われた経験も^^;

不思議なもので
波動が同調したものは
その物の特性により
いずれにしてもお役目を果たしてくれるものです。

ある物は身代わりもあるでしょうし
あるものは、ここぞと言う時の助けを生み出しくれたり。

これは詳細をお話しすると
必ず誤解なさる方がいますので端折りますが
人は困ったと思う時、実はまだそれほどでもないもので
そのごどうにもならない、と言う状況にいながら
まだどうにかなるもので
いよいよ追い込まれ八方ふさがりになり
初めて本音で本気で本来すべきことに目を向けるようになります。

その繰り返しの中であっても
まだ力を貸していただけないなら
それはその段階ではないということを
物を言わずに教えてくれているのかもしれません。

お役目を終えたものはしっかり処分する事
それが供養です。

必要の無いものをため込むは縁結びのみで区切り無しになります。
区切りがなければ次は生まれません^^!
次が無いという事は、これまでを継続するということなのです。
今がよければ継続はありがたいですね
でも、今が良い流れではないのであるなら
次を願う前に、まず区切りをつけ一つを終わらせなければ
何も始まるはずも無く


身近なところでいうなら
埃あるところはそもそも^^、ですね。


合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.07.04

香の煙はかすかなれど

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いつもの空気
いつもの景色

同じ床と壁
同じ色の時間


ドア


装飾

家具も食器も
リビングも居間も

祭壇でもお仏壇でも神棚でも

そこにいるひと時は

「自分の為の空間ではなく
 自分も含めてその空間」

になってみると
それまでとは風景画違って見えます。

なぜならば
自分の都合で見ていた物が
自分のその中の一つとなって感じる事が出来るからです。


そうか
そう言うことか。

と、同じ日常の中のそれらに
あるいは申し訳なく思える接し方をしていたり
いかに無駄な事で粗末にあつかっていた事が視えてきます

その小さな気付きはやがて
大きな雫となって
心に波紋を呼び起こさせる可能性を秘めているのです。

その波動は静かに染み渡り
その周囲の雰囲気として染まっていきます。

しかしその波紋に無理をかけると荒々しくうねりはじめてしまい
その余波は周囲にしわ寄せを生んでしまいかねません

例えば、居やすい場所とそうでない空間の違いもそれです。


ただ・・・
常に前者でいられるかと言うと
それは理想であって現実的に人の心は
いつも揺れ動いているものです。
またそうでなければ人ではありません^^)

時には落ち
時には怒り
喜び、穏やかになりの繰り返しです

そのなかにあって一つはじめるとしたら
やっぱり朝おきたとき、1分でも2分でもよい
心穏やかに澄んだ心の水面をイメージしながら
そこに綺麗な雫から広がっていく輪をイメージしてみたら

気持ちよい朝だろうな・・・と思えてきませんか?

ただそれだけなのです^^)

でもね、それを繰り返していると
その結果はすぐに現われるものです。


その結果を頂くころには
すでに空間と心が繋がりを持つようになっています

そこで次の流れに入るのです

例えば、お香

揺らめく煙も悪くありませんが
心で信念を煙に込めるのです

 「立て」

とね。

素直な心のその先にいきなりアクセスし始め
呼吸一つ乱せなくなります
姿勢を崩せなくなり
連動するように香の煙はまっすぐ伸びようと
気の流れが応援し始めます。


そして香炉から天井までまるで定規でひいたように
煙が一本のラインとして立ち上がる瞬間
先のビジョンが決意のように明確に心に入ってきます。
このビジョンは予知や霊感で視ているものもありますが
その多くは実現の始まりなのです。

成すとは何か?

心で思うことを実現する大きな鍵は
心に描くビジョン

この映像に欲が一瞬でも介在するとその瞬間無に戻ります。
しかし無意識の領域である6番目の感覚を、
五感の世界のなかにありながら正しく触れるようになってくると

成すことの大切さを知ることとなり
自然に成し方も会得していくようになって行きます。


そして・・・・
必要の無いものを自然に失っていくのです


失うことは悲しいことではなく

苦を滅するありがたい時と捉えるようになっていきます






合掌  浄霊師 神島千尋





浄霊師 神島千尋 MysteryZone

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