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2013.10.26

浄霊

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霊を浄化するとはどういうことでしょう

それを自分の生きる道としている方により
説明は異なるでしょう

ですが、共通する言葉があります

あ・・・どこぞの宗教云々とは無関係ですよ、はい^^;


魂の波動(それに限りませんが)は、様々な視えかたをしますが
一般的に共通する認識として広く使われるのが光として見える状態。

比較的簡単に視ることができる波動と言えます。

正直誰でも見えるはずです^^)

そう感じてないだけで、
日常の中で常に見えてはいるはずです。

どこに意識が向いているかで人の視野は
写ってはいるけど認識するかしない事が多いものです。

それ何?
どれ?
それだよそれ!
何が?
隣に置いてある丸いの・・・
は?・・・これなんだ?全然気付かなかった。

と言うように
何度言われても目の前にあるそれに気がつかない
こんな経験だれにもありますよね。

目には写っていても意識がそこになければ
見ているのに視ていないとなります。

心の世界も同じことが言えます。
常に人の周りに存在し
常に関与しているのに
誰もそこに目を向けようとせず
結果、助けていただいていることも
護っていただいていることも気がつかず
当たり前にすごしているうちに
本当はありがたい今の繰り返しのなかに居ながら
不平や不満、愚痴や文句を言葉と言う波動で
周囲にまきちらす・・・


それでも求めるのは、幸運・幸せ
「何かいいことでもないかな~」 


ではここで気持ちを切り替えて
自分がそちらの存在だとします。

__________

もっと輝きたいけれど、
今の自分の光になるまでに
これまでしてきた事を考えれば
精一杯の光だな^^)

少しでも心穏やかに
すこしでも前向きに
すこしでも強く広く高く
その思いを光の波動に載せて後ろから
何度も何度も

繰り返し繰り返し

止む事のない波紋を波動として送り続け
幼かった君が家族を持ち
自分がしていた事と同じ事を子供がすると
やってはいけないと叱っている。

子供は泣きそうな顔で君を見ていると感じているが

その幼い目は君ではなく

私を視ていることに気がついて欲しい。


それを知る心と
それを知らない心では

そもそもステージが違っているのだから。


命を頂き、長くも短い人生の中で
心の奥深くで気がつかなければならない
大きな大切な課題が存在し
例えば子供がどこを見ているか
子供を通して視せることで
気がつけるかどうか問われているなら・・・

自分の倫理観を押し付けることを教育と勘違いしてしまう心が
自分がするのは良くて人がするのは許せなくなってしまいます。

________


押すより
退くほうが

難しいのです。

退ける心に
無理は遠ざかります。

しかし、退くためには押す力も持っていなければなりません。
これがバランスであり
どこに比重を置いているかの答えが

今の結果となります。


その結果の継続が安定となるなら
その安定は負に染まらない魂という事であり
心の浄化が成されている日々となります。


浄霊とは、己の心の浄化であり
つまりは、さまよう必要のない魂を
人生のなかで培ったとなるのでしょう。


それが次の時代になるなら
今邪気の多いこの世の意味が見えてきます。


合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.10.24

騙す宗教家

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ここのところの台風も
例外なく遠征中だったりしていますが
一番接近する時は確実に新幹線・・・
ニュースでは止まっていると聞きつつ
ダメならそのまま車で高速移動しようと覚悟して
とりあえず駅に行ってみたら
天のスケジュール^^?のおかげで
乗る新幹線だけはぎりぎり運休を免れたりなど^^。

その後携帯に災害緊急速報がポンポン入りつつ
大丈夫かな~と相談室に戻ってくると
枝ボッキリ折れてました。
好きなもみじだったのですが
枯れ気味で、耐えられなかったようです。

今期猛威をふるう台風に
大変な思いをされている方々がいらっしゃいます
また週末にかけて接近しておりますので
気をつけてください

~~~~~~~~~~~~~~~

秋も深くなってきました。

幾度も幾度も騙された人と会いました
人生の中では冬と言える状態

神さま
仏さま
金銀様々で華やかな儀式的造形物や骨董的な品まで
大きな箱や袋に抱えて来られました。

親戚にもお金を借り、人を介してまで高利で借金し
「これをもっていないと命が危ない」と・・・


結果、それを持つことで生じた現状により家庭が危ない状態。


誰が問題を作ったのか
何が危ない状態を起しているのかと言えば

それを買わせた宗教家です。


ご本人から望んで購入したのなら何も問題はありません。
ですが、命の危険を言葉にして購入する気持ちにさせる
説得する一つの手段として恐怖と言う暗示をかける

数百~数千万もの買い物を借り入れさせてまでする必要を
神様仏様が必要としていると思いますか?
それが必要なのは 人 です。

今一度言います
自ら購入を求めて行ったのなら問題ないです


普通に考えればよいだけです^^)


ふつうに^^!


「支払った金額はすぐに戻ってくると言うので・・・」 過去何度も聞いたキーワード
「戻るってどういうこと?」と聞くと
「宝くじや臨時収入で同額がすぐに戻ってくると言われて・・・」と。


いつもながら絶句です。

相談内容は「その返済をどうしたら良いか」なのです。
家族は知らず、話すわけにもいかず、すでに滞り
もう後がない八方ふさがり・・・


あのね
お金を稼ぎたい方はどんどん稼がれたらよいと思います。
でもね

これだけははっきりいえます

お天道様は見ているのです

目で見えるものだけを追えばとりあえず結果は出せます。
これはそれをしているのですから強引であれ結果は当然出ます。
しかし無理のごり押しは必ず歪を生みます。
その歪はゆっくりと少しずつたまりを作り
時には更なる無理で
一度つまりを解消させる出来事も起せるのですが
それは解消ではなく、更なる大きな歪の
二重重ねとして先送りしているだけなのです。

若い頃は徹夜できても、30代40代では出来なくなります。
時とともに肉体は必ず衰えてきます
しかし心のそのままの状態では、先細りしかない現実。
肉体が衰える代わりに心が上がって行くと
新しいバランスを得ることが出来るのも人生なのです!

この方程式をどう作り上げるかが人生と感じます^^。

しかしそれが成されない場合
一番苦しい時にあわせてこれ以上寄せられない
先送りにしたしわ寄せのタイミングが訪れるのです・・・
それを不運とか壁と言います。

越えられないと感じさせなければ壁ではなく
どうしてこんなに大変なことばかりなんだと感じさせなければ
克服にはならないからこそ、苦の対極は存在が大きいのでしょうね。

何度も書いていますが、
今の人生のなかで克服できるならありがたいことです。
今生で清算できない行いを重ねている事がないか
改めて考えてみることは大切です。


物事は表裏一体

昔私はこう思っていました

今が楽しければそれでよい、と。

その結果、苦しか生まれず
苦のなかにありながら、さらに楽を優先させる繰り返しが
一度全てを壊さざるを得ませんでした。

今思えば、それがなければ転じることはなかったのも事実ですので
よい経験であり大切な時間だったとも思えます。

少しでもはやく転じることができれば
すこでも早く心と体のバランスの転換が起せます。

すると利他の流れをすこしでも多く起こす事もでき
その継続が人の生きる道となるなら
貫くことの大変さを痛感させられながらも
心で受け取る大きな流れに触れていることの絶対的な安堵は
身の回りに必ず大きな変化を起こせます。

今生一度をどう生かすか、
かんがえてみませんか?





合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.10.23

波の応酬

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人の欲の渦巻くところには
それぞれの想いが交差している

派閥争いの激しい部署は
憎悪が一つの波となり
表向き皆普通に装いながら
飲み飲まれの応戦の日々となっているのです。

そんな心から吐き出される嫌味や憎念が
同調するもの同士惹かれ合い
負の寄り集まりとなる念は
霊感ある人には黒い影で視えます。
複数の意志も一つとなれば
それなりに容姿も整うもので
人のような形として動いているケースもあり
そんな波動に対抗する別の容姿も当然居るのが常。

にごる水溜まりにはって心地よさを感じる人はいないのと同じで
そんな邪気の満ちる空間に身を置く人は
その気に触れていることになります。

最初は気を張っていることで偶然か必然化・・・
防御出来ていることが多いものですが
何事にもいえることですが
時とともに、そうなるまいと思っていても
自然に染まっていくのが普通です。

普段目にしているものは気がつかないうちに
慣れてくると、他と違う色や匂いに染まっていますよね^^;
それと同じ。

そうとは気づかずに負の念にすこしづつ染まることで
始めは多少の不調を、騙し騙し乗り越えることで
慣らしてしまい、次に来る不調も同じように何とか乗り越える術を見つけ
そんな変調を、いくつか当たり目にしている今を普通と定義し
そこを基準として物事に当たっている方が殆どと言って過言ではありません。

潜在意識では嫌と明確にしているはずが
表向きの心では、それを致し方ないとし自らを納得させ続けることで
表面では普通に見えている今の中で
しかし、確実にしわ寄せが動きとして現われていることを
周りは気がついているのですが
本人はそれをまったく認識していないものです。

癖もある意味その一つ。
動きの中に、心の危険を表すものがあります。
不覚筋動とは違いますが、近い現象といえます。

発狂しそうなほど耐えているとき
どうにもならずに耐えつつガッと力を込める握りこぶしをつくり
震えるように全身力を入れるように動いてしまう。

一瞬現われる「わなわな」としている感、とでもいいましょうか・・・


心の浄化は大切です

自分の心の開放を考え、意識してみること。

それが自分を救うきっかけになるなら
まず自らを救い、それを継続する事で得られる安定が
その周囲にもたらす波動 となります。

その波動が先のお話しの逆を作り出すなら
その波動にあつまる同様の波動同士の満ちる職場には
明るい波が応酬し、そこに身を置く人もその波に染まっていくのです。

その始まりは、今の自分の心一つで決まると言えますし
その始まりを作った一人が、
どこかで一つの命を救う結果に波及していきます。

救われた心には、その心を応援する多くの守護が存在し
その守護は、始まりを作ったあなたの心に感謝をもたらします。

その結果は大きな財産として戻ってきます。


この財産と言う言葉で思い浮かぶイメージが
今のあなたの「心」そのものです。



合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.10.15

さあさあ

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強くなりたいとおもうなら
鎧を捨てること

願いを叶えたいなら
願わないこと

穏やかな安定を求めるなら
嫌なことを率先してやること

まず動け
次に動いて
最後まで動く

それができないなら人に色々言うな。


こんな感覚で生きるように努力を始めてから
人生の流れは劇的と言えるほど変わりました

そして、そこに見えない側の縁が
深く介在している事を経験で見せていただく日々をいただけるのだと

深く痛感しております。


若輩者でありながら
倍以上もの年齢の方との話しの中で
頭を下げられると
こちらが申し訳なく思います。

ですが、輝きを戻した目は
私より若くそして確実に力強く
やはり人生の先輩には敵わないな~と思いつつ^^)


人里離れたやまあいの
そのまた奥に
時の流れを止めたようなのどかな風景が広がっておりました


深い悲しみを越えた今
それでも気がかりが一つだけ心に一つ

そんな家族とお会いしたことがあります。

どれだけ苦しい時間を経てきたか

それでも今の笑顔になるために
出来る事をがんばっておられるおとうさんとおかあさん

僕は縁がある先々で
必要とあらばお仏壇のお掃除から始めることがあります。

するとね
見えない奥の重なった古札の
さらにまるまった仏画と縁起物と
あと良く分からない大切らしい紙々や物々を
出し終えた下に、香でいぶされた茶色いほこりと同化した
倒れた仏像が現われることがあります。

そして、往々にしてそのお仏像が
いつからそこにあったのか知るものがいなく
家族は顔を見合わせることが少なくありません。

その家の宗派にあわせて
配置をさせていただくのですが

その行いひとつひとつが次の本題への
まず先に本来すべき大きな3つの一つとなりえます。

もし
家のお仏壇が手のつけたくない状態になっているなら
まず手を合わせ

失礼します^^!と気を込めて
一度しっかり掃除と言う浄化をさせていただいてみるとよいと思います。

本来開眼している本尊さま含め
手で触れたり動かすことは致しませんが
ここは一つ
「申しわけありません、一度しっかり気を整えさせていただきます」と決意を述べ
始めたら最後まで一定のリズムを崩さす
しっかり磨き上げてみせるも人の生き方を示すことと成ります。

季節の変わり目
気持ちも変えてみるよい時期かもしれませんよ!

さあさあ

^^!


合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.10.09

寝ているときに忍び寄る影

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人は人として生きていながら
肉体の拘束を離れる瞬間が二回あります

その一つが寝ているとき

この時心は魂としての霊的な繋がりの中にいますが
しかし肉体は確実にここにありますので
ここでも、通常とは違うことが起こっているのです。


寝ているとき、金縛りにあう経験の話し聞きますよね。
肉体と魂のバランスを意識している人は
金縛りにあいません^^!

ですが、金縛りの時によく言われる
霊が現れる話や、霊が触れようとしてくるなどの話・・・

実際はどうなのか?と言うと、
幻覚や思い込み、
錯覚であることは非常に多いのも事実ですが
しかし あながち遠からずと言えます。


例えば夜中にふと目が覚め
はっとするように目を開いたら
目の前に覗き込む人の顔が浮いていたら・・・

今回初めてお話しますが
私はほぼ毎晩そんな状態です。

で、慣れっこなのでそのまま眠ります^^)

私のような家業は、まあ詳細は省きますが
いろいろ受けるのは致し方ないといえます。
悩み苦しみ妬み嫉妬、人の感情は様々で
生きている人も亡くなっている心も
感情はそのまま同じなのです。

覇気の強い人には、
寄りたくても寄りにくい想念も沢山あって
それはすごく良く分かるのですが
本来自ら責任を取らねばならないはずが
肉体を失っても尚
逃れようともがく残留思念などが多すぎるので
それらの影響を回避できないような環境が
今の世の中、と言えてしまう・・・
この世にはそんな無数の3世の想いが大河のように流れ
それはそのまま宇宙の縮図のようでもあります。


さて、話を戻します

私^^)
先ほどのお話の通り、寝ているとき良く覗かれています
そして目を開けるとすーっと退いていきます、必ず。

覚醒した瞬間ですので、
認識するまでに多少時間のかかる時もありますが
まあいつも目を開けると最初に目が合います・・・
するとすぐにさーっと視界から離れようと
退いていきます。
退いた後は明るい気のみ残っています。

この時現われる霊は、
その姿形色で明確に分かれます。

覗き込む霊は影を纏って来る事が殆どです
その系統は、普段は決してまっすぐ現われません
どこか潜んでいるように忍び寄ります。
つまり隙をうかがって現われます。

これを普通の肉眼で捉えるとしたら、
視界に入るか入らないかの間合いで
スーッと移動しているように見えると思います。

部屋の中で黒い影が動いたように感じる人、
結構いると思いますがそう言う事です。
つまり・・・肉体の拘束を離れている時に
寄りやすいという事です。

光が室内を流れるように移動していることもあります。
必要以上に心配なさらずとも大丈夫と思います。
発光体の話は何度も書いていますので
今回も端折りますが
例えば霊的な存在だとしても、
それによりどうこうなることはよほど無い限りありません^^)
笑顔を向けてあげればよいと思います。


ps-そうそう  ^^;
   寝ているときもお祓いしている事があります
   夢でね・・・  (笑





合掌 浄霊師 神島千尋


浄霊師 神島千尋 MysteryZone

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2013.10.08

集団による思念の攻撃は、魔と同格

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人の念の中に
集団による念の攻撃が時折起こります

そんな集団による念の攻撃を受けているケースを
仕事側、よく見ることがあります・・・

ある意味、起していると言って過言ではないケースもあり
悪意の強い攻撃的な念を集団の総意となっているにも関わらず、
無意識で行うことで罪悪感を無くしていく複数で構成される輪が
結構存在するものです。

どこか中心的になる存在がいて
従う補佐がいて、囲む人、繋ぐ人
空気を変える人、ついていく人
離れられない人、離れたいのに離れられない人、

立場は違えど、人間関係はどこに行っても統計的に似通っていくものです。

人はしたことを認めて欲しいと誰もが感じます。
それは大切な事であり、主張はどんどんして良いと思います

ただ、通らないとき、見返してやる・・・
と言う気持ちになりやすく
それが極端に表に出てくる魂の傾きを現す方向性の持ち主がいます。

「自分のほうが先だから、それより後の人が先は許せない」 


そしてそれをゆるさない意識が、それを出す前から少しずつ少しずつ
様々な出来事や、折々にその感情を一瞬剥き出すことで
押さえ込む抑止力を形勢させていく

その結果

怒らせると怖いので、逆らわないでおこう
これをするとキレるので、しないでおこう


言葉にせずとも、それらの感情は周知のルールとなって行くもので
結果、そこに暗黙の了解と言うその集団独特の輪が出来上がります。
輪は囲いでもあり、一度結ばれた囲いはなかなか崩せるものではありません。

ところが、面白いもので
一つの流れが出来上がると、その流れには一定ごとに
新しい流れが縁を結ぶようになっています。

例えば新人、立場の逆転、反発、派閥、ねじれなどなど

流れがあると言う事は当然そこにもプラスとマイナスが存在し
一つの形勢も、良いときと反復する作用の繰り返しで試されていきます。

誰もが良いことを望みます
しかし片側だけで見据えている習慣に染まると
今の状態からの脱却=特別な出来事や物理的な結果、を望み
何かよい事が起こらないかな~と言う感覚で見てしまい
何もない事そのものが、実は一番ありがたいと感じない人になってしまうのです。

少し角度を変えて考えてみると良く分かります。
楽しそうなグループに運よく入ることができたとします。
始めは憧れの輪だったのでそこに居られるだけで楽しくて笑顔だったのに
なれはじめる頃、外からでは見えなかった、知りたくなかった事もすぐに知ることとなり
それでも自分は良い感覚でいようと決めていたのに・・・
いつしか嫌われないように気を使い、少しストレスも感じつつ
ある時些細な出来事から、不穏な空気が満ち始め・・・

輪に入る前は、よい事もなく見るもの聞くもの
感情もわかず不運や境遇に嫌気がさしていたのに
今の状態からしたら、そのほうが気楽で全然良かった・・・

ケースは違えど、誰もが添う思う瞬間があるはずです

つまり、[今がどう存在しているか]を
「後の自分が気がつく瞬間」を経験していると言う事です。

そして、知ることができても戻ることは出来ない、と言う事実^^)

戻せないその過去の事由をどう動かせば良いのか。

人の傾向とは同じように傾きやすい事を先に示しています
過去の経験として。
そう捉えていくと、長い目で見ていくことで次に転じるチャンスが生まれます

次に同じような流れが来たとき、すでに経験している失敗を繰り返さないように
生かしていけば、結果は反対に転じやすくなります。

それでも人の心はどこか必ず自分本位にうまくすり替わって行きますが
100%自己中心だった感情から、パーセンテージは分かりませんが
対極に繋がる意識がそこに介在するだけで
結果は変わるのです、なぜならばわずかでも対極への意識が存在する以上
その波動 が種としてそこに撒かれるからです。

心の発する気は種その物であり、その気の芽しか芽生えないといえば
なんとなく自分の周囲にどんな種が撒かれているか
視えてくるはずです^^)

どんな種をまくかは、誰もが自由に選択できます
怒り、憎しみ、妬み嫉妬の大安売りで大量の種でも良いですし
少し高くて数の少ない種。

穏やかな波動は、それだけで
例えば部屋の中の気の流れを整えてしまうのです。

整った空間の流れは、そこにいる安心感をもたらし
安心感は心の光に通じます。

心の光はそれだけで、土地や空気、空の縁をいただけます


その縁を持つ人は
必ず、笑顔をいただけます。

その笑顔は、人の心の安心へ導きます。


それは大きな人助けだと
私は思います。



合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.10.03

霊能者になるには

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体の重さを訴える方が少なくありません。

どれほど重いのか・・・
知る術があります。

人の体の発する波動は皆それぞれ違います
その波動をあわせて見るだけで
同じ波長からくる連動作用で
どこがどのように、どんな状態なのか分かるようになります。

これを極端に同調させてしまいすぎると
同じところに同じ病気を引き起こすことになりますので
かなり注意が必要となります

霊能者さんやお祓い師さんで
体調を崩していく人が多いのはそこから来るものが
始まりであることが殆どで
無意識に波長を合わせることで
常に受け続けている状態になってしまっている能力者さんて

実はすごく多いのです。

まず頭痛や目痛、そして腰痛関節の痛みなどに現われやすく
霊的な影響を受けている方の波長を合わせ続けると
内臓に影響を受けていきます。
なぜ内蔵に影響を受けるかは、ここでは話しませんが
霊的なものの訴えがそこに深く関係しているのは事実です。

さて、霊感の強い方で霊能者や浄霊師になりたいと思う方
結構いらっしゃると思います。

もし、なりたいと思うなら
どうしたらなれるかを心の中で明確に描いてください。

そこに、こう言う事はしたくない、
と言う要素が浮かぶなら その時点で無理と思ってください。
なぜなら「どれだけ自己犠牲が出来るかを問われる生き方」となるからです。


私はえらい人間ではありませんので、
お弟子さんを受け入れる事はありません。
私自信が自分の未熟を少しでも改善できるように
多くの人から学ぶ生き方をしているだけと感じているからです。

ですが、そんな私でも、なにか行う時
いつもお手伝いをしてくださる方がいます。

私がお寺に縁をいただいていた頃
自分も行きたいです、と 週末通った数名がいました。

通常の生活をしながら、自らの道を信じ
不動尊との縁を結び
今でも私が行う護摩供などでお手伝いをしてくれます。

それぞれの道を
時折、同じ時間と同じ空間を共有する事で
精進している、お互いです^^)

宗教も宗派もどうでも良くて、そもそも人にそれら枠は必要も無くて
でも拠り所を求める人の心に応じてそれぞれの心に枠ができることで
誰もが安心することができるなら、それはとても大切な領域となるのです。

集金とか、義務とか、上下関係とか役職とか・・・
結局人の世の都合がその枠を縛りに変えていくなら
おのずと道はずれていくのでしょうね

そんな日常の中で
常に一つの方向をゆるぎなく通していることができるなら
それは指針となるべく太く広い道となっていきます。
その指針は多くの人に方向を示すことになり
その為に揺らしてはならず、ぶれてもならず
通し続ける心の内側に、
支えとなる「6番目の感性」でしか視えない支えが現われ始めます。

この応援をいただけるには
どれだけ明確に答えを描き、継続しているかが
常に日常の中で問われる生き方を強いられます。

当たり前ですが、絶つべきもは絶たねばなりません^^)
新しいものを得るには、それが入るスペースを作る事が必須

物質社会でも心の世界でも同じことなのです。

霊能者になるには霊感を磨くのではなく
自らの生きかたを正すことが最優先^^)

すると、「死ぬ夢をみた」と驚くのではなく
そこまで見せないと自らの行動を変えないだろう? と
教えてくれている夢であると気がつくようになります。

つまり同じ夢でも
ありがたいと思える夢になってしまうのです!

そう思える心は
答えを間違えなくなっていきます。




合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.10.02

雑記をひとつ

ちょっと雑記を一つ。


あのですね
私は猫に詳しい訳ではありませんが
生まれてから家に猫がいなかった事がない
と言う家庭に育ちましたので
猫がいるのが普通と言う感じなのです。
ですので、多少猫の云々は
理解しているつもりです。

多少ね。

これまでに様々な猫さんと生活してきましたので
ある程度の傾向は分かっているつもりです

いろいろな性格の猫がいて
まあ生き物はみなそうであすが
それでも、生き物にも枠があるなら
まああくまで一般的な枠としての話しですが
規格の中にあてはまるものじゃないですか、普通^^)


何を書きたいかと言うとね・・・


今家にいるまだ成長中の猫「みかさ」(進撃ではない^^;

この猫・・・


動くものは全て戦闘態勢に入り常に飛び掛るのです。

いやいや言葉では伝わりにくいと思いますが
「常に」なのです。

普通に動くものに興味を持つのは分かりますが
そんな次元ではなく

張り紙をしようと壁に画鋲を指しているとその手に飛びかかる
カーテンが揺れれば飛びかかるのはもちろんですが
まあここまでは善しとしましょう。

人があるけば戦闘体制に入り飛びかかるのです・・・

手を出せば跳ねくりまくるように攻撃態勢で飛びかかる・・・
手を出せば必ずバネのように一瞬で戦闘モード。


つまり、撫でることすら出来ないのです^^;


うつらうつら陽だまりの中のみかさ

「お^^!チャンス!」と

ゆ~っくり  おだやか~に そ~っと 手を・・

パチっと目を開けると一瞬で戦闘モードに。



しかし、何事にも必ず打開策はあるものです。

そこは百戦錬磨の神島千尋  ( ̄ー+ ̄)ふっふっ

猫には必ず弱点がある


長い格闘の末
見つけました、此奴の弱点。



腕にぶら下げてみたら
その間は何があっても動かないのです。

洗濯物を干すように
両手両足の間に後ろから手を入れて持ち上げる感じ。

まあこんな感じ

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両足で挟むようにダラリと4本足伸ばしているので
リラックスして乗っている感じ
どこまで行ってもそのまま^^)

外に行こうがどこに行こうがそのまま、
まるで特等席にいるように景色を眺めている感じ


下ろせばまた戦闘態勢・・・

不思議な猫です



いつか、おとなしくなると良いのですが。



雑記でした。




合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.10.01

清流

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ふとね
立ち止まり

携帯を打っている瞬間

それを止めるようにトンボが指にとまるのです。

掛け持ちで動いているこのごろ
忙しさに飲まれ
大切な事を忘れているな・・・
と思い出させてくれたようで^^)

誤解をされることの多い神島千尋ですが
誤解されるのはされる自分に未熟なところがあると
素直に思える自分であれば良いと割り切れるようになって
次に進む時が早くなったように感じております。

思われると言う事は、
そう言う人かもしれないという人格のままであると言う事。

反省ばかりです^^;


でもね
とまっても居られないのが人生

命を頂き、今を生きる私達は
次の一瞬一瞬の繰り返しと言う時間を
後ではなく
初めて迎える先との縁の繰り返しの流れを進んでいるなら
後悔は経験に変え
悔しい気持ちは次の力としてしまえ、と
心の中で叫べる間、成長していけると感じます。

それを止めてしまう力が憎しみや恨みであるなら
流れの意味を今一度知ればよいのです。





目の前に綺麗な清流が流れています
誰もが寄り手で救い飲んで
その清らかさをいただける澄んだ清流

そこにバケツ一杯の墨汁を投じれば一瞬で真っ黒に染まります

しかしそのままかと言えばそうではありません
わずか2,3分で元の澄んだ清流に戻るのです。


もし流れをせき止めたら

それは水溜りとなりいつまでも濁り染まったまま
いずれ腐り汚泥となって行きます。

誰もそこに寄ろうとは思わなくなります。



見える世界も見えない世界も同じこと

流れをしりつつ、片側だけの、
つまりこの世の物欲や私利私欲だけで作り上げる流れは
押し続けなければ動かなくなるのです。

動かなくなってからもう一度動かそうとしても
もともと片側だけの組み立てで無理を通しているところには
必ず折り返しが巡る為に同じ押しは通らなくなり
結果、新しい道を作っては繋ぎ続けなければならなくなるのです。

流行がそれです。

しかし一つだけ確実に変わらないものがあります。

それは老いていくこと。

誰もが平等にこの世のさだめとしていただいている
とても大切な大きな教えの一つ。

逃げることも変えることもできないこの理を
どこまで素直に生かしきるか。


もし明日命がなくなるとして


悔やむ自分であるのか、

出来る事はしたつもりだ^^)


・・・と、空を見上げられる自分であるか


どちらを思えるか、今の自分に問うてみると
まだまだできるのに・・・、と思えるなら
がんばればよいだけなのですね^^)


肉体は老いていくのに
心が変わらねば、先細りしかないのです。
しかし対極に心を上げていけば

今度は昔ほど無理しなくても
昔以上の結果を導けるのが人の力です


私はこれを多くの人に伝えたいのです

どうしてそう言えるのか
どうして明言できるのか

なぜ手を合わせるのか
なぜ信仰があるのか

お会いする方皆様に
すべて明確にお伝えする事で
もし人生が変わるなら
生き方が変わり、それまで苦と感じていたことが
苦としなくなる日常に変化するなら

浄霊師としてできる浄霊をするのみです。

浄霊とは、今を生きる方の心の浄化であり
それすなわち亡き思いを浄化に導く為の
大切な始まりとなるのです。



合掌  浄霊師 神島千尋

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