絶家の後地

その昔
一人の男性が自ら命を絶ちました。
それから二十数年後
息子である長男がやはり自ら命を絶ちました
翌年次男が同じ道を辿り、
その数日後母が病気亡くなりました
時を待たずに長女は家から遠く離れた地で変死体として発見され
残された妹は働き者で
スーパーに勤めがんばっていましたが
数年後一人暮らしのアパートで自殺していたそうです。
家系と言う言葉があります
その家の男性だけ
女性だけ
同じ病気や同じ不運などをが
繰り返されるように起こる家があります。
それにはある理由があります
それをお話しすると
なぜそうなるのか、深く理解する事となります。
そしてそれを知る事は同時に
意識を変えていかねばならない事を悟ります。
その意識で行うそれ前と後では
それまでと変わらぬ日々の行いでありながら
まったく違うその後を頂くこととなります。
さて、絶家となったその家に訪れると
すでに朽ちが進み、何とか形状は保っているものの
人の住める状態ではなく・・・
所有者が変わっても土地はそのまま変わりません。
更地であっても、建物が建っても、コンクリートで固められても
そこに宿るものに何ら変化はありません。
土地に感謝とは
縁があってもなくても大切な事。
ましてそこで何かをなさるなら
業種や地域性を必ず考慮するのに
なぜ土地との縁を結ぶ意識がないのか不思議に思います。
地鎮祭をするとき、商売繁盛を求めてしているなら
それは筋違いとなりますし
決まりごととして形式で行うならしないほうが良いとすら思えます。
さて、先の土地
その地、建物いずれもその気の重さと不和は
半端ではなく、
全身をあちこちから突き刺すような圧迫感が
押し迫ってきました。
だからこそ、長年誰も入れず、工事も出来ずの状態。
競売などで所有者が変わるたび、
所有名義人が病気になったり亡くなったり。
工事をしようとすると事故を起したり
トラブルで現地にも向かえない状態に繰り返し。
さらにはお祓いを依頼しても
やはりトラブルや当日突然の体調不良でキャンセルの繰り返し。
なるほど^^; 分かる気がしました。
すさまじいほどの苦の繰り返しが染み付き残り
それが怨念のように次々訴えを繰り返す負の連鎖が起してきた
一族の不運だったのですね。
祓いではなく、おさめる為の安定した波動を
しっかり通すことが大切なのです。
力で制すると力で対抗してくるのもバランス。
それでも浄霊師などと言う仕事は
負の余波を受けざるは致し方ない生き方なんだな~と
つくずく感じながら、
できる事を精一杯させていただいております。
立会いの方で某ハウスメーカーの部長さんがいたのですが
基本的に地鎮祭はしていないとのこと・・・
家庭内の不和は性格の不一致からくるものも多いのですが
それは「気が合わない」事からはじまります。
お互いの気が合わないのはそもそも
土地との気をあわせていない事から
孤立し互いの主張をぶつけ合うことをになります。
夫婦同士、家族同士の対立の前に
そもそも土地との対立が発端となって
土地が受け入れたくない者を
排除しようとしている波動 に身を置いているから
人同士の心がイガイガしやすくなっている事もすくなくありません。
事実、そこだけで
あらゆる現象が改善している事実を
私は浄霊師として日々沢山見させていただいているのです。
合掌 浄霊師 神島千尋
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