座敷わらし
座敷わらし

純粋なまるで小さな光のような玉が
同じところを何度も
同じ方向から現われては
消えていく。
視野に入るたびに
何だろうと思いながら
でも、話を切るわけにも行かず
その繰り返しの中で
視えて来るものは悪い流れではなく
いやどちらかと言うと
清らかな縁結び。
なるほど^^)
座敷わらしの流れにも色々あるものだな~とあらためて。
人の心が想像をする時間のなかで
自分本位の想像と、心理にアクセスする想像は「
繋がる世界がまったく違います。
欲を叶える想像はあくまで想像で
人の意識の波動 が渦巻く世界の
それぞれの階層の中にあって
そのときの心の波動と常に連動して
影響を受ける体制を自ら整えていることになります。
それに対して、
心とは何か
自分とは何か
人はなぜ生まれてくるのか
そんな瞑想から始まる理の追求を
掛け違うことなく入っていく心には
繋がる先が先の階層とは違う次元に最初から縁を結びます。
この方向へのアクセスには
持って生まれた自らの魂の光を
いつも意識できる事が大切で
その感性を、物理的なこの世界の中にありながら
いつでも引き出せることが出来るかを
人は問われているのだと感じます。
だからあえて逆の試練である誘惑や堕落が
一番簡単でシンプルな試しとして巡るのでしょうね^^)
シンプルであるから、
いつでもできると錯覚させる事もたやすく
故に惰性が決断を遅らせていき
少しずつ少しずつ削ぐように気力を減らされ
気がついたら、口だけは達者になり
行動が伴わない・・・・
なんて事になっていることすら分からない状態まで
引きずり込まれていませんか?
「感謝していますよ、いつもそう思っています」
思っていることと
表すことは違います
人は心で生きています
しかし体がなければ人ではありません。
という事は、行動で表してはじめてした事になります。
伝えたい事はね^^)
普段している事は大切に続けてください、自信を持って。
そして同時に心の側でも
同じ感覚である対極の世界へ意識を向ける時間を
人生の中でほんの少しだけ、付け加えてほしいのです。
そのほんの少しのアクセスがもたらす
無限の広がりに
それまで経験したことのない結果をいただけるはずです。
それを大きな「幸運」と捉えるのは欲の心そのもの
それがアクセスを断ち切る唯一の要素です^^;
素直にアクセスできるとね
青空一つにありがたいと思えてきます。
風を、流れと感じるようになります。
自然界の流れとはまさに光の川なんだな~と^^。
その光のあつまる所には流れがあると言う事です
その流れの中に生きている私達ですから
心地よさを感じるのは当然です
その流れを引き込める人、または場所は
繁盛すると言う事です。
だって心地よさを感じる場所なのですから。
自営業の方、今回は答えを書きました
参考にしてください。
どれほど改装しても、どれほど考えても
全て物理的な方向だけの、
言うなれば片側だけの行いになっていませんか?
純粋で無邪気な自然界の光の波動は
捉え方を変えれば子供のような立ち振る舞いに見えます。
座敷わらしが幸運をもたらすといわれる由来も
なんとなく見えてきますね^^。
合掌 浄霊師 神島千尋
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。


コメント