« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »

2014.01.29

魔と化す

854












人の心が極端に偏り始めている現代の中で
心の発する波動の蓄積が何をもたらすか

誰も気にしていません。


自然界はそれを常に現象として見せてくれているのに・・・



煙は立ち上り

花粉は風邪に流され

人の作りだした毒もまた漏れてはたまり


どこかに行き着きます

それぞれの性質により
広く分布する事もあれば
その場に染み入ることもあります


ポンポイントであつまり
蓄積が濃さになることもあれば

周囲に満ちることで一見感じないが
そこに身を置く間、少しずつ染まっていく事もあって
それも階層や領域となって行きます、見える世界と同様に。


さて、人の思念は強い波動となり
様々なところに影響をだします。

人を呪うこともでいれば
人を救うことも出来ます

心配や願いは、そのまま波動として相手に届いています
それを受ける側はそれとは知らずに受け取っています。

これを説明すると長くなりますので端折りますが
インスピレーションとはそう言う事なのです。


この波動を強く出せる人がいます
言うなれば先天的に。

そのタイプの人は、無意識ではあっても
それを武器として使っているものです。

長いときの中で、自分の人生の統計を持ち
自分の性質をなんとなく理解していくものですが
それを、自分の都合で使うのか、
人生の流れの中で成すべき心のフィールドの

開放に向けるのか・・・

その決断がその人の霊性の向上そのものになります。

人は誰にも喜怒哀楽があります

感情があるから人なのです。

怒ることも大切です^^)
いらいらする事も必要なのです^^

妬み嫉妬も、大切な感情の一つです。


それを、10年後、20年後・・・
いやいや^^;

10代、30代、50代と人生の中で捉えてみてください

同じ事を同じ感覚で

それぞれの年代を継続しているとしたら・・・

よいと思いますか? 今の自分のそれ^^!


行いに応じた結果が因果なら
今の結果は誰が何を言おうが
そもそも自分にも撒いた種があるのです。


ならば刈りとるのはこれ当たり前のこと。


この種を種と感じず
感情にながされ思い通りに押し通している我そのものが
「気」と言う変質しない芯の入った波動と言う種なのです。

その種は土に埋まるのではなく
周囲の全てに波紋のように広がり染み入ることで
周囲に見えない色としてうっすらと隙間無く行き渡ります。


これをこの世界では
香の煙として見せてくれています。

静かに、しかし隅々まで行き渡る。


感情の中で怒りや憎しみの波動はとても強く
一瞬で入りを塗り替えるほどの波動を放つことになりますが
その波動は染み入ると抜けないものです。

人に向ける恨みは相手の肉体に刺さります

受けた側はそれを目で見えませんので
抜くこともできず、思い出されるたびに飛ばされるので
増え続けるばかりです。


でもね・・・
飛ばしたものは自分に確実に戻ってきます

それが因果です。


そんな心の偏りや負の影響を持ち続ける思念には
繋がる領域があります。

修行者や悟りを得ようとする方々が
あるとき突然扉が開く瞬間があります。
それも同様で、無限の領域の中に
それこそ宇宙そのものと同様に様々な流れがあり
その人の持って生まれた霊性や思考により
繋がる先は絶えず変化しています。

求めるものと、到達できるかどうかの試練を打ち破るだけの
行いと思考の継続があって始めて少し少しずつ、
それこそ糸一本一本つなげていくように大切に
積重ねる時間が、人生なのでしょうね。


ところが、これもすごいと言えば凄い構造ですが
人を憎む、妬む、恨む、などの思念は
修行するよりも簡単に「継続しやすいのです」

だから、無理なく対極の領域に繋がりやすく
時にはそれを力として使おうとすら考える人の心には

やはり魔が存在するのです。


その魔を、自分の都合で使い続けるほど
自身が魔と化して行き

そんな思念の領域にアクセスしやすくなり
つながりと同時に増長され
いずれ制御できなくなりかねません。

その終焉は肉体を失ったとき
我を求めさまようことになります。

その心にどれだけ言霊を送ろうと
届くことの無い、
憎悪の塊になってしまっている黒い影の帯が
行く先々の地や家に渦巻いていることの多い

この頃です。



合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2014.01.23

お焚き上げ供養

606























一つの出来事がいくつもに重なり
不思議なほどピタリと解決する事があります。

人を恨んでいる一人の男性の相談
体調不良に悩む一人の女性

それぞれ別の日時でありながら
リンクする波動になるほど・・・

偶然とは言え
男性の心の鎖が緩むと同時に
不調が解消されていく女性

まったく別の空間でありながら
双方同時に縁を頂くという^^
ある意味なんとも粋なはからいな感

時をおかず
その後偶然再会し、長年の不仲も解消したと聞きました

目の前にある縁は一つでも
そこから繋がる無限のフィールドは
不可能を可能にするチャンスが秘められていることを学べるものですね。


さて
お焚き上げをするたびにいつもありがたく思えます。

地と天と空

そして水

全てのつながりがあってそこで火を入れる瞬間


一気に燃え上がり
瞬く間に豪火となり
火柱が立ちます


宿りしものは煙となり天に戻り
灰は地に戻ることで
一つの始まりに終わりを迎えるお焚き上げ供養


いつも思うことですが
自然の流れを頂くこととは
本当にありがたいの一言に尽きます。

強風の中でのお焚き上げは
本来とても気を使います。
木札や紙札など古札をはじめ
様々な思い入れの数々は
いつもかなりの量となります。

組んだ木枠に入りきらずに
上に出てしまうのが常

見学されている方はご存知と思いますが
真言のなかで
一気に火柱に包まれますので
短時間で空洞になり綺麗な枠組みの炎となります。

わずかな残りなく燃え尽きることは大切で
風にあおられ飛び出す火も
護摩壇から出ると一瞬で燃え尽き灰となる。


地に触れ水に触れ意識は天に入り
その中で動く目の前に全ての想いは
どこにも負を向けず
ひたすら静かに燃え尽きていきます。

607





















昨年秋からからお預かりさせていただいた多くの品々
お焚き上げ供養させていただきましたこと
ここでごご報告とさせていただきます。




合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2014.01.17

苦も転ずれば無

194









粉雪がうっすら舞いはじめている佐久平です。

大地の表面をぼかすようにうっすらと白い霞がかかり
ドアを開けた瞬間

一瞬白黒の世界のように感じます


こんな感覚の時は寒さよりも
心地よさをが心を支配し

なんともおだやかな時間となりますね^^)


______________

さて





いつもかわいい笑顔で来てくださるおばあちゃんがいます

御歳九十○歳

家族の付き添いがのもと、
この時ばかりは二階に相談室があることを本当に申し訳なく思いつつ

手をとらせていただき^^)上がり下がりするのです。


やっとのことで椅子に座ると、「は~あ!」とお決まりの一息に

おばあちゃんお元気?  からはじまるのです。

もう何年のお付き合いになるでしょうね


はじめてお会いしたのは、かなり昔



ある団体の方がそのおばあちゃんの家に来て
「この家には男性の霊がいる、供養しなければだめだ!」
と言われとかで^^;・・・

なんだか調べられる限りの先祖を調べるように言われ云々~。

結局よくそれなりの高額がかかりながらも
不安と恐怖は強くなるばかりで
おかしな行動までし始めた・・・と言う事で

色々な縁で私を知り、電話が来たのが始まり。


まん丸の目で、ニコニコしながら

「そうだんな!  大丈夫大丈夫^0^」

と、少女のような雰囲気になってから
家族の要望もあり、おばあちゃんが会いたいと言う時に
お会いする事になったのです。

昔話を楽しそうにいつも聞かせてくれます。




でも

病は確実に進行しています。

すでに手の施しようも無い状態なはずなのに・・・


本当は痛みも相当なはずですし
動くこともむずかしいはずなのに


全然痛くも苦しくも無いと言う現実



人の持つ肉体の力とはすごいものです。



気持ち一つで何事もどのようにでも動かしてしまう。




やっぱり学ぶことばかりの私です^^。









合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2014.01.10

座敷わらし

座敷わらし

b13f5a41.jpg






純粋なまるで小さな光のような玉が
同じところを何度も
同じ方向から現われては
消えていく。

視野に入るたびに
何だろうと思いながら

でも、話を切るわけにも行かず
その繰り返しの中で
視えて来るものは悪い流れではなく

いやどちらかと言うと
清らかな縁結び。


なるほど^^)

座敷わらしの流れにも色々あるものだな~とあらためて。


人の心が想像をする時間のなかで
自分本位の想像と、心理にアクセスする想像は「
繋がる世界がまったく違います。

欲を叶える想像はあくまで想像で
人の意識の波動 が渦巻く世界の
それぞれの階層の中にあって
そのときの心の波動と常に連動して
影響を受ける体制を自ら整えていることになります。


それに対して、

心とは何か
自分とは何か
人はなぜ生まれてくるのか

そんな瞑想から始まる理の追求を
掛け違うことなく入っていく心には
繋がる先が先の階層とは違う次元に最初から縁を結びます。

この方向へのアクセスには
持って生まれた自らの魂の光を
いつも意識できる事が大切で

その感性を、物理的なこの世界の中にありながら
いつでも引き出せることが出来るかを
人は問われているのだと感じます。

だからあえて逆の試練である誘惑や堕落が
一番簡単でシンプルな試しとして巡るのでしょうね^^)

シンプルであるから、
いつでもできると錯覚させる事もたやすく
故に惰性が決断を遅らせていき
少しずつ少しずつ削ぐように気力を減らされ

気がついたら、口だけは達者になり
行動が伴わない・・・・

なんて事になっていることすら分からない状態まで
引きずり込まれていませんか?


「感謝していますよ、いつもそう思っています」

思っていることと
表すことは違います

人は心で生きています
しかし体がなければ人ではありません。

という事は、行動で表してはじめてした事になります。


伝えたい事はね^^)

普段している事は大切に続けてください、自信を持って。
そして同時に心の側でも
同じ感覚である対極の世界へ意識を向ける時間を
人生の中でほんの少しだけ、付け加えてほしいのです。

そのほんの少しのアクセスがもたらす
無限の広がりに

それまで経験したことのない結果をいただけるはずです。


それを大きな「幸運」と捉えるのは欲の心そのもの
それがアクセスを断ち切る唯一の要素です^^;

素直にアクセスできるとね

青空一つにありがたいと思えてきます。

風を、流れと感じるようになります。


自然界の流れとはまさに光の川なんだな~と^^。


その光のあつまる所には流れがあると言う事です
その流れの中に生きている私達ですから
心地よさを感じるのは当然です

その流れを引き込める人、または場所は
繁盛すると言う事です。

だって心地よさを感じる場所なのですから。

自営業の方、今回は答えを書きました
参考にしてください。

どれほど改装しても、どれほど考えても
全て物理的な方向だけの、
言うなれば片側だけの行いになっていませんか?

純粋で無邪気な自然界の光の波動は
捉え方を変えれば子供のような立ち振る舞いに見えます。

座敷わらしが幸運をもたらすといわれる由来も
なんとなく見えてきますね^^。



合掌  浄霊師 神島千尋


| | コメント (0)

2014.01.06

土地と石の関係

kan11










長いときを経て
それぞれの地の波動や積み重ね
その時々の大きなうねりや変動
空と地の繰り返しの中で生まれた結晶

天然の石

多くの人と合い
多くの家や土地に伺わせていただく中で
天然石を所有しているケースは非常に多くございます。

アクセサリーなどの小さなものから
置物としての球体や、

大きな原石のまま飾られているもの、

中には庭石として安置されているものもあります。

しかし石として生きているものは殆ど無いのが現状です

石には波動があります
その気を生かしてはじめて天然石の流れが意味を成します

水溜りにペンキを流し込めばペンキの色に染まります
染まった色は抜けることはありませんのでそのまま朽ち
いずれドロドロの腐った水溜まりになってしまいます。

少しだけ水の入り口があれば
耐え切れない後尾から水があふれ出し
わずか1,2日で綺麗な水が蘇ります

先の水溜りの中に物を入れると濁りに染まり
本来の状態は消失します
しかり後の水の中にあるならば、
それ自体が汚れていたとしても
綺麗になって行きます

石も同じで、家に置かれているなら
その家に流れが無ければ、
土地の流れが輪をなしていなければ
いくら高価な大きなものであっても、
ほこりに埋もれることになり
日々の疲れや生活の
覇気の無い波動 に満ちた雰囲気に呑まれ
輝きを失い、
見向きもされない積み重なりとなってしまいます。

例えば天然石の沢山ある家ならば、
まず土地との気の流れを大切にする事で
地の結晶である石は
その波動を強く引き出すことになります^^)

強い波動 の石は、
横を通るだけで痛さを感じるものもありますし
痺れるような波動のものもあります。
空間全体を包むようなものもあれば
逆に石同士の波動の組み合わせや重なりで
空間全体を重く苦しい圧迫感にさせてしまうものもあります。

心が自然に向いている生き方をしている人は、
その人自身が大地と同じになります。
つまりその方の周囲には、
自然の中に存在する聖なる波動が寄りやすいのです
その流れをいるも繋げている状態の中で
身の回りにある石は、
本来掘り出される前の状態と同様の流れに包まれます。

それは例えば大地の創造から自然治癒まで
全ての始まり、源となっていると言えます。


水晶はその中でも純粋に
とてつもなく強く正確な波動を有しています
透明であればあればあるほど、
その浸透率は高くなります。
Aを5つ有するものをお持ちになった皆様

「大切にしてください」

Aが3つ以下のものが近い将来
最高グレードと言われる時が来ます


そして水晶に限らず
天然石をお持ちの方

石の波動を大切にしてください
小さな石でも、そのまま宇宙と同じです



合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

2014.01.04

今年も宜しくお願いいたします。

image4















2014年
皆様、どうお過ごしですか?


今年は、心に余裕を持って動こうと思います。
思うだけですけど^^;

でも、やっぱり忙しく動いてなんぼと思う神島千尋です。


突然ですが、時々思い出すシーンがあります

ある相談者さまの家に行ったときのこと・・・
ご依頼者のお子様が霊感が強く
「頻繁に家の中に霊がいる!」と騒ぐものだから
困って知人を介して私に連絡が来たのです。

家に行き、挨拶をし、とりあえずお話をはじめたのですが
どうもお呼びでない態度の家人さま。

私は私に伝えられるべくことを明確にしっかり
どのに何がいるのかお伝えしました。


一通りお伝えすべき事をお話した後、
離れて聞いていた家人様が私のところに来てすわり
こう話しました。

「私は精神科医です、毎日あなたのような人と会い
 今あなたがお話したような内容の話を沢山聞きます。
 あなたはその方々と同じです、私から言えば
 あなたは精神病です」

と^^)

何を言われても驚くことはありませんが^^
なるほど、精神医学の観点からは
霊が見える=精神疾患なんだ、と学びました。

そして最後にこういわれました

「ただ一つ驚いたのは、
 娘が言う、例のいる場所と
 その性別や人物像、髪型までまったく同じなんです・・・」

と^^)

つまり、その理論からするなら
自分のその幼い子供も病と言う事になるが
そう言う結論はどうも嫌らしい、ということ。


もし、カウンセリングの要素の中に
対極の解釈を取り入れるなら
少なくとも、病と思われていた症状が
人の決まり事の解釈を越えるフィールドへ繋がる可能性があると感じるのです。

現実には不可能と思えるそれぞれの余りにかけ離れた世界同士ですが
時折、時代の中で本当に時々、その枠を超えるチャンスが巡っているのも歴史です。

宗教的解釈と医学のジレンマ・・・

様々な事例が誰の頭にもいくつかよぎると思います
しかし、逆から視ればそれは枠を超える為の必然なのかもしれません。

ならば、何度繰り返しても同じことから
いつ脱却するかなのかもしれません。


で、何を言いたいのかと申しますと・・・

様々な病で幻聴幻覚に悩み、薬を沢山飲んでいる方の中に
実は純粋にずば抜けた霊的感性の持ち主が
沢山いらっしゃるのだろうな・・・と言うこと。

だって、霊=幻聴 幻覚=病と言われてしまうのですもの^^;

たしかに、霊ではないのに、霊だ、と言い切る方はいます。
違いますし、ここにはいませんよ、と明確に伝えても納得せず
ついに写真に撮った!とお写真を持参して来たので見ると
夕方の薄暗い部屋の中のお写真・・・
確かに壁に顔のようなものが浮いています。
誰もが明確に顔と思う構図に写っていますが
「コンセントですね」と言うと
突然ぼやっと顔に見えていたものが、明確にコンセントだと認識できのです。

なぜならば人の脳ってそうなっているいるからです。
言われると顔に見えるようになり、次の説明する時は
顔にしか見えなくなっていて、ついには顔に見て欲しいという感情表現が入り
顔として見える説明しかしなくなります。

しかし、例えばコンセントだと明確に一言つたえるだけで
初めて部屋の構造や全体像、その位置関係を認識しはじめ
そして、それが本当二コンセントであることに気が付く瞬間に
それまでの暗示が解け、明確な確信が生まれるのです。

この解析力をいつ如何なる時でも瞬時に使える事が
霊感を持つ方の最初に養うべき要素となります。

お写真にの4面の淵のいずれかから、
ぼやっと大きな物体が被うように写り込んでいる場合
そのほとんどが「指」です^^)

自分の指が写っているなどと考えもしませんから
何かがいる、となってしまうのです。

その不安をなくすことが大切と感じ
お会いする皆様に、本来何を大切にすべきかを
お伝えしていおります。

2014年、頂くご縁の中で
できる精一杯をさせていただきます。

本年も宜しくお願い申し上げます。




合掌  浄霊師 神島千尋

| | コメント (0)

« 2013年12月 | トップページ | 2014年2月 »