2015.02.12

邪気

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私は浄霊師です

浄霊師として何を視ているのかといいますと
波動を大切に感じます

波動とはこの世界を構築する根本であり
その波によりそれぞれのバランスは保たれています。


人の体の持つ波動と心(魂)は波動のバランスそのものです。
そのバランスを失った瞬間
流れは滞り、本来持つ力をうまく生かせないなると不調を感じ
その不調を長く続けると、その不和を基本として
全てを周すこととなり
つまり少しずつ少しずつ輪を崩していくことになります。

最初は微妙なズレしか見えませんので
その部分の対処で一見戻せたように感じますが
その歪は、あまりに大きな人生と言う時の流れの輪の中で
後に後に押しのけられ
五感では見えない先にほんの少しの狂いを生じさせていることなど
気がつきもしないまま、笑顔で楽しむ今。

時折、その修正を教える為に、あの手この手で
ほんの少しだけ廻る瞬間を頂きながらも
そう思うことの無いそれまでの長い習慣を貫き
継続させてしまう繰り返しは、その内嫌な出来事として認識し
それを意識しないように脳の中から排除させようとする。

人の機能とは凄いもので、拒絶反応を残さないように
一瞬で意識を切り替える事が出来るようにしてしまうものです。

現実逃避や都合の良い自己中

ギャンブル・お酒・過度なゲーム熱中などに飲める込みすぎなども
気をつけなければ、現代の闇と感じる人の負の念の集合体に
アクセスしやすくなってしまう可能性があります。

はっきり申しておきます!

私は頻繁に黒い影の話を書いておりますが
この黒い影の存在は大きく分けて二つ。

その一つが人の念の集合体です

その邪気に意識が同調すると、離れる事は本当に難しいと
浄霊師としての経験から言えます。

私が行う邪気祓いとは、この念の祓いです
多くの方が、軽くなったと言うのは祓ったからで
念はその習性上、とても強いマイナスの波長と
肉体に感覚を覚えさせるほどの物理的な作用を持っています。
つまり痛みや重さを感じさせるということです。

ですので、それを除けば、当然軽さや楽な感覚があると言うことです。

受けるには受けるだけの理由があり
その理由を知り、同じ繰り返しとならないように
それまでとは違う自分を新しい習慣で作り
それを繰り返す日々の中で
心身のバランスとはこう言うことか^^

と自分で経験し、納得する事で自分の自信となり
そのバランスの波動が、負の念を弾くことを護身とする生き方が大切と感じます。



もうすぐ春ですね



その頃、メディアや紙面を通し
その大切さを伝えようと思っています




合掌  浄霊師 神島千尋

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2014.10.24

正直宗教とかどうでもいい・・・

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ご無沙汰しております。
日常に変わりはなく
いつもと同じ時間と同じ流れを
大切にしながら

その中で
色々と考え
準備し
動き

これまでとは違う時間を

ほんの少しだけ
過ごしておりました。

人として命をいただき
人として物質の世界の中でもがきながら
その中にある様々な世界感の中で
ひとつ新しい経験をさせていただきました

多くの人が関わり
多くの縁が生まれ

さて、ここからどのように広がっていくのかは
これから何年か先に答えが出ることでしょう。

大きな流れの慣性は動かすことは容易ではありません
しかし、変わることのないと思っていた大きな目の前の
当たり前な現実が、ある日突然大きく揺らぐのも
この世の長い流れの中で測れば度々訪れるものでもあるなら

今生の中で、幾度しかない転換期を
経験するのもまた大切と感じる。

概念とはやもすると固定観念でもあり
それすなわち囚われてしまう「枠」なら
打ち砕く時がなければ
今のスパイラルから脱することもない

もうね
おそらく多くの方が感じているであろう心のモヤを
一度晴らす時が必要と感じています。

複雑になりすぎ
よくわからない造語と入り乱れる情報の中で
理論や理屈
霊感があると言う人の
本当かどうかわからない言葉の暗示から
一度脱しない限り・・・

不安や恐怖
心の闇が広がり続け


何が一番怖いかというと
今を生きる人の心=霊性が
生きているうちから迷いはじめ
苦しみやふかい悩みの呪縛に沈んでしまう

そのまま肉体を失うなら・・・
肉体を失ってなおこの世に執着し続けてしまうばかり。


その為に
志を共に出来る方との縁を
大切にしていこうと感じております
宗教とか
信仰とか

そういう事はどうでも良くて

この世界の中で今何をすべきか
そのためにまず何を知り
何を始めるべきか。


洗脳とか
何を祀るとか
何を唱えれば効果があるとか

まずそこから意識を変えて行くべきと
素直に思えます。


まずひとつ
これまでしてきた事はそのままで良いと思います

まず一つだけ新しく始める事を大切にしてください
その一つがどれだけ

自分の人生を変えるか経験してください。


何をすれば良い?


それぞれが生まれ持つ波動の
方向性に従った流れへのアクセスです



合掌 浄霊師 神島千尋 

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2014.09.14

水晶に宿る

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気がつけば水晶の純粋な波動に魅せられ
もう30年になります。

最初に手にした水晶は加工された六角柱
しかし身に着けてからすぐに不調となり
それでも我慢して着け続けてみたものの
まるで風邪のような症状が収まらず・・・
はずしたら翌日には改善する。

気のせいかとつけるとまたその症状に襲われ
はずすと治る・・・を繰り返し

そんな体験から、水晶の波動に
興味を持つようになり今に至るのですが^^;

同じ大きさだから同じ強さや波動 と言うことはまったく無くて
それぞれの個性や結晶の成り立ちなども含め
全て違いがあるから面白いのですが

そもそも、それを持って金運が上がるなどの考え方は
それ自体の心の波動が水晶に影響しますので
逆に遠ざかることも知ってください^^)

追うと逃げるものです。

透明感は純粋にそのままを映します。
映したものを増幅しその方向の流れを強くします。
形には意味があり六角も球も反射を繰り返します
エネルギーで言えば増幅を意味し
流れで言えば入ったものは出にくい、となります。

ここで大切なのは、水晶自体に変わりは無いのですが
そこに介在したことのあるものが影響を出していないか・・・

掘り出され
運ばれ
売買され
加工され
人手に渡り
問屋を回り
流通の流れに乗り
販売元に置かれ
多くの人の波動に触れ・・・

と言うようにどれだけの気に触れてきたかを考えると
どこを流通してきたかなど誰も知る由はありません。

例えば^^;極論ですよ。
それを持っている方が亡くなっていることだってあるのです。

何が大切かと言うと
まずしっかりと浄化をする事!

この浄化が成されていなければ
それまでの気がそのまま残っていることになります。

その気が自分と折り合えば問題ないと思いますが
波動同士が合わない場合、
または桁違いの波動 であった場合・・・

心では違和感を感じますし
敏感な方や受身の波動の持ち主は
肉体的な不調が現われます。



そしてもう一つ
同様の不調の原因の理由に、器があります。

そもそも、マイナスの要因を持っている方は
逆に良き流れの波動を拒否するように
不調が起こることがあります。

この場合は、
自らがその波動について行けるようになることが大切です。

心霊の世界に興味があり
スポットなどに行ったり、
霊感が強くなる願望や行いに興味がある方などで
水晶によって頭痛や不調を感じる人が少なくありません。

この場合は、少しずつ慣らして行くしかないです。

霊感を磨くのは悪くはありませんが
それが何の為なのかを常に天は見抜きますので
言葉と行動にズレがあれば
その因果が今の自分の状態として答えを見せてくれます。

透明感が強く大きいほど
その波動の波紋も強く大きいものです。

希少な最高グレードを大切にしてください。


合掌  浄霊師 神島千尋

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2014.08.19

心のアクセス

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動かないものは
どうあがいても動かず

ならば動かない事でそれを生かすという
発想に変えてしまう人で成功している人もいるものです。


苦を、幸運と変えてしまう事が可能なら
それは発想の転換がそのスタートとでもあると言う事なのです^^)


捨ててしまうものを集めて一つの袋で安売りしたら
バカ売れしてしまい、今では半端を作る事がメインとなったり
面白いものですね


一つの思い込みが破滅するほど追い込んだり
一つの思い込みが、ありえない効果を生み出したり


フラシーボ(プラセボ)とは凄いもので
それを嘘の代名詞で使えば、暴く側に都合よく働き
しかし、それも含めて心の安定を有む要素とするなら
ひとつの特効薬とも言えます。

これをお金目的で利用する心が生むのは
人を操る為の暗示として
繰り返し繰り返し刷り込むように呪縛していくのでしょう。

しかし、人の作る呪縛は、人の言霊で解くこともできます。
そしてその言霊に力添えし、その繰り返しを積重ねる波動 には
必ず結ばれる縁が生まれます。
その縁は深い意味があり、今理解している事の全てをぶつけても
広がる砂浜の足元の指に挟まる程度の領域でしかなく
その一粒を理解するのに数年かかるなら
わずかに足の指で挟んだ数の砂粒の全てすら
解釈できないかもしれない・・・


今起こる出来事に意味があるなら
その原因が必ずあって
その原因が分からず苦に飲まれてしまいがちですが

誰もそれを救ってくれないという
怒りの転換がさらに迷路になるかねません。

例えば部屋や家が散らかり
どうにも足の踏み場も無い状態に陥ってしまったとして。
最初は掃除などもがんばっていたのに、
心身の疲れや落ち込みから
動けなくなり、致し方なくそのままと言う事も理解できますし
それは自然の流れの一つでもあります。

もし物事に理由があるなら
そうなる必然があって今目の前のそれがある、となるのでしょう。


人は五感で物事を認識します
五感で判断しているので、物理的な解決や解消方法を探り
いくつかの解決方法の中で対処できる事をします

ここで大きく関わってくるのが
五感と同時に働く感性。

この感性は、五感と違い無意識の領域で動いています
ですので、その影響を物理的な結果で見える頃に変えようとしても
どうにも出来ないのです。

どうにもできないその結果を
またこれだ、いつもこれだと感じるその思考習慣は
後の結果もすでにそこで決めている、という事を
今見せてくれているのです。

もしその領域に常に心は触れているという事を
少しだけ日常の中で意識する習慣を持つと
五感で判断するいつもの思考の中で
無意識でありながら、
善と悪や他の為にと言う精神が判断する時の要素として
心に浮かぶようになり、その繰り返しがその基準を大きく上位に
押し上げていく日々となって来るはずです。

これは自分の為や、自己中心になりがちなこの世のなかで
損得の枠を超えた利他の精神と言う
霊的な判断を大切にできる霊性となり

その心の波動は自然に同様の波動の領域に
アクセスしやすくなります。


この波動には、通常芽には見えない周囲に満ちる
無数の光の波動の応援が入りやすくなり
その流れは、思うことを思う方向に
導いていく大きな導きともなります。

その流れに入っている人は
霊感を強くしようとは思わなくなり
行う事や選ぶもの
考えることや行動そのものが
そもそも思う結果への近道となる選択をしている事ばかりとなり
なるほど、そう言う事だったのか、と
その都度、結果が答えとして見えるようになります。


なにか新しいことをしようと模索している人なら
自然に思うことがその流れとなり
そもそもそのインスピレーションが導きだった事に
驚かされたりするものです。


もし、一つのきっかけとなるならば
私はご縁頂く方にできる限りのお伝えをします
その縁をどう生かすかが、人の心の持つ力と感じます。


合掌  浄霊師 神島千尋

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2014.08.17

不動明王の親玉






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希少な水晶を組むブレスは
その波動が輪となり
流れを整えます。


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これまで沢山のご依頼を受けて彫ってきましたが
新しく親玉を彫ることにしました。

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千火堂の本尊さまである不動尊を刻印しました

これまで思ってはいましたが
そのまま本尊さまを刻印してございます。
ご希望があれば、そのご縁が護りとなりますように
刻印させていただきます。




合掌  浄霊師 神島千尋


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2014.07.02

まずはじめる

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物事の流れとは
流れる先を見越しどう流すかを先に決めておくことが大切。

道に迷うことは多かれど
人生の中での迷路は
本当に厳しい事はよく分かります。

良かれと思い犠牲をいとわず
人の為にという想いでそれなりに犠牲をはらい
一生懸命動いてみたものの
縁など言葉だけの世界だと思い知らされ
行き着いたのが某公園のグランド外野席・・・
と言っても野芝が群生しているだけ。

そんなところで浮浪者をしていた頃
そんな生活で初めて見えてくる事も多々ありました。

話をしなくとも同じ境遇の方々が
とても多いこと。
気がつくとあちこちでいつも同じ人が同じ時間同じ流れで行動している
もちろん私もその一人でしたが・・・

あれから数十年
私はすべき事と
これから成すべきことを明確に心に持ち
今を動いています。

心で描くことは
一つ
一つ
形になる事を知り

描いた物は、流れとし次に転じ
そして、後の本道へ持ち上げていく

その為の縁は
心の基点をベースとして成り立ち
その基点を中心に広がるその人の波動み見合った導きが
運となります。

そこが始まりであり、終わりでもあり

運気を導くのは巡り巡って、結局自分の心なのです。


まずどうなりたいのかを心に決めてください
そして、それを常に思い出せるように繰り返し大切に思い出す
それを基点とし、今すべき事を、
「そのための通過点」としてしまう心根に変えて行く事が必須です。

これを繰り返すことで、いつか・・・いつかですよ!
一瞬でも本当にそうなったような感覚になる瞬間が必ず訪れます。
想像の世界の話です、が、想像の中でその空想の中に入り込む瞬間があるのです。
本当にそうなっている感、として。

そのすぐ後、現実に戻りますが・・・

いいですか^^) 
大切なのはその一瞬でも入り込めた「心の変化!」なのです。

それまで投げてしまっていた心の中に
一瞬でも光が灯った瞬間と言えます。

所詮空想 ?

いやいやされど空想!

プラス思考の人はこの空想を日々大切にして生きている人なのです

そしてその思考の人は、人の悩みを悩みと捉えない感性で見ているだけなのです。

同じ出来事を憎しみで見る人がいます
それを気にしない人もいます。

恨みや憎しみとして見るのも一つの捉え方ですのでそれはそれで良いと思います。
喜怒哀楽は人の心の大切な要素して頂いている感覚だから。

では何が問題かと言うと

気にしないふりをしてしまうこと。

これはどこにも逃げ道が無いのです。

憎しみを持つ人はその感情を出せます。
本当に気にしない人は、誰もが凄いな~と自然に感じます。

しかし「フリ」の人は、表向きへ気を装いながら
心では納得できないままなので、自分にも他人にも嘘を続けなければなりません。

いつかどこかで必ず苦が限界を超えます。


そうですね、人の持つ心の波動を願いとして飛ばす時
期間で言えば10年~十数年はかかります、普通ね^^)
なぜなのかも明確にお話できますが
それを言ってしまうと色々と不都合がありますのでここでは言いません^^;

願いがどうして叶うのか、
どうすればその通りになるのか
お会いする方にお話しする事がありますが
それだけを教えてほしいとメールを下さる方がいます。

その時点で無理と言うことまず知ってほしいのです

なぜ想いが伝わるのかをまず知ること
そして、先にすべきことを知り、始めること。
始めたら継続し、貫くこと。

何も難しいことなどありません^^!

叶えるためではありませんが
人の持つ心の力を知らず
それを実現せず送る人生はもったいないな~と
私は思うのです。


今ではなく、いつどうなりたいか

まず先に自分の行き方について一つの流れを決めてみるのも大切と思います。

~~~~~~~~~~


この夏
一つ大きな事にチャレンジしてみようと思っています

この挑戦は楽しんでみたいと思います。

お話しできる時が来ましたら、皆さんに公開いたします。


合掌  浄霊師 神島千尋


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2014.06.23

感覚の整え

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物事には必ず終わりがあります。
これは絶対です。

始まりがあって終わりがあって
そして一つの区切りがつき
区切りがあるから次を始められる

一つの始まりは、いずれにしても形になり
その形は大きくても小さくても
よくも悪くも枠となり
その枠それぞれの色や味が生まれます。

そこに縁を持つ人はそれぞれの色に染まり
この世にある様々な枠や形同士が
調和しいがみ合い
馴れ合い
うまく立ち回り
どうにか折り合いをつけながら
今があるのに

そのまま継続し続けることが不可能な娑婆世界の常

正義の名のもと争いも絶えず・・・

そこを超えた心の世界に導くことで
多くの宗教家が平和な世にしようと願っても

言葉はなぜか消えていくさだめ。

ほんとこの世は策士が多すぎる


何が大切か

目の前のそれに問いかけてみたらよいのに・・・と思う。

信じられなくなることばかりの日々の中で
それでも唯一失わない心の基点を瞬時に思い出せれば

常に軌道は戻り
本来の筋を取り戻せる

そんな自分でいる事が大切と感じます。

傾倒や傾きは、必然と思います。

必要があってそうなっている事に、いつからか誰もが気がつきながらも
苦に飲まれ心落ち続けてしまう時を繰り返し

しかし、そこから這い上がろうともがきながら
その一念は、失わなければ必ず一つの道に繋がります。


いつかどこかで一つ抜ける瞬間を頂いた時
次に落ちるときは、最初よりも早く上がることが出来るようになります。

なぜならば、一度でも上がった人は一つ心が悟っているからです。


また次に心落ちても、もうそれまでとは違う視点で視ていることに気がつかないまでも
その気の波動は、それまでと同じ状況の中でありながらそれまでとは違う流れをそこに生んでいる事となり
つまりその因による果も当然変わることになります。

その繰り返しが良き流れの最初の始まりであり

つまり種まきです。


その種をまかず、それまでと同じ感情に支配され
同じ繰り返しのスパイラルに居るならば
まず環境を変えてみることから始めるのは、よい事であり
それなくして新しい流れを呼び込むことは不可能と言えます。


敷地、家屋、浄化をし
お仏壇の前に座るも・・・
家族は皆経っている状態。

座らないのではなく座れない、荷物が散乱しすぎて
その場所が無い・・・

「汚くてすみません」は私に言うのではなく
家に言ってください。

しっていますか?
家は生き物です。

柱が建っているでしょう?

柱には命が宿るのですよ。


その家に感謝せずに
良い流れを欲するはあまりに勝手。

その本質をお話するだけで
皆さんお顔が変わります
その心の変化に家が応えてちゃんと合図を送ってくれていることを
初めて知る方々は、すぐに行動を起こします^^)


気持ちの切り替えしは、心の整理
心の整理は意識の変化

意識の変化には
五感の変化も大切な要素となります^^)


敷地、家、部屋の片付けによる視覚的変化
聴覚から取り込む振動波の刺激
匂いも味も触覚も

その変化は心とそのまま連動しています。

「汚れているより綺麗なほうが気持ちが良い」

それが始まりならやるべきです、すぐに^^!



合掌  浄霊師 神島千尋

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2014.05.13

無題

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目をさますと毎朝こんな風景がひろがっています



今ね、
事情により外で待機中ですが
押されて動くほどの強風に耐えている東京某所


毎週東京にいるこのごろ
東京に住まいを借りたほうがよいかもと
本気で考えているこの頃(^-^;



季節の変わり目は、生き物の体質もかわります。
適応力とはすごいものですね、今更ながら。

しかし、この切り替えは言うほど簡単ではなく
物理的いも精神的にも寝かせていた部分を
動かさなければならないので、
時に不調や痛みを伴うことも少なくありません。

肉体的なものはよいとして、同調している心の変化のなかで
年々その同調にズレが生じて来る方もいます。
このズレは気力で補えることもあり、
しかし強引な擦り合わせは結局どこかでしわよせを起こすもの。

ぬぐえない脱力感に支配されてしまったり
無気力になってしまったり
常に眠くて眠くてしかたなかったり。

そんな中でもしなければならないことは日々正確に確実に巡るので
やらねば、と義務で走る繰り返し(^-^;

休む事も大切ですね

心の浄化は魂の波動により異なりますのでひとそれぞれ違います。
見える世界での発散は誰もが常にしています。
リラクゼーションも含め全て肉体面でのことなのです。
心の浄化に通じているひとは本当の意味で
今の心の状態を、はっきり認識できるようになります。
繋がりを大切にし、いつも意識できている心は
その時々で明確に心に頂いている色彩が描かれます。
なるほど、今自分はそう言うじょうたいなのか、と。


自分の色を、大切にしてくださいね


合掌 浄霊師 神島千尋

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2014.04.23

雑記

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そうね
大人になる一歩を踏み始めた頃

あの頃僕は
いわゆる丁稚奉公の身分でした

大勢の中で
それぞれが個を主張し
しかし個など集団の中では意味を成さず

それでも人の世とは
派閥やグループを成したがるものなのだと
いやと言うほど身にしみた時代

そんな数年のときの中で
放浪したことがありました。

そんな中で
とても居心地が良くて
何日も過ごしたところがあります。


山自体が信仰の対象になっているような場所なのですが
そこで寝起きし
正直いっぱいいっぱいだった心のまま
どうしたいのか・・・・

さんざん考えながらすごした場所。



先日
依頼先から帰る際、その近くを通る流れから
ふと立ち寄ってみたのです。


懐かしい気持ちと
あの頃の子供的な葛藤を思い出し
一人で苦笑いしてしまいました。

さくらがとても綺麗で・・・

あの頃のように、少し寝そべり
眼下に見渡す町が
夕刻のセピアの中でシルエットとなり


一人で長い時間を過ごした安堵感と
不思議な充実感の日々が蘇る


やっぱりいつか、
人里離れ
山奥で一人暮らしたいな^^)

改めてそう感じた時間でした。


少しだけウトウトしてしまい


そろそろ行かなければ・・・と思うな否や
すぐ先にこちらを凝視する目が二つ!


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別に驚かすつもりは無かったが
そちらからしたら土手の景色の一つに
なっていたのでしょうね。

突然動いたものだから
驚いて逃げの体制のまま
次の一手を互いが探るつかの間


別に驚いてないけどね! 的な
わざとらしい視線外しをそちらがしたわずかな時で
カメラを起動し悟られないようにフレームインさせる
私の妙技を披露できない文章の世界の限界に憤りつつ(笑

逃さなかった1枚

そこはさすがに相手も野生
何かがこちらを狙っている感は
目が物語る

ま、私の勝ちは言うまでも無いが  フッ( ̄ー+ ̄)


さて、それはそれとして
やはり信仰の山
もう頭を触りまくられです

実は昔その地で少し修行をしたこともあり
懐かしいのも分かりますが
気になるなんて物ではない触り方をしてくるのです。

言うなれば刈り上げをなで続けられるかんじ。
2、3回はいいとして、いつまでもされると
もういいよ^^!となりますでしょ^^;


春ですね



このあたりは今が満開の桜


次の始まりであり
切り替えの時でもあります。


このところ週の半分は新幹線に乗っている気がする^^;

さて、5月2週目まで
東京、愛知、名古屋、そして東北~関西周りが始まります
カメ更新お許しを。




合掌  浄霊師 神島千尋

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2014.03.28

無題

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力に拘ると力に飲まれます
策に拘ると策に溺れます
修行は力を得るためではなく、
拘りを一つずつ捨てていくことと感じます。

過去や未来を当てることや
術を一つでも多く知っていることに意味はなく

今、相対する人の心に
どれだけ光を灯せるかが大切と感じます

自らの心の光で、自らの足元を照らせるだけでよいのです


ただそれだけが

なかなか難しい。



簡単なことほど継続できないものです

なぜならば
簡単なことほど
そこに意識を向け続ける気が持続しにくいからです。

心と身のバランスにより
双方の波動がおり合わさる事を気合と言いますが
気合により、意識は一つの方向に道を指し示します

その道を進むときが
運気を呼び込み
強い意志で成就を可能にしてしまうのですが

思っている事と今していることのギャップが
気のもとを生まない隙を生じてしまい

それをしているのに、違う事を考える繰り返しとなり

後で聞かれても「よく覚えていない・・・」となります。

継続は力なり、といいますが
それが逆転していしまうケースが非常に多いです
「こんなにやってるのに・・・意味ないじゃん」etc


できる事をがんばって継続しながら
^^)でもね
時々、我を通してみるなら
それは自然に繋がっていくものです。

往々にして「その逆を普通」にしている事がおおく
つまり無理を通し続けるがゆえ
本当にそうしたいと思う時こそ通らないケース^^

誰もが経験していると思います。

一つ一つの今に基点をもっているなら
見えない先の不安よりも
次に何が出るのか楽しみ、と言う感覚になって行きます^^)


合掌  浄霊師 神島千尋

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