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2013.10.01

清流

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ふとね
立ち止まり

携帯を打っている瞬間

それを止めるようにトンボが指にとまるのです。

掛け持ちで動いているこのごろ
忙しさに飲まれ
大切な事を忘れているな・・・
と思い出させてくれたようで^^)

誤解をされることの多い神島千尋ですが
誤解されるのはされる自分に未熟なところがあると
素直に思える自分であれば良いと割り切れるようになって
次に進む時が早くなったように感じております。

思われると言う事は、
そう言う人かもしれないという人格のままであると言う事。

反省ばかりです^^;


でもね
とまっても居られないのが人生

命を頂き、今を生きる私達は
次の一瞬一瞬の繰り返しと言う時間を
後ではなく
初めて迎える先との縁の繰り返しの流れを進んでいるなら
後悔は経験に変え
悔しい気持ちは次の力としてしまえ、と
心の中で叫べる間、成長していけると感じます。

それを止めてしまう力が憎しみや恨みであるなら
流れの意味を今一度知ればよいのです。





目の前に綺麗な清流が流れています
誰もが寄り手で救い飲んで
その清らかさをいただける澄んだ清流

そこにバケツ一杯の墨汁を投じれば一瞬で真っ黒に染まります

しかしそのままかと言えばそうではありません
わずか2,3分で元の澄んだ清流に戻るのです。


もし流れをせき止めたら

それは水溜りとなりいつまでも濁り染まったまま
いずれ腐り汚泥となって行きます。

誰もそこに寄ろうとは思わなくなります。



見える世界も見えない世界も同じこと

流れをしりつつ、片側だけの、
つまりこの世の物欲や私利私欲だけで作り上げる流れは
押し続けなければ動かなくなるのです。

動かなくなってからもう一度動かそうとしても
もともと片側だけの組み立てで無理を通しているところには
必ず折り返しが巡る為に同じ押しは通らなくなり
結果、新しい道を作っては繋ぎ続けなければならなくなるのです。

流行がそれです。

しかし一つだけ確実に変わらないものがあります。

それは老いていくこと。

誰もが平等にこの世のさだめとしていただいている
とても大切な大きな教えの一つ。

逃げることも変えることもできないこの理を
どこまで素直に生かしきるか。


もし明日命がなくなるとして


悔やむ自分であるのか、

出来る事はしたつもりだ^^)


・・・と、空を見上げられる自分であるか


どちらを思えるか、今の自分に問うてみると
まだまだできるのに・・・、と思えるなら
がんばればよいだけなのですね^^)


肉体は老いていくのに
心が変わらねば、先細りしかないのです。
しかし対極に心を上げていけば

今度は昔ほど無理しなくても
昔以上の結果を導けるのが人の力です


私はこれを多くの人に伝えたいのです

どうしてそう言えるのか
どうして明言できるのか

なぜ手を合わせるのか
なぜ信仰があるのか

お会いする方皆様に
すべて明確にお伝えする事で
もし人生が変わるなら
生き方が変わり、それまで苦と感じていたことが
苦としなくなる日常に変化するなら

浄霊師としてできる浄霊をするのみです。

浄霊とは、今を生きる方の心の浄化であり
それすなわち亡き思いを浄化に導く為の
大切な始まりとなるのです。



合掌  浄霊師 神島千尋

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