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2013.12.27

がんばろ~!

kiriku11211






今年もあと数えるほどとなってきました。

私は今何をしているのか分からない感じで動いておりますw^^;

本日も水晶のブレスを10個ほど発送しましたが
ご依頼いただいている方々に何とか年内にお届けできるように
がんばっております、今しばらくお待ち下さいね、皆さま!

そしてお里帰りしている水晶も日々浄化中です。

大きな玉も殆ど無い状態になっております
確実に希少(と言うより流通しなくなっております)になることもあり
最高グレードのAA:50ミリ以上も出ておりますが
もう数えるほどしか残っておりません^^;

相談も含めて多くの縁を頂いている日々ですが
今年のご縁の多さは本当に驚きと感謝です。

できる精一杯のなかで浄霊師として
様々な経験をさせてただきつつ
最後まで走ろうと思っております。

思うように行かないこと
我慢できないこと
許せない事
憎い相手
憎悪
妬み
恨み・・・


誰もが持つ当たり前のそんな感情のなかで
もし一つでも緩めることができれば
それは、苦を薄くする事になります。

苦が薄まれば、少しだけ穏やかになります。

しかしまた蘇るのも人の業

だから繰り返し繰り返し、習慣にする事で

いつしか、それまでとは違う習慣を普通にし
それが今となって生きていくのです。

その繰り返しが、苦の応酬や積み重ねによる量増しに時を使う生き方なのか
一見何も変化の無いわずかなうわずみ程度の無くなりを
いつかは目に見えて大きな変化になると信じ貫いてみる行いの一つを
そのたった一つの継続が、
やがてあるときを境に存在感を増していく喜びに変わる経験になってしまう生き方なのか。

どちらも自分


葛藤しましょう、迷いましょう^^)

私もその中で、一つひとつなるほどと
教えられる日々です^^)


1月1日 朝5時30分
毎年恒例の元旦護摩祈願を行います。
申し込みは終了しておりますが
(相談されたことのある方でしたら若干受け入れ可能)
皆様の良き流れ、後祈願させていただきます。


さて、31日まできっちきりお仕事です^^)

ちなみに2日は悪魔祓いの獅子舞で舞います

がんばろ~!


合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.12.19

転機

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雪が舞うと少しね・・・
昔の心が甦りそうで。


誰にも転機があります

どれほど慎重に構えても来るものくる
対処に追われると決断に迷います。
どう受け止めればよいか大切に感じてみること
そんな余裕のない時ほどあえて^^。

何事にも出来る時があります
体力気力がみなぎる時期ってありますよね
1日のなかでもその上がり下がりは存在しますし
週のなかでもそれが見えてきます。
月も季節も、年間通して捉えることもできます。
学生時代もそう、
社会にでてから野心に燃えた20代
落ち着いてきた3、40代
50代、60代

そして一線を退いてからのライフスタイル

できる時にできる事をなさないままの次は
出来なくなりつつなる頃にもう一度巡ってきます。


「なんでまた・・・せっかくやらずに来れたのに・・・
 こんな時に限ってまったくもう!」


「ここでやらなければ、どうせいつかやるなら早くやってしまえ^^!」

そこでそれが巡ったと言う事は、最後のチャンスを頂けているのです。
チャンスを掴む人とは、そう言う感性で物を見れる心の持ち主であるといえます。

成功者と呼ばれる方々は
一つのことに手を抜きません。
そもそも「どうせいつかやるなら・・・」の前に、最初に何の苦労も感じず
さらりとこなした上で、それを苦と感じる感覚がないのですでに次に向かっています。


さて、人を元気にしたいという人と会いました


言霊は、最初の一言で受け入れられるか否かが決まります。

誰もが、言葉の嘘を見抜く力があります。
これを明確に意識で理解しようとすると、五感で構えますので
分からなくなります。
素直に心の感性で捉えてみてください^^

「本当はそう思っていたんだ・・・やっぱりな」
ケースは違えどそう思う感覚ってありますよね
それがそうです。


今、その時点で明確に指針が見えないなら
そもそも言葉に気は宿りません。

つまり、言葉通りの生き方ではない場合
その波動は、人は「無意識」で見抜いてしまいますので
苦を感じる言葉と言う印象になるのです。


人を元気にしたいと思うなら

自分が犠牲になる覚悟が必要という事です。







雪が舞うと
初心を思い出します
重く苦しい感覚が蘇りますが
しっかり基本に引き戻してくれる時でもあり・・・

いずれにしても感謝ですね。


合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.12.15

声の領域

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物事には枠と言うものがあります
人も枠の一つであるように
見えるものも見えないものでも領域は生まれます。

霊的な波動にもさまざまな面があって
それぞれ領域があるものです。

霊能者さんも、持って生まれた感性により
見方が変わりますが
それはつまりどの領域に意識を向けているか
または、どこに繋がりを持っているのか
さらに言うならどこを見る能力が長けているのかにより
答えが違ってくるのです。

通常誰もが霊感を持っていますが
その中で視る感覚と、聴く感覚に大きく分けるとします。

視るは感じるも含まれ
往々にして誰もが日常でよく使っているそれです。

簡単なところで言うなら「いやな気配」など。


さて、問題は聴く側の感性
この方面は、方向によりかなり厄介な領域に
縁を結ぶ可能性があると言う事です。

今回は先に極論を言ってしまいます


「生霊」

この方向に属します。


意識が独立していながら、姿を表に出しにくい存在であり
声で関与してくるケースが強く
この領域に感性が縁を持つと、なかなか抜け出しにくい・・・
と言うのが正直なところ。


自らの中に不平や不満、それも憎悪が根底に根付くような苦を長い間抱えていたり
繰り返したりする思考は、心の中でその無念や憎しみなどで満ちている時間が長く

故に類は友を呼ぶではありませんが
その領域に限りなく近寄っていることにきがつかないまま
本来交わるはずの無い波長が、時には何かの加減で
一瞬ピントが合ってしまい

「え? 今何か聞こえた・・・」 となります。

このケースではまずこうなります
はっきり聞こえのだが、何を言っているか分からない・・・と。

この重なりが数を増すとともに
声がいつも聞こえるようになり、いつしかその言葉に生活を左右されてしまうこともあります。

心身のバランスとは、つまりそう言う事も本来関与する必要の無い
それぞれの領域に戻して行くために大切でシンプルな流れなのです。


気にする事から始まる闇はいずれ病みとなり
已むを得なくなるなら、止ませるのもまた自らの心


まず自分の心を先に大切にしてあげてください。

だって命を奪っていくことは本来霊にはできないのですから。






合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.12.13

時事

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あら ・・・^^

8日も更新していないことに今気がついた。
もうすぐ本日最後の相談時間になるのですが・・・

目に付いたらしなければ気が済まない性格

この性分のおかげでどれだけ苦しい目に合ったことか^^;
しかもね、忙しければ忙しいほどやりたくなる。

この際だから話しておこう
この際でなくても話すのですが

始発新幹線に乗る時、
毎回なぜだかお湯を沸かしたくなるのです。

なぜだと思います?

帰ってきた時コーヒーをすぐに飲めるから・・・


今出なければと思いつつ沸騰を待つ。
しかも沸騰するまでじっとしているくらいなら
シンクを洗ってしまえ! などと考えてしまういつもの流れ・・・
なぜか?
簡単です。
帰ってきたときピカピカのキッチンであってほしいから^^;


万事こんな感じです


楽に生きたいと思いつつ
でも一苦労が後の安らぎに繋がる、と
今していながらすでに次にしなければと思うものへ思考は飛んでいます。


で、今何を考えているかと言うと^^;
相談者様が来る時間でありながら
来るまでに絶対ブログを書き終えるんだ!と言う使命感に追われつつ
打っているキーボードに目が行っています。

やばい・・・
キーボード磨きたい・・・

まあ掃除や磨くことが趣味みたいな変な人ですので
掃除している時間はストレス解消になります。
物がなくなれば無くなるほど落ち着く感


これ書くと潔癖と言われると思いますが・・・
シンクに水滴一つ残すのも我慢できません、本当に^^)


久々の更新なのにどうでも良い話になってしまいました。
すみません^^



そうそう
先日水戸~いわき方面を周ったのですが
懐かしい風景に再会しつつ

不思議なもので
一つ行くところが決まると、同じ方面から
次々相談がまとまって入ります。
これうまく出来ていて、
天のスケジュールといいますが
それぞれまったく無関係なのに
ご近所であったり、通り道であったり
隣接する地域であったりなど

行くところが決まると気がつながります
すると、自然に縁に触れるのでしょうね

北国が決まると、北国から次々問い合わせが入り
南国が決まれば南から電話が鳴り始める。


これ商売している人も経験していると思います
朝女性の来客があると女性ばかりになったり
同じ物が次々注文されたりなど。


そんなところでも流れは生まれ
そして次に消えていくものです。

それが続くとよいのに・・・と思う人多いと思います。
そのために必要な事は
なぜ続か無いのかを理解すればよいだけ。


どこで途切れるかを思い出してみてください
自ら「少し休みたい・・・」と感じるようになってしばらくの後からの場合
いざ暇になると、あわててまた沢山入らないかな・・・と思う。
しかしなかなか戻らず大丈夫かな・・このままでは、と思いながらも変化なし。

さて、ここで実は意識の転換が出来ると案外早くに流れを変えれることがあります。
「すこし休みたい」と思う気持ちは、いうなれば願意です
その願いが叶ったと感じる事が出来れば
本当は「ありがとうございます」が先に来なければなりません、普通^^)

しかし、そこはスルーしながら
また逆を求め始める・・・・

もうお分かりですよね^^
それを身勝手といいます。

あくまで極端なたとえ話ですが。




合掌  浄霊師 神島千尋

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2013.12.05

時事

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新幹線から日の出を見ることの多いこの頃
この季節はちょうど高崎で
綺麗な朝日が車窓にひろがります。

いつも思うのは
日の力をそこで頂けること。

ありがたいですね。


今一番格差を感じるころで
関東東北東海と
各地の気候の違いを寒さでかんじます。

たくさんの想いを浄化しつつ
その土地土地の気質に触れることの不思議のなかで
家主さまの口から驚く縁を聞くたび

不動尊の導きに



感謝なのです。


そんな事を思いつつ
夕陽の車窓

1日の早さに追われているようで




合掌 浄霊師 神島千尋

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2013.12.04

とばり

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物事には流れと言うものがございます

目に見えるもの見えないもの含め
人は流れを知っています、
運気や良い流れが来ないかな~と口にするように。


さて、何度も書いていますが
土地には土地の流れ
家にも物にも
それは家具にも服にも車にも

宿る流れが存在し

互いの関係を作っています

それを相性といいます。


良いも悪いも互いの関係には必要で、
物事は両面で一つのバランスを保つことで1と言う存在になります。


表と裏は何で決まるのか

それは人の感覚。


自分が悪いと思えば悪くみえるのですが、
しかし逆の感覚になることも難しくないのです。

日常でそれを沢山経験させていただきながら
それを心の世界ではできない事でギャップが生まれる
それを人は苦と呼びます。

苦は逆転させる意識になるための苦に変えてあげれば

苦は楽となり

しかし楽はいつまでも続けると
無気力と言う弊害を生むことで
苦に変換させる要素となる。



などと思いふけりながら
はっと現実に戻る^^;



宇宙とはすごいシステムだな~と、つくづく。



合掌  浄霊師 神島千尋


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2013.12.02

無題

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心と体はバランスで一つです。
奇跡とは、今生きていること^^)
すなわちすでに奇跡の日々なのです。
大切な事とは、すでにいただいている今に感謝をすること^^。
すべきこととはそこに気がつく事なのです。
そこに心の目を向けることができたとき

流れの意味を知ります。

流れとは一定の動きではなく
繋がり、つまり縁です。

良い縁も悪い縁も
大切な縁も切りたい縁も
言葉で言うのは簡単ですが
繋がりを縁と感じられる瞬間
悪いものを、まるでウキウキするような感覚で
あっさり気にしない出来事に変えてしまえるほど心って
無限のフィルターとなってしまうのです

しかし人としての五感に支配されている中で
その感性のままいられるほど
世の中は甘くなく
どうしても引き戻されることばかりが現実。

だからこそ^^)

その中にあってそのまま凝り固まるのではなく
時々思い出すように心の感性で意識を逆転できる瞬間を
人は持つべきだと本当に感じて成りません。

私も感情で走ることが多くあります
迷走もしますし現実問題の中で判断に迷う事も多々ございます。

ですが、良かったと思える結果を多くいただきます。
必要があってそうなるなら、それは大切なそれであり
そう思えることも大切なバランスなんでしょうね。

このところ群馬、水戸、福島、茨城、名古屋、東京と遠征続きです
この世界では寒くなる季節の流れを肌で感じる時ですが
肉体は気の流れが変わるシフトチェンジの時となります。
スムーズに変われば問題はありませんが
なかなか切り替わらず、不調になる方も多いものです。
心構えとはとても大切で、それなくして肉体は連動していきません

気持ちでは宗思うのですが体がついていかない・・・
心身どちらかに嘘を重ねると、歪がおきるもの。

自分の意識だけで成り立っているわけではなく
そちら側から見ると、自分の解釈がいかに自分勝手であるか
考えたことが無い・・・なんて事が実は殆どであったりします。

腑に落ちる瞬間は人生でそうあるものではありません。

なるほど、と納得し
そうか~・・・確かにそうだと思える瞬間は
心から消えることはないのです。

日常に戻り忘れても、必ず蘇り思い出させ
修正できるチャンスを繰り返し繰り返し頂くことになります。

それを逃すか生かすかで
人生は大きく違うものとなるでしょう


合掌  浄霊師 神島千尋

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