無題

力に拘ると力に飲まれます
策に拘ると策に溺れます
修行は力を得るためではなく、
拘りを一つずつ捨てていくことと感じます。
過去や未来を当てることや
術を一つでも多く知っていることに意味はなく
今、相対する人の心に
どれだけ光を灯せるかが大切と感じます
自らの心の光で、自らの足元を照らせるだけでよいのです
ただそれだけが
なかなか難しい。
簡単なことほど継続できないものです
なぜならば
簡単なことほど
そこに意識を向け続ける気が持続しにくいからです。
心と身のバランスにより
双方の波動がおり合わさる事を気合と言いますが
気合により、意識は一つの方向に道を指し示します
その道を進むときが
運気を呼び込み
強い意志で成就を可能にしてしまうのですが
思っている事と今していることのギャップが
気のもとを生まない隙を生じてしまい
それをしているのに、違う事を考える繰り返しとなり
後で聞かれても「よく覚えていない・・・」となります。
継続は力なり、といいますが
それが逆転していしまうケースが非常に多いです
「こんなにやってるのに・・・意味ないじゃん」etc
できる事をがんばって継続しながら
^^)でもね
時々、我を通してみるなら
それは自然に繋がっていくものです。
往々にして「その逆を普通」にしている事がおおく
つまり無理を通し続けるがゆえ
本当にそうしたいと思う時こそ通らないケース^^
誰もが経験していると思います。
一つ一つの今に基点をもっているなら
見えない先の不安よりも
次に何が出るのか楽しみ、と言う感覚になって行きます^^)
合掌 浄霊師 神島千尋
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