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2014.02.27

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呪いとは怖いもので

何が怖いかと言うと・・・

呪っているつもりの無い呪


誰の心にも必ず存在する
闇の領域があります。

それを枠として呼ぶなら「心のブラックリスト」
これに名を列ねられると・・・
心の道と言う日々の浮き沈みにあわせ、
時には静かに、時にはデコボコとなり
片輪脱輪や
何かに引っ掛かり動かなかったり
無理に進んだり

つまり、ことあるごとにリストから揺られて溢れ出ることで
「ふと思い出す」瞬間

その時のシーンがありありと蘇り
一瞬でそのときの感情がリアルに再現される瞬間でもあるのです。

「そうだった・・・思い出した・・・
  許せない、苦しめばいいんだあんなやつ!」

そんな感情に支配されるとき
人の念は時とともに呪となってしまいます。

自らはそれを呪などと思っていませんし
人から見ても、表向きいつものその人のままです。

忘れている時はよいのですが
時々波のように頻繁に思い出す時期も巡るもので
一度思い出すと、なかなかその波動は離れないもので
打ち消しても打ち消しても
憎しみや恨みの感情は湧き上がってきます。


その影響は計り知れないほど大きな結果を生むこともしばしばあって
しかし、そのまま自分にはね返ってもきます。

その返りは、自らが通した時と蓄積の重さが
自らの弱いところや
一番大変なとき
重要な場面であったり
弱り目に祟り目と言う戻り方をすることで
どれほど大切なものかを教えてくれる返り方となるのです。

なんでこんな時に・・・  と思う対局には
こんな時だからこそ、があるということなのでしょうね。


がんばろうっと^^)



合掌  浄霊師 神島千尋

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2014.02.17

黒い影のしつこさと言ったら・・・^^;

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懐かしい写真が・・・
何年前でしたか^^;


~~~~~~~~~~
さて、ここ最近
もう本当に油断もすきもありゃしない^^;

少し気を抜くと
黒い影は周囲を取り巻こうと近寄り
触れそうになるとサッと離れ
そんなにとり憑きたいのでしょうか?

さすがにキレますよ、と言いたいほど^^;
そのしつこさと言ったら・・・
人の心とはまさに無限の宇宙
うれしさも楽しさも
妬みも身勝手な逆恨みも
無限宇宙^^)

そんな黒い渦に娑婆中包まれている現代の人の世
困ったものです。

大雪で多くの人の心に思い影を落とす今
そんなところに引き寄せられるように・・・
いや元々その要素は双方にあって
たまたまこのタイミングを好機にしているのでしょうね。

来るところまで来た今の時代

後はいつどこで反転するか
このまま引っ張り続けられるのか・・・
こればかりは天も地も
気も物質も
五感も霊感も
物力も精神力も
すべての流れの結果ですので

野となれ水となれもあるいは
確かに一つのこたえなのかもしれません^^)


受けるには受ける理由があり
なら、受けた上で経験とし
いずれ受け流すことで生かす

人の流れも同じなのでしょうね。
歴史の中でその時代時代で受ける理由があり
なら、受けた上で経験とし
いずれ受け流すことで次の流れの始まりとするなら

それができるか否かは
その時にバトンを持っている方が決断すべきなのです。

バトンは次に渡す為であり
自らが持ち続ける為のものではないのです。

先人は、その時代ごとに
人として肉体を持ち繋いだその記憶を
自分だけの為に使おうとするなら
そこで道は閉ざします。

個人なら信頼を失い
グループなら派閥を生み
家なら跡継ぎで悩み
国家なら当然無理を積み重ね、
歪の繕いの繰り返しとなります。

何事にもそれをする時、があり
そのタイミングはあっさり訪れるが故
本当にそれで良いのか人は必ず試されます
「迷い」と言う欲で。

その決断は、何を基点としてるのかが大切で
結果として成さなかった場合でも
良い方向に収まっていくものです。
逆に思い通りにならない方が
大切なものを意識できる機会となるものです。

そう転じてみせて次が繋がるなら
動じずあわてず、できる事をする^^)
やっぱりその結果はありがたい、と成るものです。

今を生きる肉体は
誰もがその手にバトンを持っています。

誰に
何の為に
どう受け渡すのか


少しだけ
そんな事を意識してみると
今思うことの理不尽や辛いことなどの
あるいは意味が違って見えてくることが
無きにしも非ず。


合掌  浄霊師 神島千尋



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2014.02.15

雪です・・・

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長野県でも佐久と言う地域は
凍みは強いが雪はそれほど多くないのですが

これまでで一番の降雪と思います。

凄いですね、しかし。
2階にいても屋根に積もる雪で
窓が半分まで雪で埋まっています。

これほど降るとは・・・・

異常気象とは言いますが
少しずつ少しずつ
地の流れが変わり始めて久しいです。

これまで無かった現象が起きはじめ
これまであったものが変化をはじめ

環境の変化に応じて
それにあわせて動いていくしかない
つまりシフトチェンジが必要な段階と言うことなのでしょう。

このチェンジって
実は凄く大事で

切り替えることって本当に大変なのですが
流れには段階があり
弾みも必要なら惰性もまた必要で
やさしい流れは穏やかでよいものの勢いは失われ
時々弾みになるターニングポイントがあるから
次に加速する。
しかしエネルギーの強さは大きな一歩となりますが
周囲に波及する余波も大きくなります。

私の場合、その余波に気を多く使い為
無題に勢いを消してしまう事が多くございました。

それも含めて変化をしなければならないならば
捨てると言うよりもそれを越える次の領域を
自らのものとしてしまえば良いと感じています。

捨てるとは、出来ないことを無理してしなさいと言っているのではなく
「お役目を終えたものに感謝をし、
 しっかり区切りをつける最後の勉強を
 させていただくことであると心に受け止めること」を言います

つまり笑顔でお別れの出来る心が大切で
それも供養と言います。

この供養が次のサイクルとなり、
その輪に出会いが巡るなら
まずその始まりを作ることは
種まきと同じと言えます。

変化に合わせて
切り替え、対応し
我慢を繰り返していた心から
自分の法律でかけていた心の呪縛を
フッと解いてあげることも大切と思います







合掌  浄霊師 神島千尋

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2014.02.13

瞬間移動 

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電話が鳴る

受話器をとるとき 気がついたのですが
前日深夜同じ番号から何度も着信が入っている

出ると、聞き覚えのある声

富士山界隈の相談者様で

もともと霊感の強い方なのですが
なにやら興奮気味にお話が始まる^^)

要約するとこんな感じ

~~~~~~~~~~~
大雪の後、夫婦とご友人数人で車でドライブしたそうです。
夜道の雪道を進み、山沿いの広場?に来たところで
雪だるまをつくろうと言う事になり
皆で車を降りて
いくつもいくつも雪だるまを作ったそうです。

途中お写真を撮ったりしながら、楽しくすごし
さあ帰ろう! と車に乗り込み帰路。

もうすぐ家につくと言うところで・・・
腕につけていたはずのブレスが無い事に気がつく。

あわてて引き返し、雪だるまを作った場所を探すも見つからず。
一度戻り、日が昇ってから改めて探しに行こう、と帰宅。

落胆で家に入り、電気をつけると
なんと祭壇にブレスがある!

雪だるまを作りながら写真なども撮っているので
腕につけていたのは全員が承知の事実。

しかし、作っているうちにいつの間にか抜けてしまい
落胆しながら皆で探しまわり、見つからず
そのまま家に戻り全員が

え?  うそ!
~~~~~~~~~~~~

と言うお話でした

物質の瞬間移動、テレポーテーションといいますが

実は、同様のお話、ブレスに関して言うなら
神島千尋は沢山報告をうけます^^

ですので「よくありますよ、それ」と言う返答になり

え・・・そうなんですか?と拍子抜けされてしまいます。

以前もお話したかもしれませんが
他県に住む方からブレスの依頼が入りお作りしました。
毎日つけられていたとの事ですが
あるとき夫婦喧嘩がエスカレートし、別居する事となりました。
そんな折ブレスも紛失・・・
もう最悪な感覚で、いくつも県境を越えて実家に帰省し
まずは先祖様にご挨拶をと、お仏壇の前に行ったら
なんと、お仏壇にブレスが綺麗な輪を描いていたそうです。
「こんなことって信じられないけど、あるんですね!」
とお電話いただいたりします^^。


必要があって、縁を結ぶアイテムは
そのお役目を果たすことが大切な流れとなります。
そのお役目を果たせるか否かは
それを手にする方とそのアイテムとの繋がり方一つと感じます。

その働きを自分と連携させている場合
それは大切であり、必須なものとなります。
心の波動 、魂の波動 が常に繁栄されるのが身近な物達
その中で互いの波長が、良いバランスを保ち
あるいはそれぞれの助けや調和を
霊的なセンスで掴んでいるひとは
なんとなくしている事が、的を得ている日々となります

それを成しているのが、周囲との連携なら
ブレスはその中で一番身近な、
しかも波動そのものに直接関与する大きな存在となります。

それが現実的な説明や人の作った理由に流されるのではなく
そもそも自身が穏やかな波長でそれを手にする場合
物理的な概念を越える不思議な出来事は
そもそも不思議ではなく、必然なんだと素直に思えてきます。

そして、なるほど
これほど大切だと言う事を
明確に教えていただけたことに
「神さま仏さまの姿を見たい」と言う事への
これが明確な意思表示である、と悟るべきなのです。

それも一つの姿のあらわし方であるなら
これほど明確なものは無いのです。



私はシンプルに捉えています

だから水晶なのです

純粋でそのままだから^^。




私もこれまで水晶で様々な経験をしていますが
例えばひとつ^^;

若い頃、ろんぐろんぐあご~な話しですが (笑

海で泳いでいて、腕を思いっきりふったら
まあ当然ですが、ブレスがスポンと抜けて
それは見事に彼方に飛んで行きました。

大勢いる海水浴客のどこかあの辺にぽちゃんと。

波にさらされ、人を掻き分け
そのうち方向もわからなくなりながら

胸下ほどの水深の中
手だけ海底に伸ばしていくと
最初にてに当たったのがブレスでした^^)

まだ離れる訳に行かない縁だったと言う事ですね。

後にこのブレス、現在の3連の原型となり
大お焚き上げ供養で身代わりとなるなど
私の浄霊師としての時を全て共有した石となりました。


身近なもの、大切にしてくださいね^^



合掌  浄霊師 神島千尋


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2014.02.07

無題

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年末年始から
例年を上回るご縁を頂いております。

出来る精一杯をしておりますが
正直^^; スケジュールも凄いことになってをりまして

ブログ更新どころではない今現在です。
すこしブログ休止しようかとおもっているほどですが
そうもいきませんので、がんばります^^)
   ↑
(あ、これ自分への渇ね w)

マネージャさん的な方でも探さないといけないかな~と
本気で思い始めました。
おそらく神島千尋の事務所にお電話いただいていると思いますが
殆どでておりまして、電話出られないことばかりです。

何度かけても出ないと言われるかた^^;
携帯にください、お仕事中でも履歴があればかけ直します。

と業務連絡をしたところで、さて本題


~~~~~~~~~~
格とは様々ですが
他の言う格と
自負する格には
大きな格差があるように

霊格もまた同じ

神格も智慈の光と
自ら神であると名乗る霊では
存在そのものが違います。

しかし、目で見えない場合
人は後者も神と信じてしまうこともあります。

さらに言うならば、それを神とし崇め奉る
霊能者さんも存在すると言う事です。


時々ね、行き会う波動のなかで
こう言う気の流れに包まれている方がいます。

他に悪影響を出すような纏(まとい)


一つ一つ説明しきれませんのでアバウトに行きますが・・・

要するに、自分の都合による霊力で包み
それ以外は排除したいという、意味の無い霊力。

しかし霊力である以上、厄介であることに変わりは無く
中には、とても強い呪になっているものもあるのです。

そこに長い間縁を結ぶと、ある意味洗脳と同じで
それをしないと不安になるとか、気がすまないとか
それなくしては生きていけないとすら感じてしまうようになり
よく分からない印を結び、神格を持つ領域に心を結び
力を引き出し、表向きは他者の幸せを願う言霊を放ちながら
その実自らの願望成就に本念を傾ける。

神さま仏さまは姿を御視せくださることなどまずありません。
呼び出してしぐ現われる・・・
そう言う存在でもありません。

その波存在そのものは姿や形で視るものではないのです。


人の心とは、思うことを実現する力があります
多くの方に先生と崇められることを当たり前とし
長い間安泰の人生を送ったからと言って、
中にはその居心地のよさから
亡き後も、神と崇められたいと
居座ってしまう宗教家さんだっているくらいです。

霊感があって意を感じる人ならば
神の声を聞いたと思うこともあります。
信じきると人は一気に心の世界に入り込んでしまう
全てその方向に当てはめてしまう事もあるからです。

神さまがステーキが食べたいと言っています・・・
だからステーキを食べるのです・・・
と、それが神事となっていることもありました。


さて、話を戻しますが
そんな折、強い念を駆使する霊能者がいました

他の霊能者を全て排除するために
相談者の浄化をしながら、
神の力を借りて、念を飛ばしていたのです。

正直ちょっと驚きました

深夜寝ているとき、一瞬ですが
魂をゆすぶられたのです。

ガクガクガク  ^^;とね。
2、3秒でしたが。

おお、これか^^)と
はっきり分かりました
精神的に引っ張られやすい波動 の方
子供や年配の方で影響を受けやすい人ならば
ストレートに受けるだろうな・・・と。


良い経験ができました。




もう一度言います

姿かたちではなく
その構成そのものを心で感じる事が大切です

それすなわち
常に神仏さまと触れていると同じこと^^)




合掌  浄霊師 神島千尋

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