霊能者になりたい・・・

よく通る峠の中で、毎回一瞬だけ見える心惹かれる場所
山はいいな~とつくずく^^)
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霊能者になりたい人って
本当に多いです^^)
その質問のメールが毎日来ます^^)
人は誰もが霊感を持って生まれています
もしその霊力を疑わず信じきることができれば
すでに霊能者といえます。
霊感とは心そのもの感受性ですので
生まれながらに感性をうまく物理的なこの世界で
当てはめ切り替え応用しやすい人がいます。
しかしながら
思うことと行動がの折り合いのつけ難い
または思うことと行動が伴わない行いに
長い間支配されている人もいます。
人は何をしていてもどこにいても
すべて心で思うことが基点となってるのです。
できるかできないかは肉体の問題。
心で思うことには限界がそんざいしません
つまり限界を作るのはこの世のルールであり
しかしその限界があるからこそ
どう対処すべきかの選択がこの世界の次の結果となる
そう感じ始めると
ストレスや負、苦、それらがなくなってしまったら
そもそも楽しかなくなり、それは往々にして堕落への最短になるでしょう^^)
霊感は鍛えることができます
鍛えるというと語弊があるかもしれませんね^^;
自分の霊的な感性を知り、それをうまく応用すると
日常生活の中で、何事においてもつながりという流れを
感じるようになります。
そもそもある程度は誰のが常にその流れの中にありながら
そうと感じない私観の自己解釈で無にしてしまっている
しかし一度気がつくと、どれだけ深いんだろう^^!と思えるほど
心の世界がすべての源であると感じてきます。
一瞬感じてもすぐに戻る心
なんとなく理解したように思えた次の瞬間
いつもの現実と思考に戻る
その葛藤の繰り返しの中で
どちらが勝つか言えば、日常のマイナスイメージが圧勝です。
なぜ?って
人の思考は人である限りそうなるように
つくられているのですもの・・・
作られている?
そう、自然に悪いほうに意識が向くようになっているのです。
もう理由は簡単ですね^^!
そのなかにあって、
いただいたわずか80年前後の一瞬を
そのまま流される生き方としてしまうのか?
そうとは感じない意識を常に大切にし打ち破るように
輝く心を感じるk所とができるのか?
そう自分で決めることができるのです
「わかっているけど・・・つい」
自分の選択ですのでそれも良いと思います。
「大変なんだけど、決めたことなのでこれだけはがんばる」
自分の選択ですのでそれも良いと思います。
どこかで見たことがあるのですが、
有名なプロボクサーの方が言っていました
「めんどうなんよ、つい休みたい、
寝ていたいと思うんよ
でもな、そこでやらんかったら負けなんよ
そこでおきて走る、
そこでふんばって人より少しだけ多くやる
そういう人間が天下とりよるんよ」
すごいな~と素直に思います
そうありたいものですね^^)
苦しいと思うことを一つだけでいいです
1日も休まずそうですね最低3年継続してみてください
その3年の中で、どれだけの惰性とマンネリと
めんどくさいのと気合と、うまい言い訳とその罰と
睡魔と気迫と、因果と。
どれだけの心の変化と葛藤を経験できるとおもいますか?
それを超えた上で、一つを貫く事の結果をいただく時
すでに霊感とは霊が観える見えないという事ではないと知るはずです。
思う事が思う通りであり、感じることが的を外れず
言うことが、自然にその通りになるとき
なるほど霊能力とは、読む力ではなく
理がある言霊に成就する必要があって成される事でもあるのだと。
もともと誰もがその力を持っています。
そうならぬは、言霊にうそがあるからで
そのうそとは、欲そのものなのですね。
合掌 浄霊師 神島千尋
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